第10話 空中戦
第02節 飛竜事件〔6/7〕
時刻にしたら、午後4時頃だろうか?
森が切れたその場所。
『竜の食卓』にほど近い岩肌に、大小12頭ほどの飛竜が思い思いに寛いでいた。
「シェイラ、小槍を用意。
一緒に投げるぞ。
それを以て開戦の合図とする。
サリア。
ゼロスとカレンを守れ」
「任せて。『盾の乙女』の二つ名は伊達じゃないわ」
そして、俺とシェイラが槍を撃ち出し、その一撃でワイバーンに痛撃を与えた時、戦闘が始まった。
◇◆◇ ◆◇◆
一斉に飛び上がる、ワイバーン。
だが俺とシェイラも、〔空間機動〕で身体を宙に移す。
おそらく、最高到達高度も最大巡航速度も、ワイバーンどもの方が上だろう。
けれど、単位時間当たりの上昇力は、俺たちの〔空間機動〕の方が上のようだ。
連中より早く、より高いところに上がることが出来た。
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ワイバーンは、翼の羽搏きが生み出す揚力で空を飛んでいる訳ではない。その巨体を宙に移すには、翼が生み出す揚力はあまりにも小さいし、離陸の際の吹き降ろしもそれほど大きなものは観測出来なかった。
空を飛ぶこと自体、ワイバーンの種族特性ともいうべき魔力で行っているということだろう。
けれどその翼は、落下傘のように(というかパラグライダーのように)、滑空する為の揚力は作れる筈。それで魔力の節約をしているのだと思う。
一方俺たちの〔空間機動〕は、ロケットのように力任せな空中移動だ。揚力もへったくれもなく、ただその魔法が生み出す推力で空を飛ぶ。
けれどその上で手足を広げれば、相応に空気抵抗が生まれ、揚力を作り出すことも出来る。
だから俺やシェイラは〔空間機動〕で空を飛ぶときは、いつの頃からその両腕を、腰のあたりでやや開く感じに置くようにしている。恰も戦闘機の後退翼のように腕を持って来ているのだ。
そして可変翼戦闘機のように、腕を動かすことで空気抵抗を調整し、進路を変えることも出来る。
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俺たちよりワイバーンの方が、飛行速度は上だ。
ということは、一直線に飛行すれば、あっという間に後ろを取られ、火炎吐息の餌食になるということでもある。
早速シェイラが捕まった。
シェイラの真後ろにワイバーンが付き、ブレスを吐く予兆を見せている。
一方シェイラは両手を真横に伸ばし、身体を縦に捻った。
90度。
腕を広げることで生まれた空気抵抗は、水平方向に広げることで(コツもあるが)揚力を生み出すことが出来る。しかし腕が上下に向かうことで、その空気抵抗は揚力たり得なくなる。
結果、空気抵抗が速度を殺し、またその直前まであった揚力が消滅することで高度を維持出来ず、落下する。
真後ろに付けたワイバーンはブレスを吐いたが、その炎はシェイラの残影を捉えるのみだった。
180度。
腕を伸ばしたシェイラが地面に背を向けた頃、腕が生み出す空気抵抗は(上下逆ながら)再び揚力を生み出した。
また〔空間機動〕の魔法も、いきなり変化した空気抵抗値を補正し演算を完了。都合10mほどの落下で再び推力を取り戻した。
直後。
シェイラは腕を、腰に下ろした。
それにより空気抵抗値が激減し、回復した推力は速力になり、またシェイラはその速力をそのまま高度に転嫁した。
270度。
高度を回復したシェイラは、ワイバーンの胴体近くに到達した。
ワイバーンは、シェイラを見失ったことに関しての反応を見せていない。
が、それを待つほどシェイラは甘くない。
大脇指『白鷺』を振り、そのままワイバーンの翼の皮膜を切り裂いた。
360度。
傍からは、ワイバーンのブレスに呑まれた筈のシェイラが、ワイバーンの腹から翼を切り裂いて飛び出したように見えただろう。
