設定資料4 歴史(カナン帝国崩壊まで)
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注:設定資料は、定期更新対象外です。
○ 数百万年前
・ 人類の祖先、誕生。旧石器時代。
○ 数十万年前
・ 人類、火を扱うことを憶える。
・ リリス、降臨。
○ 数万年前
・ 新石器時代。
○ 数千年前
・ 原始的な魔法が誕生する。
・ 青銅器時代。合金と加工による鍛冶が始まる。
・ 魔物が跋扈するようになり、人間はより一層団結する必要に迫られる。
・ 原始的な国家が誕生する。
○ カナン暦前数百年
・ 鉄器時代が始まる。但し、製鉄法は当時の国家が秘匿する。
・ 旧時代の魔法が整備される。魔法ギルドの原型が形作られる。
・ 鍛冶師取締方が発足する。後の鍛冶師ギルドである。以降製鉄は鍛冶師ギルドが執り仕切る。
○ カナン暦元年
・ 後のカナン帝国初代皇帝となるアレックス誕生。
○ 21年
・ カナン王国建国。
○ 23年
・ カナン王国筆頭魔術師タギ、入間史郎を召喚。
○ 24年
・ アレックス誕生年を元年とするカナン暦が制定される。
○ 25年
・ シロー・ウィルマー、商人ギルドを発足させる。「ギルド」という名称が使用されるのはこれが史上初である。
○ 26年
・ 商人ギルド、信用通貨の単位「カーン」を制定する。
○ 30年頃
・ 職人、船主、その他多くのギルドが乱立する。また魔術師、鍛冶師の取締方も「ギルド」と称されるようになる。
・ 精霊神信仰が一定の形を整える。
○ 42年
・ 大陸東方にて、獣人族によるカナン王国に対する反転攻勢が始まる。
○ 49年
・ この頃、カナン王国(後の帝国)の支配地は史上最大面積となる。
・ カナン国王アレックス、崩御。シロー・ウィルマー、ウィルマーの町に隠棲。アレックスの嫡子レイオスと庶子ファーンの間で王位継承を巡る騒乱勃発。
○ 49年から
・ 大陸東方にて、獣人族の大攻勢が始まる。3年後にはカナン王国の東方領の2割が獣人族により解放される。
○ 51年
・ アレックスの庶子ファーンが第二代国王として即位。嫡子レイオスはその親族諸共公開処刑される。
○ 58年
・ カナン王国東方領が東カナン王国として属国独立。東カナン王国の初代国王は、ファーンの従弟であり東方軍総司令官であるシレドであった。
・ 本国は以降「帝国」を称し、資料は建国に遡り「帝国」と修正する。それに伴い、アレックスは「初代皇帝」として認識されることとなる。
○ 63年
・ 東カナン王国、獣人族に対し「ソラム砦攻防戦」で歴史的大敗を喫する。
・ この年から、東カナン王国は獣人族との融和政策を選択し、本国と方針を対立させる。
○ 65年から
・ カナン帝国、領内に於いて武装蜂起が頻発する。ファーン帝は義兄レイオス派の貴族がその黒幕であると断定、討伐戦を指示する。
○ 70年
・ 西大陸に於いて、キャメロン騎士王国が建国される。レイオス派の貴族たちが興した国といわれるが……。
○ 71年
・ カナン帝国、東カナン王国を帝国領から切り離す。両国関係は「好意的な無視」というべき状況になった。
○ 74年
・ カナン帝国第二代皇帝ファーン崩御(公式には病死だが、暗殺されたという説も)。
・ ファーン帝の長女サンドラが14歳で第三代皇帝に即位。サンドラの妹たちは毒杯を仰がされた。
○ 74年から
・ カナン帝国内に於ける内戦が激化した。帝国領内で本国から分離・独立を宣言する都市・領地が続出する。その鎮圧の為に帝国は軍を派遣したが、サンドラ帝親征軍は連戦連勝するも、全方向から崩壊しつつある帝国を支えることは出来なかった。
・ 都市国家同士・独立領同士が合従連衡の末幾つもの国家が誕生し、また滅びていった(カナン暦500年頃まで)。
○ 77年頃
・ カナン帝国の実効支配領域は、帝都カナンとその周辺のみにまで縮小する。
○ 78年
・ 帝都カナン防衛戦。サンドラ帝、レイオスの甥を自称するシグルド率いる侵略軍の7割以上を損耗させる大勝をするも、既に糧秣も国庫も底を尽き、戦える兵も100人足らずにまで追い詰められていた。
○ 79年
・ サンドラ帝、シグルド軍に無条件降伏。帝都カナンを無血開城。
・ シグルド、第四代カナン帝国皇帝に即位。
・ シグルド帝、サンドラを公開処刑。サンドラは未婚であり、子供もいなかった。
・ シグルド帝による暴政開始。
○ 80年
・ シグルド帝、独立を宣言した貴族領や都市に対し帝国への帰順を求めるも、応じた都市・貴族は殆どいなかった。
・ シグルド帝、帰順を拒んだフェルマール公爵領ベルナンド市に対し親征するも、軍事的才能の無いシグルド帝の指揮する軍は誘引の計に嵌まり、壊滅的損害を被ることになる。
○ 82年
・ 帝都炎上。シグルド帝の治世に反発する市民を粛清する為に、帝都内の市民団体拠点に火を放つ。その火が居住区に延焼し、4日間燃え続けた。その影響で暴動や略奪が頻発した。当初の出火は4日後には鎮火したが、その後に相次いだ放火や失火により、この後半年以上都市のどこかから常に火の手が上がっていた。皇帝の御膝元である帝都は、既に無政府状態に陥っていた。
○ 83年
・ 帝城崩壊。暴動の末、帝城も燃え落ちた。シグルド帝の遺体は発見されず、その後の消息も不明。その後数百年に亘って「シグルド帝の継嗣」を名乗る者が出る原因になる。市民は帝都を放棄。なお歴史上この年を「カナン帝国終焉の年」とされるが、79年のサンドラ帝の処刑を以て帝国の歴史は終わっていた(シグルド帝の出自そのものが疑問視されている為)とする史家や、82年の帝都炎上で国家は消滅したとする史家もいる。
(2,251文字:2017/04/16初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/24 15:00掲載予定)




