第40話 移住
第07節 街づくり・人づくり〔5/8〕
◆◇◆ ◇◆◇
年が明けると、難民団改めハティスの住民は、順次新しい町へと移住することになる。
とはいえ町は未完成、また新たなハティスの町とボルドの間にはボルド河が横たわっており、川幅は1kmを超える。橋を架けることは(現在の技術では)まず不可能だから、渡し船を使うことになるのだが、当然ながら一度に運べる人数には限りがある。
移住第一弾は、林業関係者と護衛の冒険者・猟師たちである。
林業関係者には、必須技能として測量技術が叩きこまれている。『不帰の森』の森妖精たちと協力して、ブルゴの森(当面は新ハティス周辺のみだが)を測量し、間伐する樹を特定するのだ。
まだ雪深い時季だから獣たちは冬眠しているとはいえ、魔獣は夏冬問わず活動している。だから測量中の無防備な樵たちの背中を、冒険者や猟師たちが守るのだ。
移住第二弾は、農業関係者と役人(各ギルドの幹部)たちだ。
旧ハティスに倍する農地を、立場上は小作人としてだが農耕馬と共に与えられ、農民たちは目を白黒していた。農地が増えるということは、作業が増えるということだが、農耕馬を使えるということは、格段と手間を省くことが出来る。その他の農耕用器具を職人ギルドや鍛冶師ギルドが製造してくれたこともあり、結果として(収穫時期は別だろうが)子供たちの手を借りる必要が殆どなくなり、また大人たちにも勉強することが出来る時間を作れるようになった。
そして雪が融けるのを待って、旅団【R.A.S】には、一つの特命依頼を出された。『不帰の森』を踏破して、その奥にあるエルフの集落に辿りつき、アドルフからの書状を村長に届けるというモノだ。踏破の為に必要な測量杭の位置を示した地図を渡され、また小型の陸上用羅針儀の使い方を教えられて送り出しされた。
八日後、無事帰還。シアの手には、エルフの村長の書状があった。
◇◆◇ ◆◇◆
「そうれ、行け! 行け!」
俺の〔無限収納〕から、眠っている家畜たちを取り出し、叩いて起こし、牧場へ送り出す。サリア監修の四圃式農法で、多くの家畜を飼育出来るようになる。だから彼らも、新しい町の住民だ。
「ドンナ・ドンナ?」
「ユダヤ民謡の『ドナドナ』ってあるだろう? あの『ドナドナ』――正しくは『ダナ・ダナ』――っていうのは牛追いの掛け声の事なんだよ。
……そうれ、行け行け、行っけ、行っけー!」
当面の家畜たちの飼料は俺の備蓄から賄うが、夏にはもう、充分な量の飼料が収穫出来るだろう。
山羊などの乳や肉類は、将来のネオハティスの町の輸出産品になる。そして革製品も。獣脂は食用にも照明燃料用にも石鹸用にも使える。
照明と言えば。
『鬼の迷宮』や『ベスタ大迷宮』で見つけた『照明石』。これはどうやら魔力を蓄えて発光しているらしい。検証は出来ないものの、現状ではそう考えるのが妥当だろう。
そして「取り過ぎたら迷宮を探索する他の冒険者たちの迷惑になる」と思っていたが、暫くすると採取した場所に新たな照明石は生えていた。
なら遠慮は無用とばかりに大量に採取し(但しなるべく複数箇所から集めるようにした)、街灯等に使うことにした。また砕いても明るさを保っているので、小さく砕いたものを家屋内の照明にする為分配する。「蛍雪の功」とは言うが、やはり勉強する為には充分な明かりがあった方が良い。
◆◇◆ ◇◆◇
商人や細工師など、一般の町民が移住を始めたのは、春も終わりの頃だった。
とはいえこの町は、対外的には「アドルフの荘園」である。まだまだ自活出来る生産力がある訳ではないので、食料などは【ラザーランド商会】からの配給に頼っている。手持ちのお金などない状態では、経済活動などはしようもない。
そこでアドルフは、「イェン」という域内通貨を発行した。
1イェンは銅貨一枚。10,000イェンが金貨一枚とし、一人当たり50万イェンの域内通貨を住民全員(子供の分も含めて世帯単位で)に貸し付けた。
対外金貨や商人ギルドの信用通貨「カーン」への換金は【ラザーランド商会】が責任を負うこととし、これで町の経済を動かすことにしたのである。
ネオハティスの町はアドルフの荘園扱いだから、そこで経済活動をと言っても取引相手は【ラザーランド商会】しかいない。が、アドルフがイェンの換金は誰であれ平等に行うと宣言したことで、他の商人たちもネオハティスで取引が出来るようになった。
どころか、商人ギルドが率先してイェンとカーンの両替を行うようになった為、イェンはネオハティス以外の町でも使われるようになるのであった。
「荘園」扱いだから、農民たちの農耕地や町民たちの住居は全てアドルフが貸し付けている形になっている。しかし、順次本人たちに買い取らせることで、ここは本当の意味での彼らの町になるだろう。
土木関係者や建築関係者は、当然のことながら林業関係者より先に町に来ていた。
というか、町造りの為こちらに拠点を構えていただけだが。
しかし彼らは町造りを優先していた為、最後まで集合住宅に住み続けていた。
町の住民は、ボルド郊外の難民村から、まずはネオハティスの集合住宅に移り、それから条件を確認してそれぞれの住居と定めた家に移り住んだのである。この集合住宅は千人単位が居住出来る(但しプライバシーはない)もので、「住宅」などと謳っていても、その実体育館のようなものでしかない。
移住が完了した後は改装し、外来者用の官営宿舎と非常用備蓄倉庫兼多目的ホール(のようなもの)として活用する予定である。
◆◇◆ ◇◆◇
こうして、カナン暦705年夏の一の月。
ネオハティスの総人口12,562名(ボルドの救護院にいた難民たちやその他移住を希望した人たちを含む)の住民たちが、新たな一歩を踏み出すことになった。
なお、彼らが当座の生活の場としていたボルド郊外の難民村は、その後隊商たちの屋外市が常設されるようになり、数年の後には市壁がここまで囲うようになる。
この辺り一帯は「ボルド新市街」と公的には呼ばれるようになったが、「ボルド市内南ハティス地区」という呼び方もされていた。
そしてこの地で使われていた『S式浄化槽』は、後にボルド本市でも採用されることになる。
(2,497文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/05/07初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/10 03:00掲載 2021/02/18誤字修正)
・ ちなみに、「牛追い」ではなく曳き立てる様子(或いは出荷される様子)を描写して「ドナドナ」というと、著作権法違反の可能性が出てきます(日本語では、「ドナドナ」=「連行される様子」:民謡「ドナドナ」に由来:と認識されている為)。詳細は筆者の別コンテンツ〔どうということはないはなし〕「その五の3 ドナドナ禁止?!~著作権:フレーズ・歌詞」(http://ncode.syosetu.com/n0420dd/7/)を参照願います。




