第09話 反撃
第02節 飛竜事件〔5/7〕
俺が最初にその異常に気付いたのは、ボルド河に架けた浮舟橋の全てが引き上げられていたからである。
町の防衛マニュアルは何種類かあり、その一つに「総力防衛」という段階がある。
町の全活動を一旦停止させ、持ち得る全てを防衛戦力に回す。同時に、非戦闘員である一般市民をボルド、森妖精の集落、そして末摘花の里(予定)のどれかに避難させるというモノだ。
現在ブルゴ街道はまだ現地調査(道を敷くに相応しい場所の選定)中であり、末摘花の里はまだ伐採も始めていないから、こちら方面への避難はない。
一方でボルド方面への避難路である浮舟橋を引き上げた、ということは、ボルド方面からの脅威に対抗する為か、或いは。
ネオハティスに迫っている脅威にボルドからの来訪者を巻き込まないようにする為か。
状況は、おそらく後者。ネオハティスは、森からの重大な脅威に曝されている。
俺とシェイラは〔空間機動〕を起動させ、サリアを抱いて河を渡り町に入った。
◇◆◇ ◆◇◆
「オードリーさん、何が起こったんですか?」
町の庁舎に駆け込むと、冒険者ギルドの窓口でお局様をやっている筈のオードリーさんが、野戦司令官の如く官僚たちに指示を出していた。
「あ、アディ君。良かった、間に合ったわ」
「どうしたんですか?」
「端的に言うと、第八測量班が飛竜に襲撃されて、全滅したわ。
けど、護衛を務めていた冒険者の一人が生き残り、貴重な情報を持ち帰っているの。
私の知る限り、ワイバーンと森で戦って勝てる可能性のある一人の規格外冒険者が帰ってくるまでは、町を守るつもりだったけど。
何とか間に合ったようね」
「……オードリーさん、あとで時間を作って色々話し合いましょう」
「そうね。私もアディ君に色々聞きたいことがあるし」
さておき。
「それで、生き残りの冒険者は、今は?」
「救護院で休んでもらっているわ。
アディ君、キミは攻めるつもりね?」
「当然。この町を危険に曝した害獣には、相応の報いを与えないと」
「そう言ってくれると思って、彼女には休んでもらっているわ。
アディ君の準備が整い次第、案内に出れるように」
「わかりました。その冒険者の情報を書類で廻してください。
それから、エルフの若長に声をかけて。彼の力が必要です」
「わかったわ。ゼロスさんは今森に偵察に出ているの。夜には戻るわ。
それから、これがその冒険者、カレンのデータよ。
ちなみに彼女には秘密もあって――」
そこで聞いたカレンの素性は、どちらかと言えば嬉しいニュースだった。
フェルマールの王族姉弟妹は悪運が強い。というか、生存本能に溢れているというか。これならきっと、ルーナ王女も無事に違いない。
◇◆◇ ◆◇◆
一応貴婦人の寝室だから、ノックをしてからその部屋に足を踏み入れた。
「銅札冒険者・カレン。
ギルドマスターから話は聞いた。
仲間の仇を討ちたくないか?」
「……あんた、誰?」
「俺はアドルフ。一応この町に籍を置く銀札冒険者だ。
ギルドマスターからの緊急依頼で、明日にもワイバーン狩りに出かけようと思っている。
アンタにその気があるのなら、同行出来るようギルマスに掛け合うが、どうだ?」
「……勝てると、思っているの? この森の中で。
銀札が。天空の王者とも謂われる、ワイバーンに」
「勝つさ。
嵩がトビトカゲの1匹や100匹、物の数じゃぁない」
「嵩が、ですって?
『嵩がトビトカゲ』に、あたしの仲間たちは殺されたっていうの?」
「悪いがアンタの気持ちを思いやってやれるほど、俺は大人じゃない。
アンタが同行しようが同行しなかろうが、俺はワイバーン狩りに行くし、そのまま目的を果たすだろう。
言い換えれば、アンタは俺に同行しなければ、仲間の仇を討つチャンスを永遠に失うってことだ。
選ぶのは、アンタだ」
カレンの表情に、一瞬躊躇いと恐怖の陰が浮かんで消えた。
だが、「仲間の仇を討つ」。その気持ちが全ての感情を押し流したようである。
「わかったわ。
あたしのことは知っているみたいだけど、改めて。
旅団【造反者】に所属する冒険者、カレン。前衛攻撃手よ」
「旅団【緋色の刃】の長、アドルフだ。
と言っても、パーティメンバーは皆多忙で、今町にいるのは一部だけだけどね。
一応前衛だ」
決して友好的とは言えないが、取り敢えず共同戦線を張るということで握手することにした。言葉の使い方の下手な俺は、言葉で友好を築くより、共に行動することで理解を深めることを選びたい。
「よろしく。
それで、具体的にどうするの?」
「まずはアンタたちがワイバーンと遭遇した地点に行く。
そこで犠牲者の遺品を回収するとともに、ワイバーンの巣の方角を探る。
それからワイバーンの巣に殴り込みをかけ、これを殲滅する」
「……なに? その杜撰な計画」
「仲間に森妖精がいる。森の中でのエルフの知覚能力は、決して侮れない。
大体の方角さえわかれば、彼ならきっとワイバーンの巣を見つけ出せるだろう」
「わかったわ。頼りにしてるわ、貴方じゃなく、そのエルフをね」
「それで良い」
大体、フェルマールの王女が恐怖と絶望で震えているなんてらしくない。
どこぞの雪娘姫のように、自信過剰なほど堂々と振る舞う方がらしいというモノだ。
◇◆◇ ◆◇◆
翌日に町を出て、更に一日。
俺たち(俺とカレンとゼロス、それにシェイラとサリアの5人)は、真直ぐカレンたちがワイバーンに遭遇した場所までやってきた。遺品らしい遺品は殆ど残っていなかったが、幾つか焼け残った武具や肉片があったので、弔いの為に持ち帰ることにした。
カレンは、「東の樹上に」ワイバーンを見たと言っていた。
だからその場所から東を中心にゼロスに探らせたところ、その場所から東に更に約半日分ほど歩いた先に、ワイバーンの巣らしき気配があるとのことだった。
今から真直ぐそちらを目指しても、日が暮れるまでには到着出来そうだ。
なら。夜襲を警戒しながら野営するよりも、日暮れ前に決着を付ける方が良いだろう。
トビトカゲどもに、安らかな眠りなど与えない。
一気に強襲して、決着を付けよう。
(2,759文字:2016/05/23初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/04 03:00掲載予定)
・ ネオハティスの町は、有事に於ける指令権の優先順位が決まっています。
第一位がアディ、第二位がスノー、第三位がルビー、第四位がオードリー、第五位がアリシア、(以下略)です。荒事とは無縁の町長代理が指揮を執らなければならない事態を回避する為、第十位くらいまで定められているのです。
・ ここでアディは「銀札」を自称していますが、アディとアレクが同一人物ということが公然の秘密であるネオハティスに於いては、「金札」として扱われます。もっとも、町の財布を握っているから報酬の出資者であり、町の行政に関しても発言権(というか「決定権」?)があるから依頼の発注者でもあることから、既に冒険者としての立場やランクなど意味もないのですが。
・ 「この町に籍を置く」という発言も便宜上。冒険者としての籍はまだボルドにあります。
・ ワイバーンが暴れ始めたきっかけは、〔星落し〕である可能性が濃厚。つまりやっぱりアディが持ち込んだ騒動だった?
・ オードリー「誰が『お局様』よ!」
アディ「誰が『規格外』だ!」




