第37話 教育要領
第07節 街づくり・人づくり〔2/8〕
「オードリーさん。
ハティスの冒険者ギルドに対して、【ラザーランド商会】からの常設依頼を出します」
元ハティスのギルドの受付嬢、現ハティス難民団冒険者ギルドのギルドマスター・オードリーさんに、そう申し出た。
「仕事をくれるのは有り難いけど。今の私たちは冒険者もへったくれもない、っていうのが現状よ。請けられる人がどれだけいるか」
「仕事の内容は、スライム狩りです」
「スライム? この辺りにスライムがいるの?」
「はい。数は少ないんですけどね。
ただ、この依頼はちょっと特殊で、スライムを殺すことは禁止します。
必ずその核を傷付けずに捕まえること。コアを傷付けたら依頼料は半減です」
「……それってどういうこと?」
「ま、実際にやっているところを見せた方が早いですね」
そうして俺は、オードリーさんと(ハティス冒険者を代表して)シアを連れ、難民村の厠の一つにやってきた。
「こんなところに来て、どうしようっていうんだ?」
「実は肥溜めの中に、スライムが1匹ずつ、合計53匹棲んでます」
「何故そんなことを知っている?」
「そりゃぁここにスライムコアを投入したのが俺だからです」
「なんだって?」
「スライムたちに、排泄物の処理をさせています。
けど、このまま放置しておくと、――餌が豊富にあるから――スライムはどこまでも肥大化し、或いは分裂増殖するでしょう。
だから、それほど大きくならないうちに取り出し、またコアを投入するんです。
この依頼が常設依頼というのは、常にスライムが一つの肥溜めに1匹棲み続け、また出来れば二三日ごとにスライムを取り出し、新しいコアを入れるというサイクルを続けたいからなんです」
「……まさか魔物を生活に活用するなんてな。考えたこともなかった。
だが、どうやってスライムを殺さずにコアだけ抜き取るんだ?
スライムを殺す方法は、コアを破壊することだと聞いたことがある。
ならコアを傷付けないように回収するのは、かなりの難易度のような気がするが?」
「まず、スライムを肥溜めから外に出します。
その為に使うものは、これ。クズ魔石を砕いて粉末にしたものです。
スライムは基本的に有機物を好みますが、それ以上に魔力の塊を嗜好するんです。
誘い出したスライムの粘体部分は、――この状態なら火に弱いので――松明などで焼いて、コアを露出させます。
なるべく粘体が無い状態になったコアを、この壺(内側を神聖金で鍍金してある)に入れて蓋をすれば、採取完了です。
粘体は多少残っても構いません。その程度なら何ら問題ありませんから。
そして、スライムコアを採取出来たら、また新しいスライムコアを肥溜めに放り込んで、この場所でのこの仕事は終わりです」
「だけど、どうしてこれをギルドに依頼するの? アレク君、じゃなくて今はアドルフ君か、キミなら簡単に出来るんでしょう?」
「新しいハティスの町でも、このシステムを取り入れるつもりです。だから今のうちに効率的な方法を確立したいのと、今後のことを考えたら『S式浄化槽』の管理を多くの人が出来るようにしておきたいんです」
「私たちの、新しいハティスの町、か。
わかったわ。依頼、受け付けます。
……スライムの討伐難易度はEランクだけど、スライムが多く棲むのは迷宮内で、ダンジョンに立ち入れるのは銅札だし、普通に討伐するのと違ってコアを採取するという手間を考えると、やっぱり鉄札の依頼になるわね」
「そうですね。でも方法が確立したら、冒険者じゃない一般人でも出来るランク外の作業になるでしょうけどね」
「ではそれまでの間、冒険者ギルドで稼がせていただきます」
◇◆◇ ◆◇◆
ある日。難民団(改め難民村)の有力者たちを邸館に呼んだ。
「この難民村で生活する間、はっきり言って町の人たちは碌に仕事が無いと思う。
だからこの間、皆に勉強してもらいたい」
「勉強? 何を?」
「まず、この難民村、近い将来新しいハティスの町の町民になる皆は、全員読み書きと最低でも簡単な算術が出来るようになってほしい。
だから、各ギルドのギルドマスターや孤児院関係者、商人ギルドの人たちは、読み書きと算術を他の人たちに教える側に立ってもらう。
同時に、その人たちにも幾つか学んでもらうことがある」
「それは?」
「一つは、算用数字。昔孤児院で教えたけど、あまり広まらなかった。けど、これからは必須になる」
「どうして? 昔は広まらなかったというのは、誰も使わなかったからでしょう?」
「二つ目。幾つかの高等数学の知識を学んでもらう。
具体的には、二次関数と三角関数、そして統計学だ。
そしてこれらを学ぶ為には、算用数字が必須になる。逆に言えば、それらを使わないなら算用数字は必要ないということ。だから昔は広まらなかったんだ。
だけど新しい町では、一定以上の階層の人間は全員、それから特定の職業の人たちも、これらの知識を常識として身に付けてもらう。
サリア、これらに関して教師の側に立ってもらう」
「ちょ、まってよ。二次関数とか、私前世からあまり得意としてなかったわよ!」
「『教うるは学ぶの半ば』(To teach is to learn.)って言うからね。教えることで、自分も勉強になるよ」
「いや、だから!」
「リリス。済まないけど、教科書を作ってくれるか?」
「流石に御屋形様は、妾の動かし方を心得ていると見えるの。了解したぞよ」
「それから、魔法学。神殿関係者がいないなら丁度良い。
火属性は〔加熱〕。水属性は〔浄水〕。風属性は〔空気清浄〕。土属性は〔地面操作〕。これらを全員に教える。その前提として、燃素説に基づく四大精霊論を改めて纏めて教える必要があるな」
「アディ。まだ答えてもらってないわよ。
何でそんな勉強をする必要があるの?」
「最終的には、ブルゴの森全域を検地測量する。その為には三角関数の知識が必須。ついでに高度測量には代数・幾何の知識が求められるから、これもそのうち教えたい。
それからサリアが監修する四圃式農法実験農園でその意義を確認する為には、統計学の知識が必須。これは以前から話していたよな。
他にも、数学やその他の知識で出来ることは多い。その基礎を、一人でも多くの民に身に付けてほしいんだ」
◇◆◇ ◆◇◆
初等教育としての、読み書き算術。
高等教育としての、数学と燃素説的四大精霊論。
最高教育としての、高等数学と統計学、そして魔法学。
教育の方針は、そのままその国が民に求めるものである。
俺は多分、既に最初の一歩を踏み出している。国造りの第一歩を。
なら、今この時点からビジョンを明確にしておく必要があるだろう。
国家百年の計を、その教育要領に内包させて。
(2,917文字:2016/04/25初稿 2017/05/01投稿予約 2017/06/04 03:00掲載予定)
・ リリスを動かす為には、非戦闘系(生産系)の仕事を任せれば良いのです。念じるだけで何でも出来るリリスだからこそ、手足を動かし手順を踏まなければ出来ないことが、楽しくてしょうがないようで。




