第39話 年越祭
第07節 街づくり・人づくり〔4/8〕
年末が近付くと、恒例の宴を企画することを考えなければならない。
けど、今年は誰が言い出したのか、「うちの」パーティーではなく、「ハティス難民村の」パーティーにしよう、という話になっていた。
確かに、二年に及ぶ難民生活、そして未だ開拓地に着けていない現状、明るい話題は一つでも多く欲しい。
また、彼らの食生活も改善しているとは言い難い。アプアラで押収した兵糧のうちビジアが戦争で使った分は全体の1割程度だった為、残った穀物類をハティス市民に分配してもなお余裕があるが、これまでの難民生活で不足していた肉類と生鮮食品類、それに付随するビタミンA、B₁、B₂、B₁₂、C、D等の栄養素はまだ不足気味なのだ。
だから宴会という名目で、しっかりがっつり食べる機会を設けるのは、間違っているとはいえないだろう。
けど、「ハティス難民村全体で行うパーティー」は、既に『宴』とは言えない。最早これは『祭』だろう。
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という訳で、歳末BBQパーティー改め『年越祭』を開く旨告知した。
基本的に、参加者は難民村の住民。だが、ボルド市郊外という場所を借りていることもあり、ボルド評議会の面々(つまり役所と各ギルド)にも招待状を出しておいた。ボルドの救護院の難民たちもおそらく参加するだろう。けどそれもまた歓迎する。彼らとて、もうすぐ出来る新しいハティスの町の住民候補なのだから。
今回のメインは、当然肉。だから(既に動物性蛋白質供給源になっている)『鬼の迷宮』で豚鬼と牛鬼を狩ってくる。ミノタウロスは3ヶ月程度では大して育っていないだろうが、子牛の肉と考えれば乙なものだろう。
他にも港でクジラやマグロなどの大型魚を丸ごと仕入れ、(流石にクジラや大型魚の解体スキルを持っている人間は身内にいないので)業者に解体してもらった。クジラもマグロも、刺身で食べると美味しいけれど、醤油やワサビが無い上に、生食文化の無いこの地方で刺身は冒険過ぎるということで、涙を呑んで加熱調理した。
他にもビジアを通り越してアプアラでバイソンを丸ごと五頭ほど仕入れ、帰りにビジア領都で山菜を、更に足を延ばしてブッシュミルズで蒸留酒とノンアルコールのジュースを樽で仕入れてきた。なおオークフォレストに立ち寄った際、領主夫妻に面会を申し込み、年越祭の話をしたら是非参加したいとのこと(ビジアの年越しは家族で過ごすのが通例で、宴会などの予定はないそうだ)。
他にもハティスのギルドに所属する冒険者たちが狩ってきた野獣を買い取り、これも祭に供することにした。
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そして始まる、年越祭。
乾杯の音頭は、当然ハティス市長代理のセラフ・エルルーサ=ハティス男爵夫人だ。
アドルフに、という話もあったのだが、体裁上難民団を保護しているのは『アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵』率いる【セラの孤児院】であり、しかしセレストグロウン騎士爵は表向き行方不明であることから、【ラザーランド商会】の会頭が挨拶するのは筋が違う、という意見(アディの抗弁)が取り入れられてということであった。
「肉を食う」のがこの祭の真の目的と雖も、あっちこっちで焼き肉しているだけではただの大規模な炊き出しだ。よって、様々なイベントも用意している。
本会場となるステージでは、吟遊詩人や踊り子によるショー。ビジア伯爵夫人も見目麗しい侍女たちや騎士たちを率いて、新しい意匠の服のファッションショーを開催したりもした。それも、貴族服より平民に着せることを想定した給仕服だの作業服だのは、憶えている者たちにとっては往年の孤児院時代を彷彿とさせた。
幾つかあるサブの会場でも、奇術師や曲芸師のショーや、町民たち自薦他薦での出し物などで大いに盛り上がった。
食がメインであることには変わりない。こちらではバイソンの煮込みが大鍋で湯気を立て、あちらでは豚の丸焼きショーが、またそちらでは炭を赤々と燃やして川魚を焼き、別の場所では海魚の料理がバリエーション豊かに供されて。
山菜も、焼き、煮込み、蒸し、または漬物にし、街の主婦たちが好き嫌いの多い子供たちに食べさせる為の工夫をこれでもかという種類、披露していた。主婦たちは、お互いに知らない調理方法を訊ね合い、ついでに旦那の思い出話や子育ての愚痴に花を咲かせていた。
別の一角では、静かに酒を呑み、また肉を食べ、ゆっくり語る者たちもいた。
あのハティスの戦いで街に残ったのは、街の人口の約一割。所謂労働者人口の四割近い訳だから、皆身近な誰かを喪っている。けど、亡くした者たちを悼む余裕は、これまでなかったのだ。彼らは漸く、死者の為に杯を手向けることが出来たのだった。
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俺は、というと、何故か子供たちに囲まれていた。
子供たちは、太陽の話を聞きたがった。先日の子供に言ったことがきっかけだったようだ。
「ねえねえ、太陽が精霊神様たちにも加護を与えているって本当?」
「本当だとも。
火の精霊神様は、太陽の力で炎となるんだ。だから明るいし、暖かいんだ。
水の精霊神様は、昔は凍っていたのに太陽の力で水になり、更に太陽の力を蓄えて雲になり、風に乗って太陽の力が届かない場所に水の恵みを届けるんだ。
風の精霊神様は、太陽の力で生まれて、太陽の力が小さいところに向かって吹くんだ。その時に雲になった水の精霊神様を運ぶんだよ。
土の精霊神様は、太陽の力を蓄えて、その力で草木を育てる。それが獣たちのご飯になり、その獣たちを俺達が食べて力にするんだ。
皆、旅をしている時は辛かっただろう? 力が出なかっただろう?
それは、太陽の力を一杯蓄えたお肉をあまり食べられなかったからなんだ。
太陽の力を一杯蓄えた野菜や果物を食べられなかったからなんだ。
だから今は、お腹いっぱい食べると良い。
キミたちの妹や弟にとって、キミたち自身が太陽になれるように」
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この後、ネオハティスに於いて恒例となる『年越祭』。記念すべき第一回となる、ボルド郊外の難民村で行われたこの祭は、しかしハティス市民にとっては『第七回』とカウントされた。第六回以前のものは、旧ハティス孤児院で行われていたものを指している。
この地で新たに始めた祭ではなく、昔から続いていた祭。
それは思い込みかもしれない。現実逃避かもしれない。
けど。
彼らの町は滅びない。
そういう願いが、込められているのかもしれない。
(2,874文字:2016/05/06初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/08 03:00掲載予定)
・ 魚の冷凍保存技術が未熟な中世の魚は、港に持ってくるまでの間に腐敗が始まってしまいます。その為大型魚ほど寄生虫や腐敗毒の危険が大きかったとか。その為、加熱調理以外の選択肢はなく、その味もかなり悪かったようです。
・ 吟遊詩人が謡った物語で最も聴衆が聞き入ったのは、当然ながら「ハティスの戦い」でした。ちなみに次点は『毒戦争』。




