第20話 遭難者の労苦~魔山羊~
第04節 龍を探して(前篇)〔4/6〕
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日本の登山で、登山道を逸れてしまった時、どうすれば良いか。
山の難易度を問わず、対処法は原則同じである。選択肢の優先順位の高い順に、動かない、峰を目指して上る、その他、となる。
動かずに体力を温存することで、気象条件等が改善する場合もある。また道を逸れたと自覚すると恐慌状態になりがちだが、動かず落ち着くことで、状況を改善する妙案が思い浮かぶかもしれない。(怪我をしているなどの理由で)自力で復航が出来ない場合でも、同行者がいるのなら、同行者に救助を要請してもらうことを期待出来る。同行者がいない場合(或いは同行者諸共に滑落等した場合)でも、初心者向け・中級者向けの山ならかなりの確率で携帯電話の電波が届くので、救助を要請することが出来るだろう。21世紀に入って以降は『入山届』(登山計画書)の事前提出が周知されるようになっている為、これを出していて下山予定日に下山していなければ、それだけで捜索隊が出てくれる。下手に動くより、待っていた方が安全なのだ。
しかし動かなければならないのなら、峰を目指すのが吉である。日本の登山道は、尾根に沿って整備されているものが多い為、山を下りることを考えるよりも高い確率で登山道に出るだろう。そして登山道には標識がある筈だから、それを見て地図に照らして現在地を確認し、適切な下山ルートを選択すれば良い。
拙いのは、山を下りることと沢に沿って歩くこと。山を下りようとすると高い確率で沢に出てしまう。そして水辺は滑り易く、また沢の石の多くは尖っている為に怪我をし易い。水中は人体に有害な微生物や寄生虫、或いは蛭などのような水生生物がいる恐れもある。加えて、水場である以上、危険な動物がやって来る可能性が他の場所より高い。更に、沢に沿って歩いても、その先が滝であった場合、それ以上進むことは出来ない。おまけに急な増水(鉄砲水等)があったら一瞬でその命を彼岸まで持って逝かれてしまう(だから沢登り・沢下りは、それ用に整備された場所で管理者の許可がある時間帯以外はすべきではない)。
山中で道を見失った場合、そしてその場に留まることが出来ない場合、その上で歩いた先に沢がある場合。実は、そこから離れることが最優先事項になるのである。
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俺たちは現在遭難している訳ではないが、登山道なき山を登っている為、前世日本の基準に照らしたら遭難してるも同然と言える。それゆえ手探りで登り易いルートを定め、おっかなびっくり進んでいる。幸いなことに、俺たちの中で最も体力の無いサリアが山歩きの知識を持っていた為、彼女を先頭に歩いてもらうことにした。サリアの体力を基準にして、休憩のタイミングを調整する予定だったのである。
が、一行の中ではシェイラに次いで体力のあるルビーが、最初にバテた。慣れない山歩きで、無駄に体力を消耗していたらしい。一方サリアに次いで体力の無いスノーは、体力の無さを自覚して無駄なことを極力避け、自発的に休息を要求した為、結果消耗が少なく済んでいる。
『竜の食卓』の標高は、800m超と予測している。なら、もし登山道が整備されていれば、アップダウン含めて4時間もあれば登り切れることになる。が、道無き道を進む為、無駄に迂回してしまう可能性や道が途切れて引き返す可能性も考慮して、8時間を計画していた。
その為『竜の谷』を早朝出発したのだが、単純計算で大凡6時間が経過し日も中天を過ぎたにもかかわらず、まだ登り切れる気配はない。ちなみに入間氏の遺産であるスマホの気圧高度計に基づく現在の標高(『竜の谷』でリセットしている)は、563m。まだまだ先が長い。
そうなると、そろそろ野営を考える必要が出てくる。山の天気は変わり易いというが、午後1時から午後3時までの時間帯は目まぐるしく変わる。この時間帯の行動は、他の時間帯以上に慎重にする必要がある。
それをサリアと打ち合わせる為に、隊の最後尾をシェイラに任せ、先頭のサリアの元に追いついた時。
前方に、沢が見えた。
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「やばいな、ルートをミスったか?」
「ミス、と言われるとちょっと気分悪いけど、確かに困ったわね。少し戻って、巻き道になるルートを探すしかないわね」
「そうなると当然、今日中に登り切ることは出来ないから……」
「寧ろビバーク出来る場所を探すのがゆうs――」
「危ない!」
と、俺たちの頭上に影が差した。
正確には、俺たちより一歩斜面を登ったところに、『有角円楯』を掲げたルビーがいた。そして『有角円楯』の向こう側には、角を大きく発達させた、魔山羊。
そして更に次の瞬間。ドン、という重低音がしたと思ったら、魔山羊が吹っ飛んだ。
「ルビー、有り難う。けど一体、何をしたの?」
「『有角円楯』に、ちょっとした改造を施した。〔気弾〕で衝角を撃ち出せるようにしたんだ」
話を聞いて、納得。……出来るか!
「なんつぅ無茶を。一歩間違えたら〔気弾〕のバックファイアで腕が吹き飛ぶぞ!」
「否、それは大丈夫。……だと思うけど」
「だと思うけど、じゃないよ。その一撃を凌ぎ切る硬さの物体相手に接触位置から撃ち出そうとしたら、衝角を撃ち出す力の全てが逆流してルビーの腕に叩き付けられることになるからね。
どうしても使いたいというのなら、数cmでも構わないから距離を取って撃ち出すこと。それを約束してくれないと、使用を許可出来ないよ」
「わかった。気を付けよう」
だけど、ともかく助かったのは事実。
俺たちも〔空間音響探査〕で周辺探索をしてはいたが、それは水平方向(正確には斜面沿い)に重点を置いての走査だった。ほぼ真上から、それも一切の減速も無い、自由落下で襲撃してくるとは思っていなかった。
と思って上を見てみると。
沢の向かい側、崖になった場所の中腹に、なおも魔山羊が3頭今にも飛びかかろうとしていた。
「面倒臭いな」
と、〔魔力砲〕で射出する為の20mm砲弾を取り出したら。
「ご主人様。私にお任せください」
腕に手甲鉤を装着したシェイラが前に進み出た。
(2,752文字:2016/06/15初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/26 03:00掲載予定)
【注:冒頭で書かれている遭難時の行動指針は筆者の経験則と先達からの教えですが、同様のことをまとめているサイトがありましたので付記しておきます。「登山者はこうして遭難する~山岳遭難事例から学ぶ安全対策~」(http://middleagetozan.com/)】
・ 「水場では蛭のような水生生物がいるおそれがある」と書きましたが、実は日本では、陸生の山蛭の方が怖い。ヤマビルは水辺でなくても現れます。北海道と青森、四国の一部『以外の場所』で自然豊かな場所になら、何処にいても不思議ではないのです。ちなみに、神奈川県丹沢地方には、蛭が無数に生息するということから「蛭ヶ岳」と名付けられた山(通称ではなく正式名称。異説あり)があります。




