第21話 山の一夜
第04節 龍を探して(前篇)〔5/6〕
布陣するなら、相手より少しでも高い場所に。
それは個人戦・集団戦を問わず常識である。何故なら、高所であれば世界最大最強の力を味方に付けることが出来るからだ。
しかし、必ずしもこれが正しいとは限らない。高所は同時に、行動の自由を制限するから。そして、高所を占有した側が射砲撃戦力を有せず、また飛行能力も無く、逆に低所に位置する側がそのどちらかを有しているのなら、高所を占有した側はただの標的になり下がる。
今回が、正しくそれであった。
俺の〔魔力砲〕による砲撃能力なら、余裕で魔山羊を狙い撃てる。また俺やシェイラの〔空間機動〕なら、魔山羊どもの元に一足飛びで辿り着き蹂躙出来る。
つまり、魔山羊どもは逃げ場のない岩場で、抵抗することも出来ずただシェイラの手甲鉤の餌食になるしかなかった。そしてシェイラも、素材回収の都合まで考えて首の後ろを重点的に狙う余裕さえあったのだ。
ここまで来ると、狩りですらない。ただの作業だ。
ルビーが吹っ飛ばした1頭(気絶しているだけでまだ息はあった)と、シェイラが刈った(誤字に非ず)3頭を〔無限収納〕に仕舞い、これでひと段落。
ついでとばかりにフィールドワークなどを。
沢の水を底に澱む泥と一緒に杯に汲み取り、その水に対し〔選鉱〕を掛ける。
〔選鉱〕は、【群体操作】の魔法が「認識された集合」に対して作用することを逆用し、複数の物質からなる砂から特定の金属のみを拾い出す魔法である。細かく砕いた鉱石から、酸化鉄、硫化銀、硫化鉄、硫化銅、金、石英などの金属を選り分けることが出来る。
そしてこれは、「泥や水に溶けた金属」を探し出すのにも有効だった。
勿論、コップ一杯の水の中から採り出せる金属の量など嵩が知れている。が、「その金属の有無」という点だけに着目すれば、これでも充分目的を果たせる。
案の定、磁鉄鉱(四酸化三鉄)、硫化鉄(黄鉄鉱)と硫化銅(黄銅鉱・斑銅鉱)が反応した。つまりこの沢の水脈は、これらの鉱脈を横切っていることになる。事前の予想の通り、『竜の食卓』そして『竜の山』は資源の宝庫のようだ。
将来の資源開発計画を夢想しながら、来た道を引き返し、次なる登山ルートと野営地点を探すのであった。
◇◆◇ ◆◇◆
これが通常の野営であれば、いつもの通り馬車を出してコテージにするだろう。しかし、山中(森の中も同じだが)の野営では、その空間を確保するのが難しい。また、馬車を出すと視界が遮られるから、魔獣の接近時に発見が遅れる危険がある。
そうなると、火を焚いた周りで毛布にくるまるのが、実は一番穏当な方法になるのである。
食事関係は既に調理済みの物を〔無限収納〕から出したり、薬缶を〔加熱〕で直接熱して湯を作ってお茶を淹れたり、新鮮野菜をその場で刻んでサラダを作ったり、と冒険者の野営にあるまじき食料事情を披露した(カレンはこれを見て、「まって、待ってよ、これ山中の携行食よね!?」と既にお馴染となった悲鳴を上げていた。ちなみに全員分のS式クッションを出していたので、それに関しても言いたいことがあるようだ)。
そして就寝時間。
見張りは二交代とし、前半は俺とカレン・スノー姉妹、後半はシェイラ・ルビー・サリアの三人となった。これは、便利な索敵スキルである〔空間音響探査〕を持つ俺とシェイラをそれぞれの時間帯担当とし、それに戦闘職と補助職が付く、という班分けだ。何となく、外様のカレンは実姉のスノーと一緒の方が良いだろうということでペアになり、またスノーの体力を考慮すると前半の方が良いだろうという配慮であった。ちなみにシェイラは〔空間音響探査〕を24時間連続稼働させても然したる負担にはならず、おまけに熟睡していてもその魔法を維持出来るのだという。流石に少し羨ましくなった。
「どうした、カレン? やっぱり慣れない山歩きは疲れたか?」
「山歩きより、毎度の野営の方が疲れるわよ。何よ、容量限界の無い収納魔法って」
なんだかぐったりしているカレンに声を掛けたら、なんだか理不尽な逆切れをされた気がする。俺が悪いのか?
「それに、アンタ達の戦闘力も尋常じゃない。昨日魔羆を試射の標的に選んだ時点でどうかと思ったけど、今朝の魔蜘蛛を討った姉さまの氷結魔法といい、魔山羊を跳ね返したシルヴィア……じゃなくルビーの楯といい、何もかも非常識よ。
……ねえ。アンタ、ルーナ姉さまを助ける為に、国を興そうとしているって本当?」
「ああ。」
「だけどそれだけの戦闘能力があるのなら、今すぐにでも救出出来るんじゃない?」
「カレンがどう思っているのかは知らないけど、俺だって普通の人間だぞ?
俺より強い奴なんて幾らでもいるし、寝首を掻かれれば死ぬし、毒を盛られても死ぬし。
疲れれば動きが鈍るし、慌てれば判断を誤る。
確かに今の俺なら、アプアラを抜き、ロージスを抜き、カナリア公国のどこかに囚われているルーナ王女を見つけ出して救い出すことは、可能かもしれない。だけど、それだけだ。追捕の手から逃げ切ることが出来るかと問われれば、難しいとしか答えようがない。ただでさえ一人の力で一人の人間の一生を守り抜くことは、事実上不可能だ。それでも守り抜きたいと願うなら、どうしても組織の力が必要になる。
ならどこかの国に亡命するか? けど亡国の王女と雖も王女は王女。その利用価値は高い。どこかの国に亡命したら、間違いなくルーナ王女の身柄は政争の具にされる。
あのメーダラ領がボルド市に――実際は俺にだけど――、難民たちの引き渡しに際して一体幾らの身代金を要求したか、知っているか?
ただの難民たちでさえそうだ。ルーナ王女の身柄なら、もっと高値が付くだろう。
そして値段の折り合いがつけば、身柄の引き渡しが行われる。それじゃぁ意味がない。
ルーナ王女を救うというのなら、完全に身分を伏せられる状況で保護するか、さもなくば全く柵のない新しい国を興すしかないんだよ」
だから、今すぐは無理。
だけど、多分。
もうその日は目前に迫っている。
(2,828文字:2016/06/16初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/28 03:00掲載予定)




