第02話 ビジア独立自治領
第01節 雪解けを待ちながら〔2/5〕
☆★☆ ★☆★
ビジア伯爵領。
フェルマール王国の北端と言うべき場所に位置する領地のひとつ。
西にボルド河を挟んで『竜の山』が、北東にアプアラ辺境伯領を挟んでリーフ王国が、東にロージス辺境伯領を挟んでカナリア公国がある。
カナン暦508年、一人の冒険者ティム・ハーディが開拓したことからその歴史が始まる。
512年、フェルマール王より騎士爵に叙せられ、現領都オークフォレスト周辺を騎士爵領として認められる(注:騎士爵は原則として領地を持つことはないが、開拓地の場合期間を区切り特例で領有を認められることがある)。
518年、当時の全国的な飢饉に際し難民の受け入れと穀物の提供を行った功績が認められ、男爵位への陞爵が認められた。
577年、カナリア公国の侵攻に抗すべく辺境伯へ陞爵されたが、611年次のリーフ王国との戦争に敗れた責を問われ、穀倉地帯である南部領と東部領が没収され、辺境伯特権も剥奪された(没収された領地の一部は後のアプアラ辺境伯領に併合され、その他の領地の多くはビジア領に返還されている)。
702年のフェルマール戦争に於いてはいち早く中立を宣言し、事実上の独立自治領となる。
主たる産業は林業と畜産業で、穀物の輸出量はそれほど多くない。南部の村ブッシュミルズは麦酒の蒸留酒の産地。
冒険者の興した領地ということで、歴史的に住民の流出入が多い。しかし代々の領主は、流出を止めるより流入を増やすという政策を採っている為、寧ろ余所者に対して寛大な風潮がある。また領民の貧富の差はそれほど大きくないが、全体的に裕福とは言い難いのが現実である。
★☆★ ☆★☆
サリアが救護院で聞いた噂をもとに、改めてビジア領に関する情報を集めてみた。
この季節、商隊の動かないこの時期に集められる情報は嵩が知れている。それでもそれほど離れていない領地の情報を得るのは難しいことではない。
難民から集めた情報は、枝葉の部分を切り取って纏めると、『増税され、年貢と労役が増えた』ということだ。
また商人ギルドからの情報としては、鉄と穀物そして傭兵の需要が増えているとのこと。
それに難民(領民の流出)が増えていることを考えると。
典型的な戦時体制への移行と言えるだろう。
だが、それもこれも皆推測でしかない。
それにビジアが戦争するとしても、積極的に侵略を行うつもりなのか、それとも隣接国や独立自治領からの侵略の意図を察知しての防衛準備なのかもわからない。
だから、俺が今すべきはビジア領の現地視察とボルド市当局の意向の確認である。
◇◆◇ ◆◇◆
「ギルドマスター、話がある」
その日、俺は商人ギルドに赴き、ギルドマスターと面会することにした。
「アドルフ君か。どうした?」
「単刀直入に言う。評議会と繋ぎを作ってほしい」
「評議会と? 藪から棒に、一体何の用だ?」
「ビジア領が戦時体制に移行していることは把握しているか?」
「ビジア領? ……おそらくそうだろう、という話はあるが――」
「俺はビジア領主の為人を知らない。この戦争準備が他領への侵略なのか、それとも侵略に対する迎撃準備なのかがわからない。
どちらにしてもボルドと隣接する領地で戦争が起こるとなれば、ボルドも対岸の火事とは言えない筈だ」
「それはそうだが、だからといってそれを聞いてお前はどうする?」
「逃げるなり、糧秣を売るなり、商人として出来ることは色々あるさ。
だがその結果、市当局の方針と対立することにならないように、事前に摺合せをしておきたいんだ」
「そういうことならわかった、打診してみよう。
だが、期待はしないでくれ。都市の住民になって一年にも満たない商人が、気安く会える相手ではないからな」
とギルドマスターは語ったが。
その三日後。評議長自らが面会に応じる、と返答があった。
◇◆◇ ◆◇◆
「其方が【ラザーランド商会】のアドルフ殿、か?」
「はじめてお目にかかります、評議長閣下。アドルフと申します」
評議会庁舎の議長個人の執務室に案内され、評議長であるカルロ・スタヴィア=ボルド男爵との面会が叶った。
「それで、儂に会って訊きたいことがあるそうだな?」
「近々ビジア領で起こる紛争に対する、ボルド市の姿勢を」
「ほう?」
「勿論、一介の商人に過ぎない私が知ってはならないことも多々あるかと存じます。しかし、知らず市の方針に背くことがあってはならないと思い、事前に確認をしたく、無礼を承知で参った次第にございます」
「儂も、其方がこの紛争にどのように向き合うか聞きたいと思っていたところだ」
「……自分が、ですか?」
「そう、其方、否、貴卿が、で御座います。
ルシル王女の守護騎士たる、アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵」
「ご存知でしたか」
「評議会も腑抜けの集まりという訳では御座いませんからな」
「ですが、どうぞそのような腰の低い物言いはなさらぬようお願い致します。
私はアドルフ。【ラザーランド商会】の会頭に過ぎません。
また、私の庇護下には『スノー』という名の天涯孤独の女性はおりますが、『ルシル王女』なる女性はおりません」
「わかり申した、ではそのように。
ボルド市は昨年の戦争の際、都市の防衛を優先して結果王家を見捨てることになり申した。そんな我々がこのようなことを口にしても信用出来ないかもしれませんが、それでも王家に対する敬愛の念は聊かも曇っておりません。
それはビジア領も同じでしょう。我々フェルマール貴族が預かる領地や都市は、王家より封じられたもの。ですので、王家の正統な後継者が再び現れるまでは、それを守ることこそが我々領有貴族の使命です。二年前に代替わりしたビジア新伯爵も、同様に考えているものと推察されます。そうでなければ早々に『ビジア王国』の建国を宣言するでしょうから」
事実この一年、旧フェルマール領内で大小様々な『王国』の建国が宣言されている。
「王家の後継者云々ということは失礼ですが今は脇に置かせていただきます。
どちらにしても、ビジア領が他領を侵攻することはない、とお考えで?」
「おそらくはアプアラ辺境伯領がビジア領を侵攻せんとする兆候があったのでしょう」
「それに対してボルド市の対応は?」
「と、申しますと?」
「アプアラがビジアを突破したら、次はボルドでしょう?
ならビジアに与してこれをボルド市防衛の盾とするか。
アプアラに与しビジアを生贄に捧げることで、ボルド市の安全を買うか。
或いは何もせず、アプアラがビジアを破り疲弊したところで、徐にこれを迎え撃つか。
市の対応としてはどれを選びますか?」
そして得られた評議会の方針は、「(ビジアに)好意的な中立」であった。
(2,674文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/02/07初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/26 03:00掲載 2021/02/09衍字修正 2022/06/03誤字修正)
・ ボルド市は都市一つで一領扱いです。「都市」の中に「交易街」と「港街」の両方を抱えており、また周囲には(村落を形成していない)穀倉地帯が展開していることで、ボルド市の行政圏はそれ単体で小規模の男爵領を形成しているのです。
・ 評議長は「評議会も腑抜けの集まりという訳では」ない、と言っていますが、それ以前にスノーたちは評議員の随行などというクエストを受注していましたから。スノーたちに隙が多すぎたというか、評議会が「腑抜け」ではなくどちらかと言うとスノーたちが「間抜け」だった、というのが実情かも。




