第22話 セレストグロウン騎士爵領
第04節 小麦戦争 Round-1〔4/4〕
ここで辺りの地形を改めて説明することにしよう。
ボルド市の北、そしてビジア領都オークフォレストの西に、『竜の山』と呼ばれる大陸最高峰(かどうかは実際には不明だが、既知の山の中では間違いなく最高峰)の山がある。
そして竜の山の南側に、『竜の食卓』と呼ばれる高原地帯が広がっている。更にその『竜の食卓』を包むように、樹海(森妖精たちは『ブルゴの森』と呼ぶ)が展開し、そのブルゴの森の外側を迂回するようにボルド河が流れている。
一般には、『竜の食卓』から上が世界最大の迷宮『竜の山』と考えられており、またブルゴの森の南西の一角がダンジョン『不帰の森』と謂われている。
『竜の山』も『不帰の森』も、所謂「フィールド型ダンジョン」であるが、ではどこからがダンジョンなのか? という問いの答えは、実は誰も知らないのだ。
しかし俺たちは、先日『不帰の森』を攻略したことでエルフたちと友誼を結ぶことに成功し、エルフたちの領域を侵すことなくブルゴの森を開拓することが出来るようになった。
◇◆◇ ◆◇◆
根が張ったままの樹は、〔無限収納〕に収納することは出来ない。
だから俺は樵になり、伐採してから収納していた。
けど、森を拓く時、もっと簡単に樹を収納する方法を思いついた。
まず、無属性魔法Lv.2【群体操作】派生03.〔地面操作〕で樹の根ごと地面を掘り返し、Lv.1【物体操作】で力任せに引っこ抜く。このやり方なら樹齢百年超級の大樹であっても一日に数本、数十年級の樹なら30本近くを〔無限収納〕に収納出来たのである。
そして伐採して出来た地面は、農地予定地ならもう少し掘り返して空気を含ませ、街区予定地ならLv.5【分子操作】派生03.〔石化〕で焼いて固めて基礎にした。『竜の山』は活火山であることから、旧ハティスがあった場所に比べて地震が多い。基礎をしっかり作っておかなければ、小さな揺れで倒壊する惧れがある。
また、町全体を基礎から作れるということは、下水道を完備出来るということでもある。
浄化槽を備えそこにスライムを放ち、その上で排水を河の底近くで且つ可能な限り河口近くに設定することで、水質汚染を最小限に食い止める。
下水を完備出来るなら上水も考えなければ嘘だろう。
〔地面操作〕でボルド河の水を引く水路を作り、その水路を給水源とすることで、水利を確保する。
町の基礎が出来たら、あとは大工さんたちの仕事だ。町の方は彼らに任せ、俺はサリア監修の四圃式農法用地の開墾を進める。
冬が来て雪が降り、春が過ぎて夏が来て、雪が融けた頃。
そこには町の原型が出来上がりつつあった。
◇◆◇ ◆◇◆
「……にしても、今更ながら非常識な男だな、お前は」
シンディの父親でありハティスの鍛冶師ギルドの現ギルドマスターであるリックが、形になってゆく町を眺めてそう呟いた。
「これだけの規模の町を、たった一人で作っちまうんだからな」
「何を言っているんだか。町を作ったのはハティスとボルドの職人さんたちだろ?
俺はただ地均しをしただけに過ぎないよ」
「それだけでも充分とんでもねぇよ。普通この規模の町を作る為に森を拓いたら、どれだけ時間がかかる? 何故開拓村の多くは途中で撤退することになると思う?
終わりが見えねぇからだよ。
樹を伐り、根を掘り出し、地を均す。
それだけで一体、どれだけの労力が必要だ? それをこんなにあっさりやりやがって」
「だけどその必要があった。開拓村を作って、悠長に切り拓く余裕はなかったからね。一秒でも早く、皆を呼び寄せられるように形を作る必要があったんだ。
俺だって、『お膳立てして、はい』と町一つ進呈するような真似はすべきじゃないって思っているよ。だけど、背に腹は代えられない。
取り敢えず、町の人たちに対して貸し一つ、って感じかな?
いずれ返してもらうよ」
「いずれ、なんて話じゃないだろう。ここはお前の町だ。お前が領主だ。
誰も文句なんか言えねぇよ」
「俺が言う。領主なんて面倒臭いことはしたくねぇってな」
「なら男爵夫人あたりを代官に指名すれば良い。それだけのことだ」
「……まぁ、そのあたりのことはこれからゆっくり考えよう」
◆◇◆ ◇◆◇
こうして、『新ハティス』と呼ばれる町(厳密な区分では落)は、あっという間に完成した。
ネオハティスに対し、しかしリックの言葉の通り、ボルド市長もビジア伯爵も領有権や徴税権を主張しなかった。
ネオハティスの農耕地は一旦アドルフ個人所有の荘園とし、低額の小作料でハティスの農民に貸し出した。その際ノーフォーク農法を前提とした四圃式を強制し、データを収集することとなる。
林業はエルフたちと協議のうえ、基本的には間伐(間引き)と枝打ち(余計な枝を切り落とすこと)に限定し、皆伐(一定区画の全ての樹木を伐ること)は許可制にする。とはいえエルフの集落へ至る道とオークフォレストへ至る道、そして『竜の山』へ至る道を整備する必要から、そこは定められた幅で皆伐することになるだろう。
他にも、アディがアプアラ領で確保した軍馬のうち600頭とラーンで購入した家禽・家畜類を解放し、農耕用と畜産用で活用することとなる。現時点での農耕地は旧ハティス時代の1.2倍、計画地まで含めると約6倍の面積がある。四圃式とすることで作付面積は単純計算でその四分の一になるが、農耕用の家畜の数は旧ハティス時代の約5倍となり、効率は比較にならない。
鉱物資源は残念ながらネオハティス周辺では採掘出来そうにない。が、『竜の山』には豊富な資源を見込める為、そこも開拓する方針である。
商業的には未知数だが、アディは何らかのアイディアを持っているようだ。
こうして、対外的には一商人の荘園(先に「農耕地を荘園とし」と記したが、厳密には開拓地全域がアドルフ個人の荘園と認定されている。その範囲は最終的にブルゴの森全域に達し、その面積はビジア領のそれを凌駕することになる)、実質的には一領が、半年足らずの期間で成立してしまったのである。
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ネオハティスの町、そしてブルゴの森一帯は、『セレストグロウン騎士爵領』と通称されることになる。
この名称は、この地域が正式に『ハティス伯爵領』と定められた後も俗称としてそう呼ばれ続けた。それは、ハティス伯爵の旗幟を掲げる際、常にそれと共にセレストグロウン騎士爵旗を掲げることも、その由縁の一つであろう。
しかし、『アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵』が、ネオハティスの町に足を踏み入れた、という記録はない。
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(2,636文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/03/20初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/05 03:00掲載 2021/02/12誤字修正)




