第13話 商人と取引相手
第02節 傭兵騎士と賢者姫〔8/8〕
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ポイントO・ウッズでの戦いは、一進一退を繰り返していた。
……と言えば聞こえは良いが、基本的にはビジア軍が一方的に押されている。
勿論、〔白魔〕などの攻撃によりアプアラ軍にも被害が蓄積されてはいるが、大勢を見ればビジア軍は防戦一方となっている。
サリアたち(味方からは『盾乙女隊』と呼ばれている)の元まで敵兵が迫って来たことも一度や二度ではない。その度に撃退することに成功してはいるが、次もまた撃退出来るという保証はない。
抑々、ビジア軍の過半は徴募された民兵である。幾ら故郷を守る為とはいえ、隣人が戦死した時の士気の低下は正規兵の比ではない。全体的な戦果被害比率で3対1と有利な数値を示していても、日を追うごとに低下する士気は、日を追うごとに増加する被害となって顕れる。
もうあと何日も持たない。
司令部に属する全員がそれを思った、そんな日だった。
敵将の首級を掲げた、ビジア軍傭兵部隊がPOWに到着したのは。
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傭兵の一人にマーシャル卿の首級を掲げさせ、アディたちビジア傭兵隊はアプアラ軍の後方に展開した。
純粋な戦力差でいえば、傭兵隊は百人足らず。対してアプアラ軍はまだ七千近くの兵を擁している。
しかし、傭兵が掲げた首級が、その数字の差を埋めて余りある。
元フェルマール最強。
マーシャル卿の戦力に期待しての侵攻作戦であったことは、今更隠しようがない。しかし、その剣聖将軍は、今となってはその首級を曝すのみ。
一体誰がマーシャル卿を討ち取った軍とまともに戦いたいものか。
待つほども無く、白旗を掲げたアプアラ軍の将官が俺たち傭兵部隊(ひいては領主ユーリ)の下にやってきた。そして、撤退するアプアラ軍を追撃しないこととマーシャル卿の首級を返還することを約し、この戦争は終わりを告げることとなる。当然これは今後進められる講話の条件に、上乗して請求する材料になるのだが。
こうして、後に『賢人戦争』(賢者姫とその師匠、そして『白魔の乙女』――姫の妹弟子にあたると謂われている――が参戦していたことに由来する)と呼ばれることになる戦争は、終結したのであった。
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「本当に、何とお礼を言ったら良いのか……」
「初めから言った筈だ。『今後の商売の為に恩の押し売りがしたかった』とね。礼より今後の取引で勉強してくれれば良いよ」
戦後(領主はこのあとアプアラと講和交渉を行わなければならないが、俺たちの仕事は全部終わり)、オークフォレストの領主館でこの戦争にかかった経費の精算を行うことになった。
正直、かなりの持ち出しになっても構わないか、とも思っていたが、アプアラとの決着が戦前の想定より有利になっていることで、遠慮なく請求出来る環境が整っている。
「確かに、返し切れない恩を受けた。出来る限りの事なら請け負おう」
「そう言ってくれると有り難い。では遠慮なくお願いしよう。
一つ目。俺とミリアの故郷と言えるハティスの街がどうなったか、知っているか?」
「ああ。スイザリア軍との交戦で焼失したと聞いている。守備兵の奮闘は遠く離れたビジアにまで聞き及んでいるよ」
「その奮闘は、市民を逃がす為だった。しかし市民は、受け入れてもらえる都市が無く、今でも難民となって旅を続けているんだそうだ。
この夏のうちにボルドに到着する。しかし、ボルドにも万近い数の難民を受け入れる余地はない」
「それをビジアで受け入れろと? 流石に無茶が過ぎるが……」
「だがビジア領なら開拓の余地はまだあるだろう? 彼らの生活を完全に保証しろとまでは言わないよ。開拓予定地への入植の許可と、ある程度の自活出来る環境が整うまでの保護。それを頼みたい」
「……河向こう、『竜の山』の麓で良ければ提供出来る。ただ、生活の保障は出来ないぞ」
「それで充分だ。
二つ目。ビジアの木を買いたい」
高炉が稼働したことにより、木炭の供給が絶望的に足りないのだ。とはいえボルドに炭焼きの技術を供与したことで、木炭の生産能力は飛躍的に向上している。また、ビジア領都オークフォレストはボルド河の上流に位置している。なら、生木のまま筏にして下流まで運んでもらえれば、乾燥と炭焼きの工程はボルドで出来る。
「木を? それは薪という意味か?」
「一番必要としているのは木炭だが、薪でも問題はない。足りなければ生木でも良い。
あればあるだけ欲しいが、かといってビジアの森を丸裸にする訳にもいかないからな。そのあたりは調整の必要があると思う。
特に、近い将来町を一つ作る為に大規模な伐採を行うだろう?」
「そういうことか。なら木々に関しては、無税で【ラザーランド商会】に販売することを認めよう」
「三つ目。
うちのサリアがビジアの領内で好き勝手することを見逃してほしい」
「……どういうことだ?」
「サリアも色々面白い知識を持っていてね。上手くいけば穀物の生産効率が今までの数倍になる方法を知っている。
けど、今までのやり方から劇的に改革する訳だから、どうしても反発が起こる。だから、権力者のお墨付きが欲しい」
「よかろう。否、生産効率が上がるなら、こちらから頼まなければならないな。だがそういうことなら俺のより賢者姫の承認の方が領民のウケも良いだろう。そのあたりはミリアに任せるとしよう」
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国家が「独立国家」として認められる為に必要なことは、独立を宣言することではない。
国家主権に属するする六つの権限(司法権、立法権、行政権、徴税権、警察権、防衛権)を正しく行使出来ると確認されて、初めて国際的に認知されるのである。
その意味で。
ビジア独立領は、この『賢人戦争』で国家主権を守り抜いたことにより、独立国家として国際的な承認を得るに至ったといえる。
しかし、その独立を放棄して某国の所領となるまでの短い期間。ビジアが「国家」を称することは終ぞなかった。
一方アプアラ領は『賢人戦争』後リーフ王国から正式に離反し、『アプアラ王国』を号することとなった。自領を守る為、ビジア独立領やリングダッド王国、カナリア公国などの支援を受けてリーフ王国と戦争(第一次アプアラ独立戦争)を始めることになるが、最終的にリーフ王国に併呑されることになったのは、ビジアが独立を放棄する前の事である。
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(2,750文字:2016/02/17初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/17 03:00掲載予定)
 