一方のワイバーンは皮膜を切り裂かれ揚力を維持出来ず、またその激痛が飛行の魔法も維持出来ず、そのまま地表に墜落した。
たった一回転。
その一捻りで、シェイラはワイバーン1頭を叩き落したのである。
その機動が、「木の葉落し」と呼ばれる高等空戦技であるということは、この世界ではどうでも良いことだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
一方の俺。
誰よりも早く、誰よりも高空を占位し、絶対的な対空優位を勝ち取っていた。
そして、準備する魔法は、現在研究中の魔法。無属性魔法Lv.1【物体操作】派生02f.〔魔力砲〕(仮)だ。
術式の基本は騎士王国で使った〔死翔の槍〕。
但し、弾丸とするのは大槍ではなく、苦無。
そして、それを撃ち出すのは、〔射出〕でもなければ〔穿孔投擲〕でもない、現在開発中の魔法である〔超圧縮〕だ。
照準は、いち早く俺を見つけ出しこちらに向かってきている、かなり大きな図体の個体。
そして〔超圧縮〕により握り拳大にまで圧縮された空気を、〔死翔の槍〕が作り出す真空のチューブの中で解放させた。
苦無は、前方の真空に引かれ、後方の数百気圧の空気の解放に押し出され、あっという間に音速を突破。
そのままチューブを飛び出しワイバーンの(最も硬いと謂われる)額の鱗を安物のプラスチックのように撃ち砕き、その脳蓋に飛び込んでいった。
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運動の作用に反作用を伴わない〔射出〕より、全周囲に広がる衝撃波を外壁で反射・収束して一方向に増幅するこの〔魔力砲〕の方が、どうやら魔法効率は段違いに良いようだ。
〔射出〕をベースとする〔死翔の槍〕には、保有魔力量の半分近くを一回で持って行かれたが、〔魔力砲〕は(苦無の質量が大槍より小さいこともあり)その十分の一にも満たない量で賄える。
弾丸も、苦無ではなくそれ専用に設計した鉛弾なら、更に少ない魔力量で発射出来るだろう。
そして銃身とする真空チューブは目標まで一直線に繋ぐから、弾丸の直進安定性を考える必要は無いとはいえ、チューブ内に施条を刻んでおけば、弾丸命中後の貫通力を高めることも出来るだろう。逆に弾丸の回転数を減らすことで貫通ではなく打撃力を求める使い方も出来る筈。
あとは、〔超圧縮〕を目標レベルまで高めること。そして、〔魔力砲〕を魔石に封入することで、俺たちは必殺の兵器を手にすることが出来るのだ。
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一度成功した魔法を再現するのは容易なこと。
その強固な鱗を撃ち抜く威力があるのなら、ワイバーンなど図体がデカいだけの蜥蜴に過ぎない。
ブレスを吐く余裕も与えず、ワイバーンどもを次々と撃ち落としていったのである。
(2,872文字:2016/05/23初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/06 03:00掲載予定)
・ 本章第01節第03話・第04話を読まなかった方の為に、補足説明。
ネオハティスの防衛戦力を調えるに際し、足りない戦力を補う為に銃火器の導入を決断しています。と同時に、魔法による空気圧縮の解放エネルギーで、火薬と同等の圧力を作り出すことを研究し始めました。それが出来れば魔法で近代火器と同等威力を実現出来るから。今回使用した〔魔力砲〕はその試作タイプ。〔超圧縮〕がまだ700気圧程度なので、目標の威力には達していません。が、それでもワイバーンの鱗を撃ち抜くに値する威力があるのです。
・ 手足を動かすことで空気抵抗を調整し、簡単な揚力を作り出すこと等は、スカイダイビングの基礎技能です。
・ 「トム猫」ならぬ、「シェイラ猫」。




