第25話 文明の敵
第05節 新技術と文明〔3/8〕
「さて、アレク。お前さんに聞きたいことがある」
「アンタが聞くのは勝手だし、聞きたいことも大体想像がつくが、俺には答えなきゃならない謂れはないし、答えようとも思わない」
「では何故ここに来た?」
「リックとシンディさんには一方ならない恩がある。
その恩に報いる為には、いけ好かない爺どもの会合に顔を出すくらいのことはする。
だがそれももう果たされた。
後は俺が言いたいことを言い、やりたいことをやって、気が済んだら帰るだけだ」
「随分自由なのだな。ではまずその言いたいこととやらを聞こうか」
「お前ら鍛冶師ギルドは、文明の敵だ」
◇◆◇ ◆◇◆
そう。実は俺がシンディさんについてきた理由は、これが言いたかったからである。
「文明……?
それは一体何だ?」
「そこからか。
文明ってのは、まぁ技術が進歩して世の中が便利になるその有り様のことだ」
「つまり貴様は、俺たちが技術の進歩を妨げていると言いたいのか?」
「俺はギルドマスターと話をしている。横から嘴を挟むな。
モグラはその辺の土の中に鼻面を突っ込んでいれば良いんだ」
「……貴様!」
「やめい。
だが確かに、お前さんの言葉の意味を知りたいな」
「鍛冶師ギルドは、製鉄技術を秘匿事項とした。
その為競争はなく、結果技術革新も起こりえない。
技術革新は、競争の過程で生まれる。
相手より良い物を作りたい、相手より安く作りたい、相手より人に選ばれる物を作りたい。
当然自分の物より良い物が作られれば、人はそちらを選ぶだろう。
自分の物より安い物が出回れば、やはり人はそちらを選ぶだろう。
だから自分の物を選ばれ続けたいのであれば、より良い物を、より安い物を、という具合にどんどん自分の技術を進歩させていかなければならないんだ。
だけど、アンタらは技術を秘匿することで、競争が起こらないようにした。
結果、より高度な技術を生み出す機会を失ったんだ。
ギルドが秘匿している鉄に関する技術は、察するに『鉄鉱石の鉱床の見極め』『製鉄燃料としての木炭』『製鉄の方法』そして『鋳鉄と鍛鉄の方法』の四つだろう。
だが鉱床の見極め方を秘匿したことで、鉄鉱石の種類が複数あることを知る機会を失った。アンタらが知らない方法で鉄鉱石を採取出来ることに気付く機会を失った。
炭焼きの技術を秘匿したことで、木炭の質を向上させる機会を失った。木炭と同等以上の性質を持つ別の資源があることに気付く機会を失った。
製鉄の方法を秘匿したことで、性質の異なる複数の鉄を生み出す機会を失った。鉄という金属の性質を研究する機会を失った。
鋳鉄と鍛鉄の方法を秘匿することで、鉄産業の発展を妨げた。
アンタらは既得権益に乗っかって安泰だろうけど、市民はより豊かになれる未来を奪われたんだ」
「お前さんは、一体何を知っているんだ?」
「色々なことを、さ。
俺は『冒険者』の他に、『博物学者』をも自称している。だから知っていることは多岐に亘る。
その中にはアンタらの知らないことも多く含まれている、というだけだ」
「その知識を、我々に譲ってはもらえんか?」
「譲った知識を、またギルドの秘匿事項に追加するのか?
なら御免だね」
「しかし製鉄技術を秘匿しなければ、大戦が起こり国が滅ぶ!」
「それは青銅器時代の話だ。
鉄を使う者がいない時代なら、製鉄技術を制すれば世界を制すことが出来るだろう。
けど今は世界中の誰もが鉄を使い、鉄を武器としている。
鉄の存在それ自体が戦の趨勢を決めた、そんな時代から技術を守ってきたギルドには頭が下がる思いもあるが、今となっては製鉄技術を秘匿する意味はない。
いや、世界のどこかでは製鉄技術を秘匿せず、より高度な鉄を生み出しているかもしれない。
そんな文明の国と、アンタらに製鉄技術を握られたこの大陸の国が戦争になれば、結果は瞭然だ」
「つまり、我々に対して信用がないから知識を公開してもらえない、ということだな。
ではその信用を醸成する為には、何をしたら良い?」
「ひとつ。シンディさんに手押しポンプの概念を伝え、シンディさんはそれの製造に成功した。
現在はまだ試験運用中で不具合がないかどうかの確認が終わっていないけれど、それが終わったら大々的にそれを商品化出来るようになる。
だから、街の共有井戸にはギルドが出資をしてポンプを設置しろ。
そして、それ以降個人がポンプを所望した場合、利益は最低限にして製造しろ。場合によっては製造に携わる鍛冶師に対し、ギルドが補助金を出せ」
「そうするとどうなる?」
「自宅に井戸を持つ者は、誰もが安価で手押しポンプを手に入れられる。
公共の井戸を使用する者も、ポンプを使えれば水汲みが容易になる。
労働の手間が省ければ、余暇が出来、他のことが出来るようになる。
つまり、まず精神的に豊かになれる。
そして余暇に仕事をすれば、今度は経済的に豊かになれる。
豊かになれば、より高価なものが買えるようになる。
市民がより高価なものを買えるようになれば、高価なものを作る職人も豊かになる。
すると、さっき言ったとおり、『より良いものをより安く』作る競争が始まる」
「壮大な話だな。だが実際そうなるか?」
「なるかどうかは今回関係ない。ならなければギルドが単純に損をするだけだ。
けど、これはあくまで信用を醸成する為の条件でしかないから、ギルドが損をしようが得をしようが、俺には一切関係ない」
「違いない」
「二つ目。リックに鉄の種類、銑鉄、鋼鉄、錬鉄、のそれぞれの性質と作り方を教えた。
だがこれは、実際に製鉄炉を持つ者でなければ研究することさえ出来ないだろう。つまりはギルドでなければ、だ。
そこで、その三種類の鉄を正確に精錬する技術を確立して、リックが俺の注文する剣を鍛えるのに十分な鉄を供給しろ。
技術が完成した後それをどうするか、については俺は関知しない」
「これまで通り秘匿しても構わない、ということか」
「ああ。だが市井の民にとって、知らないものは注文出来ない。この技術は秘匿したらただ単に死蔵することにしかならないぞ。
ついでに俺は今後も【リックの武具店】で武器を注文する。つまりこの技術を秘匿するなら、結局俺専用の技術になり下がる訳だ」
「成程、確かにそのようだ。
我々が知らない知識なら、多くの人に知ってもらった方が、その使い方も色々見つかる、という訳だな」
「そして三つ目」
「まだあるのか」
「これが最後だ。そしてこれはすぐの話じゃない。
木炭の作り方を、俺は孤児院の子供たちに教えるつもりだ」
(2,785文字:2015/09/11初稿 2016/01/03投稿予約 2016/02/18 03:00掲載予定)




