第23話 黎明の死闘~蟻鬼~
第05節 龍を探して(後篇)〔1/7〕
夜明け前。
薄明の時間帯に、俺たちは行動を再開した。
「彼は誰時」というこの時間帯、黄昏時(「誰そ彼時」)と同じく人の顔さえ見間違える薄暗さ。けれど、昨夜青臭い台詞を口走った反動から、皆の表情が見えないことは救いにも思える。「心はいつも、厨二病」と嘯いても、正気に戻れば転げまわるものだ。昔から言うではないか、「夜に書いた恋文は、朝読み返してから投函しろ」って。
ともかく。
先頭を行くサリアの肩が時々揺れているのを見て、(聞こえた俺の言葉を思い出して笑いを堪えているのか?)と一人勝手に赤面しながら、だんだん明るくなっていく北の空(つまり山の峰。「南の空」が明るくなるのはこの時間帯当然だが、「北の空」が明るくなってくるのは、『竜の食卓』が近いということ)を目指して歩き続けた。
と。
「待って、あれは――」
前方の一角で蠢く黒い影。それは溢れるように広がり、その数は増えてゆく。
蟻鬼。ある地方では、「黒い悪夢」とまで呼ばれている魔物である。
◇◆◇ ◆◇◆
「……最悪だ」
蟻鬼は、俺たちの旅団とは相性が悪い(蟻鬼と相性の良い冒険者旅団がいたら、絶対仲良くなりたくないが)。
その外骨格(甲羅)は、竜の鱗ほどではないが並の鉄剣では歯が立たず、また属性魔法にも耐性があるという。
俺たちの持つ神聖鉄の剣なら貫けるといっても、“鎧袖一触”とはいかないだろう。つまり、ルビーの本来の戦い方(騎士剣術)のように、一体一体丁寧に相手をする必要がある。が、その数は少ない場合でも数百、万を数える群れも普通にある。記録に拠れば、数千万の蟻鬼が一国を呑み込んだ、等という例もあったそうだ。その数が、一糸乱れず行動してくるのだ。
そして蟻は、温度変化に強い。かなりの高温にも、また寒さにも耐える。勿論氷河の中で生活出来るとまではいかないが、生存は可能だという。当然ながらそれは〔加熱〕で赤熱化させた剣に耐えられる訳でも、サリアの〔氷結圏〕による吸熱の効果が無い訳でもないだろう。しかし、竜の吐息さえ相殺する〔氷結圏〕を以てしても、一匹に対してしか使えないというのは、あまりに効率が悪すぎる。
〔射出〕や〔穿孔投擲〕、〔魔力砲〕などの魔法は通用するだろう。が、その数の前には弾切れ必至。そうなると結果は。
◇◆◇ ◆◇◆
「サリア、楯を出してカレンに渡せ。カレン、前に出て右翼を守れ。ルビーは左翼だ。
シェイラは遊撃。回り込んでくる奴を相手にしろ。スノーとサリアは後方から魔法攻撃。
何とか打開策を考える。だからそれまで時間を稼いでくれ!」
俺はカレンとルビーの間に立ち、大太刀『八咫』と小太刀『長鳴』を共に抜く。二刀流など練習したことも無いが、今はとにかく手数が欲しい。
蟻鬼は、二股に分かれた槍を持ち、当然の如く蟻毒が塗布されている。つまり、掠っただけでもヤバい。
ただ、強固な外骨格と凶悪な攻撃手段を併せ持つイキモノは、どれだけ人間に似通った外観を持ちまた道具を使ったところで、業はなく動きは単調だ。そして単純攻撃力がヒヒイロカネ製の剣や竜爪製の刃の方が上である以上、こちらも雑多な技は必要ない。ただ適確に敵の攻撃を捌き、適切に刃筋を立てて斬れば、それで良いのだ。
二刀を振るい、蟻鬼の頭を割り、またその首を刎ね、屍の山を作ってゆく。しかし、蟻鬼どもの数は減らない。寧ろどんどん増えてゆく。
ルビーはまだ余裕がありそうだが、カレンはそろそろ限界だ。けれど思考が纏まらない。
そんな時。
「アディ。こんな時に場違いで呑気な話かもしれないけど――」
「どんな莫迦げたことでも構わない。今は些細なヒントでも欲しい」
「うん。前世で、子供の頃蟻の巣に悪戯した時もこんな風に蟻が溢れてきたな、って思って。蟻の巣にお水を注ぎこんだん――」
「それだ!
ルビー、カレン。もう暫く二人で支えてくれ。俺は一旦後ろに下がる。シェイラ、合図をしたらお前も下がれ!」
「はい!」
「サリア、〔水蛇竜〕用意。仲間を巻き込むなよ! でも出来れば巣があると思わしき場所には届かせろ」
「え? 水攻め? なんだかわからないけどわかったわ」
「カウントスリー。二、一、今!」
サリアが在庫に持つ、全ての水を呼び出して、蟻鬼の群れの大半を包み込んだ。
そして俺とシェイラが二人で、その水を〔加熱〕。沸騰寸前まで熱した。
蟻は高温に強い。さっきそう述べたが、それは外骨格の耐熱性が昆虫族の中では高いというだけで、内臓を構成する蛋白質が熱で変性することを抑止出来る訳ではない。「火で炙る」のなら外骨格で耐えることが出来るかもしれないが、熱湯により周囲を熱気で満たしても、耐えることが出来るか?
蟻鬼たちは俺たちを包み込むように布陣していた為、サリアの〔水蛇竜〕も俺たちの全周囲を包み込み、結果服を着たままサウナの中に放り込まれたような形になってしまった。が、背に腹は代えられない。
そして〔水蛇竜〕の影響圏外にいた少数の蟻鬼どもの残りを掃討し、この永遠に続くかもと思われた戦いに、取り敢えずの終止符を打つことが出来た。
◇◆◇ ◆◇◆
「――おわ……ったの?」
「否、まだだ。巣を始末しないと」
疲労困憊、立っているのもやっとという様子のカレンは、その言葉を聞いて絶望したような表情を作った。
「ご主人様、おそらく巣はあそこにあると思われます」
シェイラが指差した先。確かに風呂の栓を抜いたかのように、熱湯が流れ込んでいる。
「サリア、〔氷結圏〕は使うなよ。周辺湿度が高過ぎて、効果が大きくなり過ぎる。俺たちも低体温症で倒れるぞ」
「りょーかい。冷却魔法で自滅するのはスノーの宴会芸だからね。横取りしたりはしませんよ」
「ちょっと、それどういう意味?」
「ブルックリンと、氷海。二回やったじゃん」
「サ、サリア!」
何だかんだ言って、緊張が解れてじゃれ合う余裕が出来たようだ。
「スノー。〔氷結圏〕じゃなく、属性魔法の〔氷棺〕だ。水が流れ込みきったら、顕熱を伴わない氷結魔法で凍らせろ。出来れば永遠に解凍出来ないぐらい、念入りに」
「わかったわ。二度と地上に出て来れないようにしないとね」
(2,928文字:2016/07/17初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/01 03:00掲載予定)
【注:「心はいつも、厨二病」というのは、作家・山本弘氏のキャッチフレーズ「心はいつも15歳」のオマージュです】
・ 「夜に書いたラブレターは、朝読み返してから投函しろ」という言葉。普通に使われていますが、原典は一体どこにあるのでしょうか?
・ 技とは、弱者が強者を屠る為に研鑽したモノ。無敵の鎧と鋭利な刃を持つイキモノが、技を磨くことは、だから有り得ないのです。




