第42話 ハティスの道は
第07節 街づくり・人づくり〔7/8〕
旧ハティス市は、抑々宿場町として隆盛した。
ベルナンド辺境伯領都ベルナンドと、フェルマール王国の南に位置するマキア王国の王都マキア、そして同じく南東に位置するスイザリア=リングダッド二重王国商都モビレア(スイザリア王国副都)、三つの都を繋ぐ街道の追分に位置していたのがハティスだったのだ。
そして前世の俺と縁のあった「ハティスの街」も、ほぼ等距離に六つの都市が円輪のように配され、それらの都市を繋ぐ三つの主幹道路の交差点であり、更に二つの大陸横断鉄道の乗換駅でもある「車軸都市」だった。
だから、新ハティスがボルド市としか通じていない(しかも渡し舟しかない)袋小路であることが我慢出来ないというのは、果たして俺の身勝手な感覚なのだろうか?
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「と、いう訳で、道を作る」
「……経済活動を考えたらそれは正論だけど、そういう理由で道を作るってどうなの?」
身も蓋もない俺の宣言に、スノーが呆れを含んだ口調でそう返した。
「真面目な話、道は必要だ。
一つは西、『不帰の森』へ至る道。
ただこれは、下手に整備をすると森妖精たちの自治を脅かすことになるから、測量杭をそのまま道標にして、杭の番号を管理する形で道は獣道のままとする方が良いと思う。
二つ目は北、『竜の食卓』へ至る道。
冒険者たちが『竜の山』に挑戦するときに通っている道があるけど、これも獣道だからね」
「ではご主人様、いずれ『竜の山』に挑戦なさるのですか?」
最近冒険者らしい活動が出来ていない所為か、シェイラは新たな冒険の予感に胸が弾んでいるようだ。
「『竜の山』は攻略してみたい迷宮ではあるけど、今はそれ以前の話。『竜の食卓』の麓でなら、資源の採掘が出来ないかな、と思ってね。
出来る限りの資源は領内で自給自足したいから」
上空から観察してみたところ、『竜の食卓』は溶岩台地のようだ。なら中層は火成岩層、下層部は堆積岩層の二層構造だろう。
つまり、『竜の食卓』の上から掘っても土の層の下には玄武岩層があるだけだろうが(『竜の食卓』に樹高の高い樹はあまりないことから、土の層――樹の根の深さ――は然程無いと思われる)、麓から水平方向に掘れば真っ直ぐ堆積岩層に行きつく。
そして距離的には少々離れているが、同じ地層面上のブッシュミルズで泥炭が取れるのなら、『竜の食卓』の地下では石炭層を期待することも出来る筈。
その他鉄鉱石や金銀鉱なども堆積岩層から採掘出来る。
ただ、当然ながらダンジョンである『竜の食卓』を擁する『竜の山』の更に地下、という位置関係上、採掘坑が速やかに迷宮化する危険があり、また周囲にも高濃度の魔力に曝されて魔獣化した獣が多く徘徊していることだろう。
安全確保の必要性は、『鬼の迷宮』で資源採掘するときの比ではない。
警護の為の冒険者等の人員派遣と資源の輸送の為、出来れば舗装した幅の広い道を作ることが望まれる。
「三つめは南、ボルド河を越える橋を架ける」
「え? そんなことは可能なの?」
シンディが疑問を呈する。もっともだ。
「現在の技術では、不可能だ。
ちなみに、彼の世界の知識を駆使すれば、此の世界の現在の技術力でもボルド河に橋を架けることは出来る筈だ。
けど、彼の世界ではただ『橋を架ける』、それだけを研究する『橋梁学』っていう学問の分野が存在する程に、それは高度な知識体系になっている。そして、俺にとって橋梁学は専門外。複雑過ぎて概要の理解も出来ない」
「……お前が理解出来ない学問というのは、どれほど難解なものなのだ?」
「俺が理解出来ない分野なんか幾らでもあるよ、シア。
というか、俺が知っているのは表層部分だけだから。
昔も言っただろう? 『何でもは知らない、知ってることだけ』だって」
「……聞いているだけで脳みそがオーバーヒートしそうな難解な話の中に、オタネタ紛れ込ませるのはやめて。あまりのギャップに発狂しそうになるから」
サリアの哀願は取り敢えず放置して。
「ともかく、橋を架けることは、不可能だ」
「けど、橋を架ける、って今言ったよね?」
「俺が考えているのは、『浮き橋』だ」
“因幡の白兎”の逸話を引用するまでもなく、浮き橋の歴史は古い。けど、河幅1kmを超えるような大河に掛ける浮き橋、というものを想像したことがある人は、果たしてどの程度いるだろうか?
「横幅の広い双胴船を、20隻くらい造る。
そして舳先を河上に向けて並べ、錨を下す。
最後に船と船の間に板をかけて、完成だ。
これなら川が増水した時とか必要に応じて錨を揚げて港に戻れば、橋が流される心配もない」
ボルド市の評議会に「外洋船の母港を作ること」を禁止されたことが気に食わない、というのもある。
渡し舟の桟橋を作ることは認められているのだから、世界最大級の平底船を大量に建造し、最終的にビジア領オークフォレストとの水運もネオハティスで牛耳ることを目論んでいる。
が、内陸水運が発達していない理由は簡単である。無動力船が河を遡上することはほぼ不可能に近いからである。
古代中国で内陸水運が発展したのは、河の流れが穏やかだったからという理由と、人海戦術による櫂船で遡上出来たということだ。
では河の流れが速い場所で水上船を遡上させる為には、どうすれば良い?
「四つ目は東。ボルド河の北(西)岸沿いに、道を作る。
曳舟道を兼ねた、オークフォレストへの街道にしたいと思っている」
「曳舟道?」
聞いたことが無い言葉なのか、サリアが首を傾げてる。
「船を上流に運ぶ為、人力や馬で船を曳く為に河に沿って作る道だ。
それと同時にオークフォレストの対岸まで人員と物資を運ぶことが出来れば良いと思っている」
「だが対岸なのだろう? 最終的には河を渡らなければならないと思うが」
そのルビーの疑問も正しい。けれど、曳かれるのは船なのだから、適当なタイミングで荷を船に積み、対岸まで渡るという手もあるだろう。
それ以前に上流なら河幅も狭くなるから、現在の技術でも橋を架けられる。
寧ろ重要なのは。
「オークフォレストの対岸に、曳いた船を係留する施設が必要になる。
可能なら、そこにもう一つ町を作りたい」
(2,840文字:2016/05/17初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/14 03:00掲載予定)
【注:「何でもは知らない、知ってることだけ」は、〔西尾維新原作テレビアニメ『「物語」シリーズ』〕の登場人物である羽川翼の決め台詞です】
・ 岩層と鉱脈(鉱床)の関連性を研究する学問は、地質学の一分野で『鉱床学』といいます。またここでは金銀鉱なども堆積岩層から採掘が期待出来ると記述していますが、正確には堆積岩層中の熱水鉱床付近に鉱床が存在していると言われます。尚、「期待出来る」だけで「必ずある」という訳ではありません。
・ 橋梁学は、理工学・構造工学(または環境工学)の一分野です。




