第04話 大泥棒アディ
第01節 雪解けを待ちながら〔4/5〕
俺とサリアは馬を走らせ、一路ビジア領へ。
……と思わせて、ビジアの領都オークフォレストを抜け、更に北東へと進んでいった。
「ねぇアディ、どこまで行くつもりなの?」
「アプアラまで」
「え?」
「まずアプアラの状況を見ておく必要があるからね。
抑々何故アプアラが戦争を始める、と予測出来ると思う?」
「それは……」
「アプアラは、先の戦争でリーフ王国側に寝返った。
その一方で、リーフ王国側は結局のところあの戦争で、戦果といえるものは何もなかったんだ」
その原因の一つには、ビジア領の中立宣言があった。
ビジアの宣言を皮切りに、ボルト他多くの領地が中立を宣言してリーフ王国軍の通過を許した。
結果、リーフ王国はフェルマールの王都近郊まで軍を進めることが出来たのだが、全く戦力を損耗せずに進軍出来た訳ではなかった。
リーフ王国に内応することを決断したフェルマール貴族を敵と断じて攻撃した挙句、死兵となった彼らから思わぬ痛撃を受けたり、内応を装ったフェルマール貴族に本陣を急襲されて糧秣が焼かれたり将官が殺害されたり。
一見戦略的には勝利した、と思えても、結局王都征服どころかフェルマール領の占領統治も出来ずに全軍撤退を強いられた。
つまり、リーフ王国にとっての「戦果」は、アプアラ領の併合だけ。だがそうである以上、その功績は当然、打診した某法衣貴族と応じたアプアラ伯のもとに帰することになる。
法衣貴族には金銀財宝でその功に報いれば良いが、アプアラ伯には?
「……何もなかったの?」
「関ヶ原で考えてみろよ。西軍の小早川秀秋が寝返ったから東軍が勝利したと謂われているけど、だからといって家康が小早川秀秋に勲第一等を認めたら、他の徳川方の諸将が納得出来ると思うか?」
「出来る訳ないわね」
「そういうことだ。寧ろ減封されないだけ有り難いと思え、って感じだろう?
まして、他の譜代の貴族たちが褒賞に値する武勲が無かったから、外様のアプアラ伯にだけ褒賞を出すことが出来なかったんだ。
結果、アプアラ伯は旧主を裏切ってまでリーフに与したにもかかわらず、満足のいく見返りがなかった。挙句、遠からず移封されることが明らか。
だから、所領安堵に足る武勲を立てておきたいんだ」
「その為に、ビジアが狙われている?」
「ここまで言っておいて何だけど、全部俺の想像だ。実際は違っているかもしれない。だから現地を見ておきたいんだ」
「……をゐ。」
それでも、アプアラ領を取り巻く環境を考えれば、かなりの確率で正鵠を射ている自信がある。そしてもしそうなら。
◇◆◇ ◆◇◆
ビジア領とアプアラ領の領境は、その通過に思ったほど手間取ることはなかった。
勿論「空荷の商人」ということで訝しがられることはあったが、書類(ギルドカード、旅券、手形)に不備はなく、また商談の為ということで、すんなりと領境を超えることが出来た。
だが観察していると、難民と武装した冒険者の通過はかなり厳重に検査されているようで、また商隊もアプアラへの入境はスルーに近いが出境には手間取っているようである。
更に進み、アプアラの領都ウーラ。
市壁を越え、しかし市民の顔に活気はない。
サリアと顔を見合わせ、それから近くの食堂に足を踏み入れた。
「女将さん、何かお勧めある?」
「あんたたち余所から来たのかい?」
「まぁね」
「そぉかい。この領も色々あるからね。
南から来たんならバイソン肉がお勧めだね。北からの人には食べ慣れたものかもしれないけど」
「へぇ、バイソンがあるんだ。じゃぁバイソンの煮込みを二人前」
「あいよ」
シチューをつつきながら周囲の会話に聞き耳を立てていると、やはり先行き不安を訴える声が目立つ。市民らしき人たちはリーフ王国に併合されることへの不満やフェルマールに弓引いた領主への不満。冒険者たちは、近々始まるであろう戦争への不安。勿論それに期待する腕自慢の冒険者や傭兵たちもいるようだ。商人たちはリーフへの編入や戦争が商売にどのように影響するかを予測し、逆にそれを利益に結びつけようと皮算用している。
「……完全に、既定路線だな」
「うん。隠してさえいないね」
アプアラ領は、ビジアとの戦争を既定の事実として受け入れている。
そのことがわかっただけで既にここに来た理由は満たされたようなものだ。しかしここに来て、多少の欲が出た。そこでその日は宿を取り、けれど夜半に俺は一人で出かけることにした。
◇◆◇ ◆◇◆
〔無限収納〕。
この魔法が最も役に立つ場面は、交易である。しかし、同時に犯罪に使う場合もこの上なく役に立つ。
何故なら、〔無限収納〕に物を収めるとき、「物体」は「情報」に変換される。そして取り出すとき、その「データ」は「もの」に変換されるのだ。
しかし、〔亜空間収納〕はそういった「データ変換」せずにそのままの形で「どこだかわからないけど、ここではない空間」に保管する。結果、外部から魔力の流れを見れば〔亜空間収納〕に物が入っているかどうか(という程度だが)は、識別出来るのである。
対して「データ変換」して保存する〔無限収納〕の場合は、外部から走査してもその痕跡を見出すことが出来ない。
これにより、窃盗のみならず武具持ち込み禁止の殿中にあっても好きなだけ武器を持ち込むことが出来る。破壊・暗殺何でもござれ、だ。
更に〔肉体操作〕と〔空間機動〕を使えば警備を無視して領主の館に入り込むことも出来るし、〔気配隠蔽〕で自身の気配を消し、〔空間音響探査〕で警備の状況をリアルタイムで捕捉出来る。
歩哨は鉄串の〔射出〕を使えば一瞬で殺害出来るし、ドアのカギ程度なら神聖鉄の小太刀『長鳴』で破壊出来る。
領主の暗殺を検討しないでもなかったが、今後を考えるとアプアラの領主は生きていてもらった方が都合が良い。だから狙いは領主の備蓄倉庫と兵舎である。
◇◆◇ ◆◇◆
厩舎で寝静まった馬や、畜舎の家畜たち。
兵舎で管理されている武具と、備蓄倉庫の糧秣。
ついでにいつもの通り書庫の書籍類。
これらを片端から〔無限収納〕に収め、素知らぬ顔で離脱した。
順番的には、備蓄倉庫が最後になったのだが、倉庫に入った頃に辺りは騒がしくなった。領主館の歩哨の死亡が確認され、財宝等の盗難が警戒されたからだろう。
糧秣を確保したのち、一旦高空(高度百数十m。領都を一望出来る程度の高度)まで上がった後、逆方向から宿に戻ったのであった。
(2,978文字⇒2,575文字:2016/02/11初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/30 03:00掲載 2022/06/03誤字修正)
【注:小早川秀秋は関ヶ原後、加増とはいえ移封され、秀秋死後に小早川家は無嗣断絶(実際は直系ではないが後継者足り得る者はいた)を理由に改易されています。尚、関ヶ原の戦後始末で小早川家の加増幅が最も大きかったことから、小早川秀秋を勲功第一等だとする歴史家もいます】
・ 「眠らせなければ収納出来ない」〔無限収納〕に、睡眠時間3時間弱の馬を全頭収納出来たことに関しては、「ご都合主義」と理解してください。
 




