第11話 傭兵騎士と英雄将軍(前篇)
第02節 傭兵騎士と賢者姫〔6/8〕
多少日付を遡り、アプアラ領軍が領都ウーラを進発したとの報が入った直後。オークフォレストから俺たち傭兵部隊がウバ男爵領に向けて出発した。
言うまでもないが、男爵領は経由地点。アプアラの補給拠点とされる男爵領を遡上するルートで、敵の別動隊との遭遇戦を目論む。
別動隊はいる。これは願望ではなく確信である。アプアラ領主の立場で考えたら、別動隊を派遣しないということ自体が考えられない。早期決着を企図するのであれば、一軍を以てビジア本軍を引き付けておき、別動隊がオークフォレストを占領する、という戦略こそが最も合理的ということになるからである。つまり捕捉出来なければ行き違いが起こったということであり、即ちオークフォレスト市が陥落するということ。
だから斥候に数を割いた。別働隊の指揮は(名目上の指揮官である)ユーリに任せ、俺とシェイラも斥候として森の中に消えていった。
◇◆◇ ◆◇◆
さて。森の中を進むこと数日。斥候に出ていたシェイラが敵別動隊を捕捉した。
その数、約一千。
「千……」
「別動隊ってレベルじゃねぇな。歴とした第二軍だ」
「この数で相手になるのかよ?」
傭兵隊の数は132名(うち非戦闘要員1名)。ざっと8倍近い。
「アディ、どうする?」
「勿論、奇襲する。
一当てして、相手が迎撃態勢を整える前に退却する。
追撃して来たら分散して逃げて、あとで集合する。
これを繰り返す。
戦略目標は、相手を疲弊させることと進軍を遅らせることだ。
それで充分目的を達成出来る。
向こうは整備された戦場で戦うことに慣れた正規兵。
こちらはこういった山の中での遭遇戦を日常とする冒険者。
こっちが有利な戦場で、しかも一方的な奇襲だ。
敵を殺すことよりも死なないことを優先して荒らしまわれ!」
◇◆◇ ◆◇◆
それから5日間。俺たちは昼夜を問わず奇襲した。
当然こちらも無傷とはいかなかったが、それでも何時でも好きな時に攻撃出来るビジア軍と、いつ襲撃があるかわからず碌に休息も出来ないアプアラ軍では、被害・損耗の数は段違いであった。また敵の斥候職はシェイラをはじめとするこちらの斥候隊が始末してくれていることも、有利に運ぶ一因であった。
「だが、いつまでこんなことを続けるんだ? 我々は時間をかける訳にはいかない筈だ」
「確かにね。だけど領主様。時間が無いからこそ、ぎりぎりまで時間をかける必要があるんだ。
時間が無い時に焦って決着をつけようとすれば、あっさり負けてしまうからね」
「しかし……」
「とはいえ、確かにそろそろ潮時だな。次の襲撃で決着をつけよう」
◇◆◇ ◆◇◆
しくじった。
それに気が付いたのは、敵本陣に斬り込んだ後だった。
これまで何度も奇襲して、攪乱した挙句すぐに撤退を繰り返していた為、今回に限り本陣奥深くまで斬り込んだ俺たちの行動は、完全に相手の虚を突くことが出来た。
そのままの勢いに乗じて、敵将の首級を取ろうと小太刀『長鳴』を振り下ろしたところ、敵将の剣によってそれを阻まれた。
神聖鉄の小太刀の一撃を受け止める、その剣。
日緋色に輝くその刃。
銘『ゴルディアス』。フェルマールの国宝たる、ヒヒイロカネの剣!
興味が無かったから忘れていたが、フェルマール屈指の武将に、それが下賜されたと聞いたことがある。
「フェルマール最強の武将は?」と問われた時、多くの人がその男の名を唱えるのだ、と。
その男は『毒戦争』前に、アプアラ領に客将として招かれたと聞いていたが、それがこいつか。
男の名は、エドワード・マーシャル騎士爵。
しくじった。
こんな猛将が出てくるのなら、もう少し時間をかけて消耗させてから突撃するべきだった。ユーリのことは言えない。俺もまた、時間が無いと焦っていたようだ。
『長鳴』を納刀して腰に戻し、大太刀『八咫』を〔無限収納〕から取り出す(考えてみたら、『八咫』を実戦で使うのはこれが初めてだ)。
素材は同じヒヒイロカネ。けれど叩き斬る為の武器である『剣』と撫で斬る為の武器である『刀』では、打ち合いになれば剣の方が有利。
体格は向こうが上で、膂力は比較にもならない。
そして何より戦闘経験。人生の半分以上を戦場(それも対人戦)に費やしてきたこの男と、17年足らずの人生をあっちフラフラこっちフラフラと浪費していた俺とでは、その経験密度も量も、差があり過ぎる。
けれど、ここにきて引く訳にはいかない。
〔肉体操作〕で身体強化。〔空間音響探査〕を限定展開。範囲を人ひとり分に集中することで、一挙手一投足、僅かな予備動作さえも感知出来るようになる。
「若者よ、名は?」
「名も無きただの傭兵だよ」
戦いの前に口上はいらない。ただこいつを、
殺す!
◇◆◇ ◆◇◆
それからどれだけ打ち合ったか。
客観的には数分と経っていないだろうが、主観的には何日も斬り合っているように思える。見切り損ない、肌に負った傷はもう数知れない。対して俺が与えた傷は、まだ二つか三つか。
〔肉体操作〕と〔回復魔法〕で痛みも出血による消耗も凌いではいるが、体力の限界は如何ともし難い。
このままでは俺に勝ち目はない。戦いの前からわかっていたことではあるが、こうも実力の差を見せつけられると絶望したくもなる。
と、そんな時。
マーシャル卿の足が滑った。
全くダメージを与えられていないと思っていたが、それでも少しは削ることが出来たのだろうか?
それともこの、意外に長引く戦いに業を煮やし、手っ取り早く決着をつける為にわざと隙を作って誘っているのか。
どちらにしても、おそらくこれが、俺にとって最後のチャンス。
一瞬、刀を腰撓めに引き付け、全霊を込めて刺突した。
◆◇◆ ◇◆◇
実戦剣技で、刺突が使われることは稀である。
刺突は攻撃力・殺傷力が大きく初動が迅い一方で、放った後の隙が大き過ぎる為、あまりにも危険だからである。
せいぜい止めを刺すときに使われるくらい。ましてや剣戟の最中、格下が格上に使う技ではない。
案の定。マーシャル卿が体勢を崩したのはただの偽装。
アディの刺突を躱しながら体を戻し、刺突の姿勢で重心を前に預けたアディに向けて剣を振り下ろした。
(2,864文字:2016/02/15初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/13 03:00掲載予定)




