第36話 新暦祭
第07節 新しい歴史〔4/4〕
俺がネオハティスに戻ってきてから暫く。
俺の仕事場は町長(代理)の執務室の中に移され、町長代理の監視の下、この大凡一ヶ月の旅の間に溜まった書類の処理に追われることになった。
なんせ、まだ生まれて間もない町だけに、起きる騒動は数多くまたその種類は多岐に亘る。行政当局の直接裁定を必要とするものも少なくなく、則ちその上に立つ【ラザーランド商会】の決裁が必要なものも多い。その時を想定して、侍女組にある程度の権限を委譲してはいたが、結果的に彼女らに出来たのは時間稼ぎのみ。果たして、俺の執務室には書類がどんどん積み上げられ、俺の執務室はこの一ヶ月で、ただの書類置き場と堕してしまっていたという訳だ。
書類の山に埋もれてする仕事は、効率が悪い。そう救いの手(に見せかけた悪魔の誘惑)を差し出してくれたのは、セラさんだった。それが小言の続きと監視の為、ということはその瞬間わかったが、しかし逃げ出す隙はなかった。
とはいえその方が効率が良かったのもまた事実。
山に登る前とは大きく状況が変わっている為、従前の命令が今では意味がなくなっているものも少なくない。また、俺がDMになったことで、仕事が増えたことも間違いない。
たとえば、建設を予定している“末摘花の里”とそこに至る街道の整備。
ボルド河に注ぐ伏流水の流れを大きく変える為、河の流れや水量が大きく変わる可能性が出てきている。つまり現在の状況で道を整えると、無意味な迂回路になってしまう虞があるのだ。
その、河の流れを変えること自体、専門家の意見を聞く必要がある。俺の素人知識で伏流水の流れを変えた結果、樹海の樹々が枯れました、では話にならない。
その他にも、『飛竜事件』時に課題となって残った、浮舟橋の回収の効率化問題。
例えば、船の底に車輪を付け、橋上輸送を容易にすることも考えられるが、普段は水中にあることを考えると、引き上げる際(その時は高い確率で緊急事態が起きている)に不都合が起きたら、逆効果だ。なら、「ころ」を浮舟橋の甲板面に置く?
これなら船の橋上輸送時のみならず、一般貨物の輸送時にも役に立つだろう。早速鍛冶師ギルドに設計を依頼した。……俺の仕事が増えたのは言うまでもない。
一方で、森の測量は再開することにした。
俺がDMとなったことにより、実は最早測量は無用、というのも事実だ。
が、それでも測量技術を廃れさせる必要はないし、それ以前に市民の手で出来ることは可能な限り市民の手で行うべきだ。そして、今後森が拡張することを考えたら。
現在、『竜の食卓』並びに『ブルゴの森』では、DM権限で人間と大型魔獣の交戦を禁止している。これを永続させるのも一つの手だが、以前語ったように絶対安全な揺り籠世界を作るつもりはない。DM権能の一つ、〔迷宮創造〕で『竜の食卓』を作り直す時までと期間を区切り、一時的に魔物との休戦協定を成立させた、という訳だ。なお、『不帰の森』の迷宮主(森妖精の里の神樹)とも会い、この話を通している。
そんな、寧ろ以前より増えた仕事に目が回りそうになりながら日々を過ごしていたら、いつの間にか暦は冬の三の月の4日目を迎えてしまった。
◇◆◇ ◆◇◆
冬の三の月の4日目。毎年恒例(?)の、ハティスの祭。今年はこの日に開催するのである。
この日。『年越祭』ではなく『新暦祭』と名付けられ、新しい暦・新しい歴史を祝う祭となる。
ネオハティスの市民にとっては、長い旅の末見出した、安住の地。
これは、旧ハティス出身者だけではない。ボルド市の救護院で燻っていた元難民たちも。ネオハティス町が誕生してから移籍を希望してきた、移民・難民(「新市民」、と呼ばれている)も。
この町に住む、全ての住民にとって、「ここが俺たちの町だ!」と声高に叫ぶ為の、お祭りなのだ。
そんな祭のオープニング・セレモニーに、俺は演説することを求められた。
この町が【ラザーランド商会】の経済力で運営されている以上、その会頭が逃げ隠れしてどうする。そう町長代理に説得されたのである。
更に言えば、DMとしてこの森に棲む全ての生命の生殺与奪の権をも持つ俺が、いつまでも日陰に隠れている訳にもいくまい。覚悟を決めて、壇上に上がったのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「皆も知っての通り、今日を以て旧カナン帝国時代から続く暦が終わる。
明日から始まる新しい暦は、月の満ち欠けで日を追う暦ではなく、太陽の動きで定まる暦だ。百姓たちはこの意味が良く理解出来ると思う。今までは、種蒔きの時期を暦では読めなかった。だから経験則で、『今年はこれくらいの時期に』とそれぞれが判断していた。だから間違って早すぎたり遅すぎたりすることもあった。
だけどこれからは。カレンダーを見れば、暦がわかる。勿論、その年によって気候が変わるから、盲目的にその通り動く訳にはいかないだろう。だけど、今まで以上にその日を特定出来るようになっている。月暦で農作業の時期を測れたのなら、これからはもっと簡単に、もっと適した時期を見出すことが出来るだろう。
そして太陽暦で日々を過ごすようになれば。毎年の記念日を自分たちの中に作ることも出来るようになる。例えば、誕生日。自分が生まれた日、自分がこの世界に出会った日。自分が、この世界の多くの人たちと出会うきっかけを得られた日だ。今までは、その日がいつかわからなかった。今年の“冬の三の月の4日目”と、去年の“冬の三の月の4日目”は、違う日を指していたからだ。だけど、これからは違う。“12月4日”は、いつも同じ日になる。
だから、比べられる。昨日と今日、先月と今月、去年と今年。
自分がどれだけ成長し、どれだけ変わったのか。
変化を知ることは、自分の生きた確かな証を知るってことなんだ。
明日。
カナン暦705年冬の三の月の5日目。
この日が、新暦元年1月1日になる。
新しい歴史が始まる。
これまで刻まれてきた歴史とは違う、新たな歴史が。
そして、
俺は宣言する。
この年は、新しい国の、建国の年となることを。
俺は宣言する。
この新暦元年に、俺はこのネオハティスの地に、新しい国を興すことを!」
◆◇◆ ◇◆◇
建国宣言、ならぬ建国予告。
しかしその意味が浸透し、市民が熱狂した。
幾つもの戦を制し、国と姫を守った騎士が、国を興す。
風を従え、星を落とし、竜を跪かせた冒険者が、王となる。
自分たちは、その国の民となるのだ!
彼の幼い日を知る者は、昔のその名を知る者は。過ぎた時間を懐かしみ、また、
今の彼の勇名を知る者は。新しい時代が到来する予感に、胸を震わせた。
祭りに供された、竜肉の料理を味わいながら。
皆、来る年に想いを馳せた。
(2,943文字:2016/08/08初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/27 03:00掲載予定)




