第06話 偽善者(自称)と聖女
第02節 傭兵騎士と賢者姫〔1/8〕
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「あの、手伝わせてもらえませんか?」
サリアは、唄いながら炊き出しをしていた女性たちの許に歩み寄り、そう声をかけた。
「貴女は?」
「ボルドから来た、旅行者です。興味本位でこのあたりに足を踏み入れたら、綺麗な歌声が聞こえたので」
「そうですか。でも、女性が一人で足を踏み入れるところではありませんよ?」
「女性が三人で炊き出しするには、ちょっと量が多いんじゃないかと思ったんですが?」
女の身で無防備な、と言うのなら、貴女たちはどうなんだ。
そんなつもりでそう返すと、炊き出しをしていた女性たちは顔を見合わせ、笑みを零した。
「それでしたら、お手伝いをお願いします」
そして綿雪舞い散る貧民街の街角、四人に増えた女性陣が炊き出しを続ける。
「それにしても、物好きですね」
ふと、侍女らしき女性の片割れがサリアに対して口を開いた。
「何が?」
「わざわざ旅行先で、スラムに足を踏み入れた挙句、炊き出しを手伝うってことがです。
傭兵や難民、放浪民等には見えません。けど高位の冒険者にも見えませんから、残るは商人。どこかの隊商に雇われた商家の従業員、といったところでしょう?」
「慧眼ですね。一応Aランクの商会の従業員、です」
「成程。で、結局何故?」
「ボルドの救護院でも、炊き出しの手伝いをしていました。趣味みたいなものです」
「趣味、ですか」
「ええ。ボルドの救護院は、スラムの住民の為ではなく、傷病者や難民の為に開放している施設なんですけどね。
最近、北からの難民も増えてきたんです」
「北から、ですか……」
「ええ。なんでも重税と役人の横暴で生活出来なくなって逃げて来たんだとか。
スラム育ちの孤児風情に政治を壟断させたからだ、って専らの噂です」
「随分な仰りようですね。それは逃げ出した者たちの自己正当化の方便ではないのですか?」
「ふふっ。うちの会頭もそう言いました。
だから、現場を見に行こう、って」
「それでわざわざボルドから。
では、実際に見てビジアは如何ですか?」
「今朝到着したばかりです。まだ何もわかりませんよ。
でもまぁ自慢するだけのことはあるかな、って」
「自慢、ですか?」
「えぇ、うちの会頭がね、ここの賢者姫のことを『俺の自慢の天才少女』『彼女は俺が育てた』って事あるごとに偉そうに言うの。
いやいやアンタが育てたっていうんなら大したことないでしょ、って思っていたんですけどね」
「……うちの姫様を、貴女の商会の会頭さんが育てた、と?」
「『おにぃちゃんのおひめさまになりたいな』だったかな?
っていうか、年下の女の子にそんなことを言わせるうちの会頭って色々問題があるんじゃないかな? って思うけどね」
それを横で聞いていた貴婦人は、泣きそうな顔で笑いながら訂正した。
「それは違います。『誰よりも賢く、誰よりも聡明で、誰よりも気品ある、大人の女性になれば』、私はお姫様になれる。おにぃちゃんは、私にそう言ってくれたんです。
だから知らない若様のお姫様になるよりは、おにぃちゃんのお姫様になりたかった。
私の、初恋です。
でも、おにぃちゃんには一緒に歩く女性がいた。私は、おにぃちゃんの征くところに一緒に行くことは出来なかった。だから決めたんです。
いつか、おにぃちゃんに再会する日が来たら、おにぃちゃんに自慢出来る男性を紹介しよう、って」
「充分自慢出来るわよ。嵩が一介の商人風情が、一領の領主様に勝てる処なんてある訳ないもの」
「ふふっ。そういえば名乗っていませんでしたね。
私はミリアーヌ・ハーディ=ビジア。どうぞミリアとお呼びください」
「ではこの場ではミリアさん、と。
あたしはサリア。【ラザーランド商会】会頭アドルフのもとで働く一介の従業員です」
「アドルフ、ですか」
「はい。某セレストグロウン卿は、今はどこにもいませんから」
◇◆◇ ◆◇◆
時刻にしたら午後3時頃だろうか? 時計のないこの世界では正確な時間はわからない。けど、雪がどんどん深くなり(綿雪がドカ雪になりだした)、あたりも随分薄暗くなってきたので、早めに宿を取ることにした。
大通りに面し、冒険者ギルドに近いこの宿の一階は、冒険者のみならず地元の人たちも利用する食堂になっていた。
山菜の鍋をつつきながら大通りを眺めていたら、案の定すぐにサリアの姿が見つかった。
「サリア!」
「あ、アディ。待ち合わせ場所を決めないで解散するから、合流出来ないかと思ったわ」
「俺はその心配はしなかったけどね。まぁ熱い鍋が来てるから、遠慮なくつつけよ」
「いただくわ」
キノコや山菜を頬張るサリアは、楽しそうに見えた。今日一日の散策で、何か良いことでもあったのだろうか?
「で、サリア。この街はどうだった?」
「そうね。難民たちの愚痴と実際の住民の生活は、まるで違っているように思えるわ。
依頼板の様子を見れば、住民は経済的に豊か、とまではいかないけれど余裕があるように思える。あと識字率も高そうね。一般家庭からの写本の依頼があったわ。
夕方の街並みはあっちこっちから煙が上がってる。森の街だからかな、薪の利用に遠慮はないみたい。節約を考えなくても良いくらいの量の備蓄があるか、それとも一般家庭でもお手軽に購入出来るくらい安いか、どっちかよね」
「今日一日で、随分色々見て回ったんだな」
「うん。自分の視野が如何に狭いか思い知ったわ。
……違うわね。視野が狭いんじゃなく、前が見えていなかったんでしょうね」
「そういう状況を、『目から鱗が落ちる』って言うんだよ」
「確かに。でっかい鱗を瞼の上に張り付けていたみたい。
でね。スラムにも行ってみたの」
「おい、女一人で行くところか?」
「それが問題ないくらい治安が良かった。って言えば、この街の凄さが伝わるよね」
「確かに。街を知りたければ裏道を見ろっていうけど、スラムの治安が良いのに街の治安が悪いことは有り得ないからな」
「うん。それで、スラムの人たちを見てみたら、はっきり言って目は死んでた。気力が無いって顔をしてた。けど、その服はシャンとしてた」
「え?」
「思い返してみると、同じような意匠の、麻かな? あれは。……ともかくあまり上質とはいえない生地だけど、でも古着でも襤褸でもなかった。
なんて言うか、あぁいう救恤のやり方もあるんだな、って」
「……そうか。
サリアは前世、洋裁はやっていたか?」
「洋裁もハンドクラフトも無縁でした。まぁ繕い物程度は嗜んでいたけどね」
「そこで『ハンドクラフトも』って言うことは、通り一遍の知識はある訳だ。
実はこの世界、まだ『型紙』っていうものが認知されていないんだ。
だから一人ひとり採寸して縫う必要がある。
この世界で最初の既製服を生み出したのは、俺の自慢の義妹姫だよ」
(2,979文字:2016/02/13初稿 2017/03/01投稿予約 2017/04/03 03:00掲載予定)
【注:『賢者姫は俺が育てた』という言葉は、プロ野球の星野監督の「中日の選手は私が育てた」という言葉を揶揄したネットスラングを原典としております。
また「街を知りたければ裏道を見ろ」という言葉の原典は、〔田中芳樹著『銀河英雄伝説 4 策謀篇』TOKUMA NOVELS〕です】
 




