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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第七章:「建国の師父は人文学者!?」
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第19話 水と氷~魔蜘蛛~

第04節 龍を探して(前篇)〔3/6〕

「……蜘蛛(クモ)

「そう言えば、アディって昔から蜘蛛が苦手なんだって? アリシアさんが言っていたわよ」

「別に苦手って程じゃない。

 けど、前世のWeb小説で、蜘蛛の魔物が主人公の物語があったんだ。

 弱小子蜘蛛から経験値を稼いで蜘蛛神のレベルにまで成長するってストーリーで。


 蜘蛛ってさ、炎に弱いし、冷気にも弱いし、大抵の蜘蛛はそれほど恐れる必要はないけど、所謂(いわゆる)毒蜘蛛とか、油断出来ない種類の蜘蛛もいるだろう? そして、危険な蜘蛛かそうでないのかは、その巣を壊してみるまではわからない。ちょっとリスキーだよなって思ってね」

「じゃあ今回も素通りする?」

「多くの蜘蛛は、近付いてこない相手に積極的に攻撃したりはしない。だからそれが一番だけど……、この蜘蛛の巣、俺たちがルートに選んだコース全体を(ふさ)いでいないか?」


 どうやら迂回(うかい)したら、かなりの時間損失(ロス)を覚悟しなければならなくなりそうだ。なら。これを排除しよう。


「蜘蛛の巣は火に弱い、のよね?」

「蜘蛛の糸の主たる組成(そせい)蛋白(たんぱく)質だからな。良く燃えるだろう。

 けど、だとすると逆に、魔蜘蛛(スパイダー)の糸に火が効くか? というのは疑問になるね」


 (ほとん)どの陸上生物の肉体は、蛋白質が主成分。その性質通りであるのなら、魔物の身体強度が高い理由が説明出来ない。魔力を帯びると蛋白質が変質する等があるのだとしたら、その変性を解明しなければ、「魔力を帯びた蜘蛛の糸は燃えない」等といった追加効果が派生していた場合手詰まりになりかねない。


「じゃぁどうするの?」

「蜘蛛の巣の除去と蜘蛛の駆除に関する最近(ぜんせ)流行(トレンド)は、(むし)ろ冷凍することなんだ」


 但し、平成日本の一般の蜘蛛は益虫の為、実は除去した弊害(へいがい)の方が多い(蜘蛛の(エサ)となるハエやゴキブリが繁殖し易くなる)。


「ふぅん、そうなんだ。

 あ、そう言えば、蜘蛛の糸を素材として活用する、って話は物語(フィクション)ではポピュラーだよね?」

「そうだな。前世でも研究が進んでいた。

 けど、コストパフォーマンスが悪すぎる、って話もある」


 蜘蛛は肉食だから、飼育して産業に活用するとなると、その生産コストは絹の一万倍を超えるという試算もある。どれほど利用価値があろうと、産業化には途方もない時間と工夫が必要だろう。


「そういう訳で、今回は素材を考えずに冷却魔法を使って問答無用で滅却する」

「となると、あたしの〔氷結(フロスト)(フィールド)〕の出番?」

(いや)、サリアじゃなくスノーに頼みたい」


「え? 私?」

「何故あたしじゃなくスノーなの?」

「それは、二人の冷却魔法の質の違いだよ」


☆★☆ ★☆★


 サリアとスノー。二人とも水属性で、冷却魔法を得手としている。

 が、よくよく観察してみると、その適性に違いがあることがわかる。


 水属性の魔法の特性は、水の相転移。だが。

 サリアは“蒸発”(すなわ)潜熱(せんねつ)反応の方が得意で、

 スノーは“氷結”即ち顕熱(けんねつ)反応の方が得意なのだ。


 もう少し具体的に言うと、サリアは水を蒸発させることで、その水が触れている物体の熱を収奪する(うばう)化学反応を魔法で実現することを得手とし、スノーは水蒸気を凍結させ、結果生まれた(ダイヤモンドダスト)の気化潜熱で空間の温度を低下させることを得手としているのである。


 これは、当然ながら平成日本の科学知識を(一般教養レベルとはいえ)理解しているサリアと、この世界の四大精霊論に基づく水魔法知識をベースとしているスノーの差、ということになる。(もたら)される(与えられる)のが当然と考えていた元日本人と、与える一方だったお人好し(フェルマールおうぞく)の違い、というべきか。


