第26話 テロリズム
第05節 小麦戦争 Round-2〔4/6〕
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自然の隕石の落下の場合、その多くは大気中で砕けて燃え尽きる。
或いは質量が大きく減じられ、その結果空気抵抗に負けて減速し、地表に落下してもあまり大きな被害を齎さない。
運良く(悪く?)質量を保ったまま地表近くまで落下し、最終的に大気との摩擦で生じる熱で隕石内部の水分やガスが膨張・突沸した時、原爆に匹敵するエネルギーが解放されることになる。それが空中で行われれば、その高度によって地表への被害が異なり、地表に接触した後に行われれば、そのエネルギーはクレーターを穿つ。
熱と衝撃波が地表に沿って拡散する空中(低空)爆発と、地を穿つことでエネルギーの大半を消費し尽くしてしまう地表爆発と比較したら、当然のことながら低空での爆発の方が地上の被害は大きくなるのだ。
そして効果が最大になるように、隕石のエネルギーを保全したまま軌道上から地表近くまで誘引する。これが(世間では地属性と謂われ、しかし真実は無属性の)神話級魔法〔星落し〕の本質なのである。
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「……これってまさか、隕石落とし?」
「否。無属性魔法の〔星落し〕。自然現象の隕石の落下のことを、天体知識の無いこの世界の人たちは、天の星が降って来たと思ったんだね」
「いやそんなことより、アディ、アンタこんな切り札があったなんて。
でも、こんなことが出来るのなら、それこそメーダラの領都にでも〔星落し〕をしたら、それだけでこの戦争は終わるんじゃない?」
「否、そうしたらメーダラ領の領民は、恐怖と狂気と憎悪に染まって同盟に敵対することになるだろう」
「それは――」
「この地に星を落とすのは、これが一種のテロリズムだからなんだ」
「え?」
「抑々、テロリズムが成功したと言える状況ってどんな結果を齎した時だと思う?」
「……たくさんの犠牲者が生じたとき?」
「外れ。『テロ』の語源は“恐怖”だ。相手を恐怖させ、恐慌に陥らせ、正常な判断を出来なくさせ、日常を破壊することが出来れば、たとえ一人の犠牲者も出さなくても――寧ろ犠牲者が少なければ少ない程――そのテロは成功なんだ。なんせ、犠牲者は恐慌しないからね。生存者が多いほど、社会に与える影響は大きくなる」
前世で、役所や学校に爆弾を仕掛けた、といった悪戯メールが送られるという事件があった。結果、何事もなかったにもかかわらず役所は閉鎖され、学校は休校になった。つまり、メールテロは成功してしまったのである。
もし役所や学校が、メールを受け取った時点でこれを悪戯と断じ、無視して日常を継続していたら、そのテロは失敗だったことになる。
……とはいえ前世ではちょっとした知識があれば小学生でさえ爆弾も毒ガスも生成出来るうえ、「絶対にそれが有り得ない」と主張する為には施設の隅から隅まで(それこそトイレや更衣室といったプライベートスペースに至るまで)リアルタイムで監視をし、爆弾などが仕掛けられた痕跡は無いと断言出来る状況でなければならないだろうが、現実問題そのようなことは出来る筈がない。
だからこそ、当局は(たとえテロを成功させることになったとしても)実際の被害者を0にすることを優先させる選択をするのである。
「通商破壊の為に神話級魔法を使用することで、軍官民を問わず密輸に関わる全ての人を委縮(恐怖)させる。そして〔星落し〕を敢行した術者――つまり俺のことだが――の正体が知れなければ、それこそ次に自分たちの頭上に星が降ってくるかもしれないと思ってしまう。その恐怖は、同盟と敵対することを選択したメーダラ領主一族に対する反発という形で現れるだろう。術者の正体が知られてなくても、この状況では同盟側の人間だということは簡単に想像がつくからね。
一方これは、同盟側にも同じことが言えるんだ。つまり、同盟の方針に背くような行いをしたら、その制裁として星が落ちてくるかもしれない。同盟に忠実ならそれは頼もしく感じるだろうけど、腹に一物抱える連中は、おそらく冷や汗が止まらないだろうね。
更に、リングダッド王国。四年ほど前に、リングダッドと二重王国を構成するスイザリア王国の副都モビレアに、星が落ちた。当時はそれが自然現象か、神威か、それとも人為かが不明だったけど、今回のことであれも人間の術者が為した魔法攻撃だったと理解するだろう。
そして当時のスイザリアは、マキアのフェルマール侵攻を秘密裏に支援する立場にあった。今回のリングダッドは、メーダラの野望を秘密裏に支援する立場にある。つまり、〔星落し〕を敢行した術者――俺――は、フェルマール王家に親しい人間で、二重王国がフェルマールに敵対的行動をとることを許さないと宣言しているも同然なんだ。だから、これ以降フェルマールに関われば、それこそ王都に星が落ちるかもしれないと恐怖する。
要するに、ここで通商破壊の手段として〔星落し〕を敢行したことで、メーダラ領とリングダッド王国は旧フェルマール領内で、安易な軍事行動を起こすことが出来なくなったんだよ」
眼下を見渡せば、メーダラ領側もリングダッド王国側も、僅かながら生存者がいる。彼らはこのあとそれぞれの国に戻り、この恐怖を余すことなく伝えるであろう。それこそが俺の真の目的であるとも知らずに。
昔、『毒戦争』で俺は、〔星落し〕やそれに類する戦略級攻撃魔法の使用を選択しなかった。それは、あの状況ではどのように行っても、結局はテロにしかならず、それは敵のみならず味方をも恐慌状態に陥らせてしまうことが明らかだったからである。だからこそ、戦術級魔法を使用する時も、ルシル王女という隠れ蓑を必要としたのだ。
しかし、今回はその恐慌状態を作り出すことが目的であり、またその戦略目標が明確であることから、味方側には誤解の余地が無いメッセージを発信出来る。だからこそ、躊躇うことなく凶行に走ることが出来たのだ。
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こうして、メーダラ領に対する経済封鎖は最大の実効性を以て完成した。勿論、封鎖の網を潜り抜ける商人はいなくなった訳ではないが、それでも領内での領外の物資の流通量が激減し、あらゆるモノの値段が高騰したことは事実であった。
そして更に、アディの行った領内農民に対する先物取引。この取引に潜む『爆弾』が効果を発揮したのは、同盟が成立してから二年後、カナン暦706年の秋の三の月(地方の暦では冬の一の月)だった。
(2,939文字⇒2,583文字:2016/03/24初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/13 03:00掲載 2022/06/03誤字修正)
・ テロリストの正体が不明の時、そのテロリズムは最大の効果を発揮します。けれどテロリストの正体が知られることで、「正体不明の恐怖」が「特定個人(或いは組織)からの攻撃」になるのです。結局、テロリストへの対応策は、「手段」に対して行うものではなく、その「テロリスト個人」をプロファイリングして採択するものが最も有効、ということです。それはつまり、テロリストの為人を知るということで、テロリストがテロリズムに走らないように事前に懐柔(和解)することが、テロを未然に防ぐ方策の窮極的な解決法、ということになります。
・ 一定数の「封鎖の網を潜り抜ける商人」の存在を、同盟は黙認しています。何故なら、完全封鎖をすると、その封鎖を打破する為にメーダラが軍事行動に出る可能性があったからです。それが細い線でも、生命線が確保されていた為に、最後の最後まで軍事行動に踏み切れなかったのです。




