第29話 森へ行きましょう
第06節 不帰の森〔1/7〕
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時間は戻って、カナン暦704年夏の三の月。
メーダラ領からの布告を受け、それに対しボルド評議会が拒絶することを決議した、その頃。
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「森へ行こう」
前置き無しに、俺は皆にそう言った。
「いきなり何を言い出すの?」
「ボルド河を渡った北岸に広がる森。『竜の山』の麓に広がる大樹海。これに対する開拓許可をビジア領主から貰って来た。
だが、この大樹海の西方には『不帰の森』と呼ばれるフィールド型迷宮があり、そこは森妖精の故郷だと言われている。
フィールド型ダンジョンが厄介なのは、ダンジョンの境界――どこからどこまでがダンジョンの領域なのか――がわからないっていう点だ。おそらく樹海の北の端、オークフォレストの西側周辺はダンジョンの領域じゃないだろうけどね。
けれど、そういう状況だから『不帰の森』のエルフたちは、この大樹海全体を自身の領域と定め開拓者に牙を剥く可能性がある。
だからこそ、こっちから行って話を付けてきたい」
「でも、『不帰の森』って『足を踏み入れたら二度と出てこれない』って言われるからそう名付けられたんでしょう?」
サリアの疑問に対し、俺は
「『心清き者は彷徨った末に入り口に戻り、心卑しき者は彷徨った挙句二度と戻れない』だったかな? まぁ迷信だろう」
「いや、迷信って――」
「ダンジョンの中は、外部と空間が隔絶していて、外より中の方が大きいことがある。それは以前から謂われていることだ。
けど、フィールド型ダンジョンは、外界と空間が連続している。つまり、ダンジョン内空間が容積以上の体積を持っているというのなら、空間が歪んでいるってことだろう。
『ベスタ大迷宮』や『リリスの不思議な迷宮』のように、別の空間と繋がっているというのならお手上げだが、ただ歪んでいるだけなら手の打ちようがある」
「……どうやって?」
「まぁそれより先に、『不帰の森』の謎を解くことが先決かな?」
「空間の歪み、だけが答えじゃないのですか?」
ナナが珍しく会話に参加してきた。
「他にも幾つか考えられる。
例えばサリア、『青木ヶ原』を憶えているか?」
「勿論。確かあそこは、磁場があるから磁石が使えないっていう説があるんだよね?」
「まぁ俗説だけどね。ただ、火山地帯は磁鉄鉱があるだろうから、その近辺では磁石が使えなくなる。つまり、全面的にコンパスを信頼出来る訳じゃないってことだ。
また、人間の方向感覚っていうのも意外に当てにならない。人間の足は左右の長さが違い、筋力が違う。だから、目標無しに歩いていると、どんどん右または左にずれていくんだ。
だから、草原や砂漠を歩く時はなるべく遠くのものを目標にすると良いという。
それが出来ない森の中は、近くの樹を目標にするから、少しずつでも気が付いたら大きく方向がずれてしまうんだ。
だから、シャーウッドの森でもシンディに電子コンパスを使わせて、こまめに方角を確認しただろう?」
「成程」
「他にも、目標にした樹木が実は樹妖で、気が付かないうちに動いていた、なんて可能性もある」
「うわ、それは……」
「そして何より、人間は似た風景が延々続くと、気分が悪くなるんだ。風景だけじゃなく、音もそうだけどね。
理由は簡単。ある筈の変化が無ければ、自分の行動に結果が出たのかどうかがわからないから。歩いている筈なのに、進んでいると確信出来ない。向きを変えても、本当に向きが変わったのか自信が無い。訳が分からないから気分が悪い。そういうことだ。これは深い森の中では自然に起こる。霧が出ていれば最高だな」
「つまり、全て魔法ではなく自然現象だ、と?」
ルビーが眉根を寄せて言葉を発した。魔法であった方がまだマシ。その魔法を解除すれば良いのだから。その気持ちは正しい。だけど。
「自然現象を魔法で後押しをしている可能性もあるよ。たとえば、深い森の奥では霧の発生条件を整えることは容易だ。或いはさっきも言ったけど、目標になる樹が動けばそれだけで方位を失う。加えて空間自体が歪んでいたら、まず普通の方法じゃ真直ぐ進むことも出来ないだろう」
魔法で自然現象の発現条件を整える。もしそうなら、俺の魔法の使い方と同じことを『不帰の森』のエルフたちはしているということになる。その場合、手強いどころの話じゃなくなるだろう。
「あの、それでは空から行くというのはどうでしょう?」
というシェイラのアイディアに、俺は
「残念だけど、それは最悪手。地面ならまだ連続しているから、一歩で大きくずれることはないけど、空からだと間違いなく目標地点に着地することは出来ない。そして着地した後そこが何処だかもわからない。
逆に、森を脱出するときに空から、っていうのは一番簡単な選択肢だけどね」
「いや、ちょっと待て。地面の上を歩いて行っても、森の中では今どこにいるかはわからないんだろう? それなら空から行くのと大して違いはないんじゃないか?」
「良いところに気付いたね、ルビー。地面と空中の違い。
それは、標を付けられるかどうかの違いだよ」
「そういうことか。通る度に樹に印を付けておけば、帰り道がわからなくなることも無いか」
「否。それだとその樹が動いたら困るじゃないか」
「あ、そうか。じゃぁどうすれば良い?」
「その為に。実は夏前からシンディに、あるものを作ってもらっているんだ」
そうして取り出した、長さ2mほどの、一見ただの鉄の棒。
「それは?」
「前世で俺とサリアが暮らしていた日本。日本が嘗て侵略し征服した某国の国土の其処彼処に、日本人はこの杭を打ち込んだ。
征服された国の民は、彼らの民族精気を断ち切る為に打ち込まれた呪いの杭だと恐怖し、祖国解放が成った後、国民総出でこの杭を抜いて回ったという記録がある」
「ま、まさか。それで不帰の森を枯死させるつもり?」
俺のその悪辣(笑)な考えに、スノーやルビーは驚愕し、サリアは爆笑を堪える為に顔を伏せたのであった。
(2,644文字:2016/04/08初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/19 03:00掲載予定)
【注:タイトルの「森へ行きましょう」はポーランド民謡『Szła dzieweczka』(邦題:『森へ行きましょう』JASRAC管理コード003-9869-1)のオマージュです。なお日本語訳詞は1955年に東京大学音感合唱団のメンバー(個人名不詳)がつけており、2005年にパブリックドメイン化しております。但し、特定訳詞の中には著作権保護期間が満了していないモノも有りますので注意が必要です】
・ ここでアディの語っている、日本が「嘗て侵略し征服した某国」にしたことという表現は、あくまでここでの説明の都合上このように表現しているだけであり、本作に於いて地球の歴史観を云々するつもりはありません。