 それは言い換えれば、サリアの冷却魔法は単体対象の凍結魔法として使うのが効率良いということになる。具体的には竜の(ドラゴン)吐息(ブレス)を相殺した時のように、〔(ウォーター)蛇竜(・ドラゴン)〕で大量の水を一箇所に収束させたうえで、そこの水を〔氷結圏〕で蒸発させることで、その水が触れている物体(・・)の熱を奪うのだ。

 一方スノーの冷却魔法は空間を対象とする氷雪魔法として使うのが効率良いということになる。具体的には、〔(ホワイト)(デーモン)〕で空気中の水蒸気を氷結させ(ここでは外部との熱交換を行わず、よって顕熱反応はない)、その領域内の(ダイヤモンドダスト)を〔氷結圏〕で一気に蒸発させる(この潜熱反応時は外部と強制的に熱交換を行う)ことで、その領域全体の空気(・・)を冷却することが出来る(つまり真夏に氷点下の空気を――それも数時間単位で――維持出来る)。


 つまり、『白魔の乙女』と(うた)われるサリアこそ氷結(物体冷却)魔法に適性があり、

 “氷結”を得手としているスノーは、それゆえに氷雪(空間冷却)魔法に適性がある、ということだ。

 互換出来る性質であるとはいえ、その性質を理解した上で使えば、二人とも今まで以上に効率的に冷却魔法を使えるようになる筈である。


★☆★ ☆★☆


「つまり、広範囲を一気に冷却するのは、どちらかと言えばスノーの領分だってことだ」


 抑々(そもそも)蜘蛛は寒さにも弱い。

 一気に気温を下げ、冬眠レベルにまで持っていければそれだけで(駆除する必要さえなく)片付くかもしれない。それで足りなければ、水でもかけて更に吸熱すれば良い。


◇◆◇ ◆◇◆


 燃素論的(フロギストニック)四大精霊論(エレメンタリズム)に基づく属性魔法は、既に通常の属性魔法からは乖離(かいり)している。だから四大(しだい)相克(そうこく)などに意味はなく、『水属性の対抗属性は火属性』という常識は、最早通用しない。

 スノーの〔白魔〕は、いうなれば単純に大気の温度を低下させる魔法。その単純さゆえに、対抗手段が限られてしまうのだ。そしてこの場合、何らかの方法で(運動するなり、魔法を使うなりして)体温を上げるか冷却された大気を遮断(しゃだん)するか、基本的な選択肢はどちらかしかない。

 そして、蜘蛛は変温動物だ。これは能動的に体温を調整出来ないことをも意味する。それが魔蟲になったところで変わらない。

 また、蜘蛛にとって基本的な防御手段は、糸を使うことだ。巣を作る糸を密にすることで、空気を遮断することは出来る。が、その糸そのものが冷却され、結果、糸の周辺の空気が冷却される場合は? そう。ただ自ら逃げ場をなくし、その冷気に身を委ねることになるのだ。


 〔白魔〕の結果、魔蜘蛛を滅し得たかどうかはわからない。

 が、巣を壊しても反撃を受けなくなったということは、死亡したか冬眠したか。


 なら、先へ進むことにしよう。

(2,486文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/06/10初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/24 03:00掲載 2021/02/28誤字修正 2022/06/03脱字修正)

【注:「蜘蛛は肉食だから、飼育して産業に活用するとなると、その生産コストは絹の一万倍を超える」という話の出典は、公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会の機関誌『研究ジャーナル』22巻3号(1999年)(https://www.jataff.jp/konchu/mushi/mushi14.htm)です。

 また、2017年3月15日付の新聞記事(http://www.afpbb.com/articles/-/3121400)によりますと、最近の研究で地球上の蜘蛛が一年間に食する昆虫の量は4億~8億トンに達し、これは人間が一年間に消費する肉・魚の総量に匹敵するそうです】

・ スノーとサリアの冷却魔法の違い。具体的には、スノーの魔法は「空気をX度Cまで低下させる」というものであり、サリアの魔法は「対象の熱量をXカロリー収奪する」というものです。スノーの魔法で氷点下まで空気を冷却しても対象が凍結するとは限らない一方、サリアの魔法だと気温は殆ど変わらないながら対象は凍死する(人間なら、体温が20度Cを下回れば回復出来ない。そして気化冷却による体温の収奪の結果、真夏でも凍死する人がいるのが現実である)。つまり、生物に対する殺傷能力はサリアの方が高く、環境改変能力はスノーの方が高いということです。

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