第38話 盗賊ギルド
第08節 国づくり・民づくり〔2/6〕
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一人の男が、夜闇に包まれたボルド市の裏道を走っていた。
黒いフードを被った、中肉中背の(つまり然したる特長のない)男。
ただその動きは、その道の玄人から見たら無駄が多く、随所で見得を切り、即ち虚栄心が見て取れる。まだ年若い証拠だろう。
彼は、“影に潜み、夜闇を駆ける”「疾風のクロフォード」と名乗っている(名乗る機会はないが)。もっとも、仲間内では単に「D-9」とのみ呼ばれているが。ちなみに、本名を知る者はいない。本人さえ貧民街育ち故知らない。
彼は、盗賊ギルドのランクD・序列第9位の盗賊なのである。
盗賊ギルドは、上納金でランクが決まる。そう考えると、彼の年齢でランクD・序列第9位というのは優秀と言って差し支えない。「新鋭気鋭の」と表現することも出来よう。
彼は、周囲に気を配りながら、しかしその気は急いていた。彼の懐の中にある物。これをギルドに納めるだけで、ランクCも夢ではない。そしてその情報の対価を考えれば、もしかしたら一足飛びにランクBに昇格出来るかもしれない。そんな皮算用が、彼の足を軽くしていたのである。
彼が高揚しているその理由。それは、ギルドで「人食い屋敷」と呼ばれる邸館に密接に関係していた。
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2年ほど前。ボルド市に、とある商会が居を移し、その拠点として町外れの屋敷を購入した。
その商会は、特定の海運商人と契約し、その荷揚げを仲介する仕事をしていた。しかしそれにしては商う品目は多く、尽きぬほどの在庫を擁し、同時に無限とも思える資金を有していた。
その商会主は、町に居を構えて僅か一年で評議員に上り詰め、市行政に意見する立場さえ獲得するに至った。
これを見た盗賊ギルドに属する盗賊たちは。そして他の商人たちに雇われた、暗殺者ギルドに属する暗殺者たちは。夜闇に乗じて町外れにあるその商人の屋敷に潜入を試みた。
ところが。
潜入し、帰還出来た盗賊・暗殺者は、一人もいなかったのである。
ある時、盗賊ギルドと暗殺者ギルドの共同作戦で、この屋敷への侵入を試みた。Sランクの盗賊が、「G」の暗号名を持つSランクの暗殺者をこの屋敷に送り込んだのである。しかし結果は同じ。一流(特に超一流と称される者たち)は、引き際を弁えている。その者たちをして、撤退することさえ叶わぬこの屋敷。
盗賊ギルドなど、所謂「闇ギルド」の者たちは、この屋敷を「人食い屋敷」と呼び、またこの商会の構成員たちを「不可触」と定め、関わり合いを避けることを選んだのである。
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とはいえ、上の命令に素直に従うような者たちならば、はじめから盗賊ギルドに属してはいない。この不可触の拠点のうち、盗賊たちが立ち入ることの出来る場所もある。港湾区にある、商会の倉庫だ。
が、この倉庫。いつ覗いても、いつも伽藍洞である。にもかかわらず、取引に於いてはこの倉庫から商品が蔵出しされる。その謎は終ぞ解かれておらず、結果潜り込むことが無駄な場所とギルドでは認識されていた。
しかし。D-9はその日その倉庫を覗いたところ、多量の金塊を見つけたのだ。それこそ、一人では持ち出すことさえ出来ない程の。
だから、D-9は持てるだけの量の金塊を〔亜空間収納〕に仕舞い、ある酒場に向かって全力で走っているのである。
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「親父さん、親父さん、すんげぇネタを拾って来たぜ」
「親父と呼ぶな、マスターと呼べ。何度言ったらわかるんだ?」
「そんなことより親父さん、これを見てくれ」
その酒場の亭主に、D-9は金塊を一つ二つ取り出して見せた。
「こりゃあ……。D-9、こんな純度の高い金塊を、お前はどこで手に入れた?」
「それを言いたかったんだ。
例の、人食い屋敷。あの連中が港湾区に持っている倉庫。あそこに文字通り山と積まれているんだ。俺一人じゃ持ち出せねぇほどの量だ。
警備も大したこと無い。今なら取り放題だ。だから手勢を貸してくれ。っていうか、1割俺の取り分を認めてくれるなら、あとはギルドに納めるよ。どうだ?」
その話を聞いた亭主は、喜び興奮するどころか表情を蒼褪めさせ震える声でD-9を問い糾した。
「あそこを攻めたのか! お前、自分が何をしたのかわかっているのか?」
「親父さん、何を言っているんだ? 別に警備も大したことなかったし、親父さんや先輩たちが心配するほどのところでもなかったぜ。勿論、俺の技術があってこそだけどな」
「莫迦野郎! お前如きがあそこから何かを持ち出せたというのなら、それは、それこそが連中の意図だということだ。お前は間抜けにも、餌を咥えて釣り糸を曳いてここまで来たということだ!」
「親父さんが何を心配しているのかは知らねぇけど、尾行されたかってのなら、杞憂だぜ? そのあたりはちゃんと――」
「――ではここが、盗賊ギルドの本拠で間違いない、ということですね?」
そこにあったのは、ただ白い闇。ついさっきまで誰もいなかった筈の、誰の気配も感じなかった筈の場所から、若い女の声が響いた。
猫獣人の顔相を持つ、白金の女。
「……『殺戮白猫』」
盗賊ギルドのギルドマスターは、闇ギルドに伝わる「彼女」の通り名を口にした。
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「ご主人様は、貴方がたとの取引を希望しています」
その女は、盗賊ギルドの本拠である酒場にあって、なお余裕を崩さない表情でそう語った。
「巫山戯るな。ここをどこだと思ってる? お前如き小娘一人、いつでも犯して殺せるんだぜ?」
D-9は常の如く彼女を威嚇した。が。
「止めろ、D-9。この女は、彼の『賢人戦争』で、百に及ぶアプアラの斥候を、音もなくまた気付かれることもなく殺した『殺戮白猫』だ。不意を突くならともかく、この状況では俺たちに一分の勝ち目もない。
話があるというのなら聞こうじゃないか」
「ご主人様は、貴方がたとの取引を希望しています」
女は、同じ言葉を繰り返した。
「ほう。貴族の坊ちゃんが、盗賊ギルドとどんな取引を希望する?」
「成程。冒険者を兼ねる商人ではなく、冒険者出身の騎士でもなく、伯爵家の落胤である冒険者としてのご主人様を知る。その情報力は確かなようですね。
そんな貴方がたを、ご主人様は必要としています」
(2,859文字:2016/08/09初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/31 03:00掲載予定)
・ 盗賊ギルドや暗殺者ギルドの構成員が日中襲撃を試みたこともあります。が、アディたちの不意を突くことは出来ず、またシンディたちを襲撃した者はその後裏通りで虚ろな笑いをその顔に浮かべていました。きっと宇宙的恐怖の深淵を垣間見たのでしょう。
・ 「G」のコードネームを持つ、およそどこのラノベ(Web小説)の中にも現れる、伝説の暗殺者。きっと彼は、ご家庭の台所にも多数出現しているに違いありません。
・ 24時間〔空間音響探査〕を維持出来るシェイラの不意を突くことは、盗賊如きには不可能です。




