第18話 ……拾う?~竜卵~
第04節 龍を探して(前篇)〔2/6〕
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『竜の山』の標高、大凡4,000m。そして『竜の食卓』の標高、800m超。
標高4,000m級というと、日本では「新高山」という名称で知られる台湾の玉山が3,952m、スイスのユングフラウが4,158m、マッターホルンが4,477mである。
標高800m級というと、東日本では筑波山(茨城県:男体山870m・女体山876m)、西日本なら高野山(和歌山県:高野山駅867m)、といったあたりが有名処だろうか。
『竜の山』頂上まで、と考えると絶望的だが、『竜の食卓』までと想定すると、標高差を考えるとそれほど大変な登山にはならない。
が、筑波山は初心者向けと謂われる一方、高野山は修行場として千年を超える歴史がある深山幽谷。「800m」という数字だけではその難易度は計れない。なお、「初心者向け」の筑波山でも、初心者には向かない難易度のコースもあるし、初心者コースでも舐めてかかる訳にはいかないのはどこの山も一緒だ。
その上『竜の食卓』は登山道が整備されている訳ではない。確かに過去何人か(カナン暦が始まって以来七百年で「何人か」しかいないのだが)の冒険者が挑戦しているが、彼らの登山ルートなど、既に獣道に埋もれている。つまり、自分たちでルートを選び、手探りで登っていかなければならないのだ。
日本では標高599mの東京・高尾山でさえ、道を外れて遭難するとか、滑落して足を複雑骨折する(足首の骨を螺旋状に骨折し、リハビリ終わるまでを含めると完治まで一年以上かかる、などという話も前世で聞いたことがある)のが現実であり、道無き登山はそれ自体が自殺行為に近いのだ。
ましてや、この世界には魔物が生息する。ここが迷宮内であるということを踏まえれば、登山中に陸生の魔物が真上から襲い掛かる、という状況さえ当然あり得るだろう。
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俺は前世で、この標高帯の山に幾つか登ったことがある。勿論登山道を、だが、単純な登山道ではなく所謂修験道、と謂われるルートを選んで登ることも少なくなかった。
サリアも前世ではそれなりに山登りを嗜んでいたというのは意外な事実。基本的にはピクニックコースが主だったそうだが、そう言いながら火熾しから応急処置まで、山に必要な知識を一通り習熟していた。聞くところに拠ると、前世の甥っ子がやはり冒険に憧れていて、しかし平成日本で冒険に類すること、と言えば山の中のサバイバル、と考えていたのだそうだ。とはいえ中学生(水無月麻美が死んだ頃の甥っ子の年齢)が一人で、となると色々心配だから、必死に勉強してそ知らぬふりをして引率をしていたのだとか。
一方で現世では登山経験、というとリュースデイルの峠くらいしか心当たりはない(ベスタ山脈を横断した時はリリスの力を借りたうえで〔空間機動〕で一気に飛び越えた)。
他の皆も似たようなもので、つまり実地で本格的な登山を経験している者はいない、ということだ。実際、登山をレジャーに出来るほど、この世界は安全でもなければ豊かでもない。宗教的理由でもない限り、そんなことをしたいと思う人間も少ないのかもしれない。
仕方が無いので俺とサリアの前世知識を基準に、この『竜の食卓』を攻めることになったのである。
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最初に立ち寄ったのは、先日戦った飛竜の巣があった岩場(『竜の谷』と命名)。ゼロスとシェイラがここにワイバーンの卵を4つ発見していた。ワイバーンの生態は知らないが、卵が成竜と共にあるということは、おそらく幼竜期は独力で餌を捕ることも儘ならないのであろう。つまり、放置しておいてもこの卵が孵り、成竜となって町に危害を及ぼすという心配はないと思う。が、念には念を入れる(というか、放置しても生存出来ないのなら持ち帰って割って、玉子焼きパーティーに供しても同じことの筈)。
……と思っていたら、サリアがまた碌でもないことを言い出した。
「ねぇ。孵化した瞬間から面倒を見ていれば、馴致出来るんじゃない?」
「ここは風の谷じゃなく『竜の谷』だぞ?」
「良いじゃない。前世から竜を飼ってみたかったんだ」
「って、許可する前に卵を抱えるな」
「もう決めた。うちの子にする」
「駄目です。戻してきなさい」
「え~っ? ちゃんと面倒見るから。迷惑かけないから。
だから良いでしょう?」
「……ったく、仕方がないな。責任もって躾するんだぞ」
「やった~」
――はっ!
捨て猫拾って来た子供と、厳格な父親の会話になっていたような気がするが、それにしてはスケールが違う。
まぁ何か問題があれば、俺やシェイラで処断出来るから良いとするか。竜卵を〔無限収納〕に仕舞いながら、そんなことを考えるのであった。
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『竜の谷』では、竜卵の他、ワイバーンの白骨化した遺体や、剥がれ落ちたと思われる鱗が無数に見つかった。これらの回収も考えたが、あまりにも数が多いので、寧ろここに竜素材の加工場を作ってしまった方が早いかもしれないと思い直した。遠からず、このあたりに資源採掘の為の基地を作る必要もあるのだから、この谷をそのまま再利用した方が良いだろう。
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『竜の谷』から少し行った先に、踏破可能と思われる勾配の場所を見つけた。『竜の山』から見て『ブルゴの森』サイドは南側。つまり日が当たり易く樹々は根を張る方角である(通常「表」と言われる)。根が張っているということは崩れ難いということで、同時に歩き難いということでもある。
また勾配が緩やかということは、それだけ広く日が当たるということだから、樹々の育ちも良く、一方で樹妖は誕生し難い。その意味では安全だが、樹々が良く育つということは、木の実もたくさん付けるということで、それを目当てに多くの獣が住み着く。そしてこの山では、「野獣」とは「魔獣」を指すと思った方が良いだろう。
にもかかわらずこの辺りではあまり魔獣を見かけないのは、やはりワイバーンの領域だから? だとしたら、この辺り一帯で標高を稼いでおいた方が、後が楽になる。
そう判断し、サリアの同意を得た上で、ゼロスと別れてほぼ直線に近いルートでその勾配を登り始めた。
が、どうやら魔物が少ない理由はワイバーンだけではなかったようだ。
そこに、巨大な蜘蛛の巣があった。
(2,870文字:2016/06/08初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/22 03:00掲載 2017/07/26後書きの参考画像URLを削除)
【注:作中の高尾山の話は、作者が直接聞いた話です。というか、作者が入院していた隣のベッドに救急搬送された患者さんに対してお医者様が語った容体説明の内容だったりして。
「風の谷」は、〔宮崎駿監督アニメ映画『風の谷のナウシカ』〕のオマージュです】
 




