第22話 魔王という名のもとに
第04節 龍を探して(前篇)〔6/6〕
『竜の食卓』へ至る山中で、野営しながら、俺はカレンと話をしていた。ちなみにこの時間帯、スノーもともに火の番をしているが、彼女は俺たちの話に口を挟まず、ただ静かに聞いている。
「じゃあアドルフ、アンタの作りたい国って、どんな国なの?」
「俺の作りたいと思っている国は、昔から決まっているさ。
俺と俺の家族が皆、笑顔でいられる国だ」
「家族全員が、笑顔でいられる? その程度なら別に国を作る必要はないんじゃない?」
「俺にとって家族と言える人は、困ったことにかなり数が多い。
シェイラとシンディとスノーとルビーとサリア、アナ、サーラ、ナナ、メラ、ラザーランド船長もそうだし、ハティス男爵夫人とその側近もだ。
そして、この人たちが笑顔でいる為には、その周りの人たちも笑顔でなきゃならないんだ」
例えば、スノーが笑顔でいる為には、ルーナ王女と、カレンと、ムートとロッテが笑顔である必要がある。
更に、例えばこのうちルーナ王女が笑顔でいる為には、その周りの人たちも笑顔でなきゃならない。
キリが無いからこの辺で取り敢えず切るが、言い換えれば、ルーナ王女の周りの人たちが笑顔でいて初めてルーナ王女は心の底から笑えるだろうし、ルーナ王女が笑顔でいて初めてスノーも心の底から笑える。そしてスノーが笑顔でいて初めて俺も笑ってられるってことだ。
「だから俺は、俺と俺の家族の笑顔の為に、まだ見ぬルーナ王女とその周りの人たちが笑顔でいられる環境を用意したい。それが、俺の志す『国造り』だ。
誰かが作った国の中では、俺の家族の大事な人が心安らかに暮らせないというのなら、それが出来る国を造る。それだけだ。別に変なことじゃないだろう?」
「考えるだけならね。実際にその為の行動を起こす人がいるのなら、その人は間違いなく『変』よ」
「人聞きの悪い」
『人は誰しも幸せになる権利がある』んだよ、カレン君。なら、幸せになる為の努力をするのは当然の事だろう?
「森の中で、カレンは言ったよね。『基準は飛竜か』って。
厳密には違う。
俺の目標とする相手は真竜、『龍』だ。
竜を屠り、この『竜の食卓』を征服し、ここに国を興す。
そうすればボルド河という大濠と、ブルゴの森と山肌という二つの城壁を持ち、ネオハティスと現在計画中の末摘花の里という二つの城門を持つ、総構えの巨大城塞都市が完成する。
如何なる武力もまた権力も、この城を陥落することは出来ないだろう」
「それは確かに無敵だろうけど。けどその所為で余計警戒されるかもしれないよ?」
「そりゃぁ『竜王』を屠ってその領土を占領するなんて、それこそ魔王の所業だろう。警戒されるのもわからなくもない。
けど、なら警戒されても構わないだけの生産能力と内需、そして防衛戦力を持てば良い。
周りの国にとっては、警戒しても手出しが出来なければ、国を守るのに充分だからね」
実際、軍事力だけが突出するのであれば、周囲の警戒は軍事行動の呼び水となる。だからこそネオハティスの町行政府は俺たち【緋色の刃】の戦力を敢えて過小評価させることを考えていたのだ。『強い味方は頼りになるけど、強大な味方は脅威にしかならない』のが現実。
しかし『絶対的な強者に対しては、敵対出来ない』のもまた事実。だからこそ、ネオハティスが独立する為には、周辺諸国を圧倒出来る武力を短期間で整備する必要がある。それ故の銃器開発であり、それが完成すれば、敵対どころか庇護下に入ることを求めてくるだろう。
つまり、天然の要害に囲まれ、遠隔攻撃可能な圧倒的な火力を有し、且つ孤立しても経済を回せるのであれば、周辺諸国にとってはどれだけ警戒しても手出しが出来なくなる。なら表面上は友好を保つことを求めるだろう。
国家間の友好など、表面上だけで充分だ。というよりも、「内実共に」などということを目論むのなら、それは容易に『毒』を生む。薄氷一枚の友好を、血みどろになりながら維持して行く。それこそが正しい国際関係というモノだろう。
「……魔王?」
「神に叛き、神と敵対し、神を否定する者。神が生み出した者ではない、それゆえ神と並び立つ者。神の威光が通じぬ者であり、神を殺す者。
これを、遠い国の伝説で『魔王』というんだ」
「何故神を殺す必要があるの?」
「ここで言う『神』は、常識とかこれまでの規範とかの暗喩だ。
俺は『皆がやっていること』だとか『これまでどうだったか』なんていうことに興味はないんでね。どうせ新しいモノを作るんなら、何の柵も無い、何もかも新しいモノを作りたいんだ」
「ああ、そういうことなら納得ね」
「ちなみに打ち捨てる『古いモノ』の中には、四大精霊信仰もあるけどね」
「……はぁ?」
「『燃素論的四大精霊論』って俺は呼んでいる。皆が知る属性魔法に似て非なる、より小さな力でより大きな効果を生じる、全く新しい魔法だ。
今朝のスノーの氷結魔法もその一つだよ。あれは水属性魔法だけど、だからといって対立概念である火属性で打ち消せるかと言えば、それは出来ない。氷結魔法の対立概念は、氷雪魔法になるからね」
「氷雪が氷結の対立概念? それってどういうことなの?」
「な? わからないだろう? 当然だ。これまでの属性魔法の考え方では理解出来る筈がない。全く新しい概念なんだから」
概念としては、潜熱(融解・蒸発)と顕熱(液化・凍結)、加熱と冷却、そして運動(固体・液体・気体)と停止。これに加えて気圧操作と気流操作の、四組八種が新しい魔法体系だ。旧来の属性魔法に拘泥しなければ、八種全てを扱うことも夢ではない。
いずれ『燃素論的四大精霊論』を足掛かりに、四大精霊論自体がナンセンスだと気付いた時。原子論に基づいた新たな魔法理論が構築された時。「科学か、魔法か」と言う二者対立ではなく、科学の上に立つ魔法、魔法の上に立つ科学が実現するに違いない。
「精霊神を否定するって、そりゃあ確かに悪神の類よね」
「悪神如きと一緒にするな。あれだって旧世界の遺物だ」
そう。抑々神などは、抗えない力を前にして、そこに救いを見出そうとした人々が縋る為に形作ったモノに過ぎない。ならもう、その役目は終わっても良い頃なのだ。
神の時代から、ヒトの時代へ。
その為に神を否定し、神と対立する必要があるのなら。
俺は躊躇わず、魔王と呼ばれる道を歩もう。
(2,541文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/06/17初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/30 03:00掲載 2021/02/28脱字修正)
【注:『人は誰しも幸せになる権利がある』は、〔PCゲーム『ひぐらしのなく頃に』〕が原典、とネット上で検索すると回答されますが、それ以前に同様のフレーズがあったような……? ご存知の方はご一報願います】
・ (旧来の)四大精霊魔法では、火と水は相克の関係にありますから、火魔法に熱を付していなくても無条件で水属性魔法と対消滅します。が、「潜熱」による吸熱反応(とその結果である熱量収奪対象の凍結)や、「顕熱」反応による固体への位相転換は、熱力学に基づくものですから、純粋な熱エネルギーでなければ対抗出来ません。




