番外篇3 町の食堂再建計画?(後篇)
〔2/2〕(解答編です)
「飲食店経営で、一番気を使わなければいけないところはどこだと思う?」
店主の問いかけに対し、俺は直接答えず逆に問い返すことにした。
だがこれは、店主に対しての問いかけじゃない。サリアに対する問いかけだ。
「良質のサービス? 値段と、味と、そしてその空間を提供する際の付加価値、かな?」
サリアは考えながらそう答えた。けど、それは間違いだ。
「正解は、『ゴミ』だ」
より具体的には、「生ゴミ」。これが最も重要な問題になる。
「ゴミ、に気を使う、というのはどういうことなのですか?」
店主は意外な言葉を聞いたとばかりに反芻するが、
「ゴミ、っていうのは、基本的に銅貨一枚も生み出さない。無ければないに超したことはないんだ。だから、『ゴミを出さない経営』を第一に考えなければならない」
「仰る通りかもしれませんが、食べ物屋をやっている以上、どうしてもゴミは出ます」
「確かに。だからこそ、その理想に近付ける努力が必要になる。
たとえば、メニューの見直し」
「……どういうことですか?」
「お品書きにある料理は、注文があったら出さなきゃならない。
その為の材料は、だから常に用意しておかなきゃならない。
けど、滅多に注文が無い料理の材料は、結局その殆どが『ゴミにする為に仕入れている』ことになるんだ」
「……確かに、そういう料理が無い訳ではありません。けど、そういう料理を注文してくれるお客様は、うちにとっては太客です。だからそのメニューを外す訳にはまいりません」
「だったらその客を特別扱いすれば良い」
「え?」
「その客に、来る前日かそれ以前に連絡してもらうようにお願いするんだ。
で、その客が来る時だけ、その料理を作れば良い。その客だけの為に、ね。
その客にとっては自分が特別扱いされている訳だから嬉しいことだろうし、店にとってもその時の材料は確実に消費される訳だから、無駄にはならない。
飲食店経営に於いては、売上を増やすことよりも、利益を出すことよりも、損失を減らすことの方が重要なんだ」
そして、そう考えてみると、この店は客層の絞り込みが出来ていない。
門戸が広すぎるのだ。
たとえば、冒険者。彼らは安酒と濃い味付けの肉を与えておけばおとなしくなる。
船乗り。彼等には船の上では滅多に味わえない、山菜や果物が喜ばれる。
商人。旅商人の場合はゆっくり寛げる空間が嬉しい?
職人は、ストレスが溜まる仕事をしているから、量よりも、彩り豊かな食事を静かに食べる方が良いと思われる。
そして一般市民は、自宅ではそうそう作れない料理が良い。
「雑多な要望を持つ客全てを相手にしようとすれば、当然あれもこれもと揃えなければならなくなる。つまり、無駄な仕入れが増え、結果ゴミが増える。
けど、仮に冒険者だけを相手にしようとすれば? 高い酒を仕入れる必要はなくなる。山菜や魚料理より肉類に限定して、同じ肉でも調理方法でバリエーションを作ることも出来るだろう。同じ肉でバリエーションを持たせれば、それだけ廃棄物が減る。仕入れも肉だけ大量に、とすれば、今より更に割安に仕入れる道もある。
そういう風に客層を絞り、その客たちに特化したメニューを用意し、その他に太客専用の特別メニューを揃えれば。それだけでかなりのコストダウンが見込めるだろう」
「しかし、それで対象から外れた人たちはどうすれば良いんです? うちに来ても、自分たちが食べたいものが無いということでしょう?」
「その人たちは、また別の店を探すだろうさ。この町にはここ以外にも食堂はあるんだからね」
「けどその分売上げが落ちますよね?」
「当然そうなる。その一方で無駄な仕入れが減るから経費も減り、ゴミも減るから利益は確実に増えるだろう。また客層を絞れば、結果客数も減るから、料理人の数も給仕の数も減らせるから、人件費も減る。斯くして経営悪化を嘆いていたのは、過去の話になる、という訳だ」
「確かに、そうすれば私の店の利益は増えるでしょう。けど、その為にコックやウェイトレスが仕事を無くすことになる。それはとても受け入れられません」
「だがこのままだと、この店の経営は立ち行かなくなる。結果コックたちも職を失うだろう。早いか遅いかの違いだ」
「だからといって、私のこの手で彼らを解雇することは出来ません」
「それはそうと、もう一つ問題がある」
「……それは?」
「店構えだ。
今言ったように顧客を絞り込むのなら、フロアが広すぎ、また厨房も大きすぎる。
器に合ったサイズの店にすべきだろう」
「そんなこと今更言われても……。
とにかく、貴方の言いたいことはわかりました。ですが――」
「まだ、言い終わっていないよ。
店が広すぎるのなら、二つに分ければ良い」
「……え?」
「片方を冒険者のような、安酒で莫迦騒ぎする連中を招く。
もう片方を商人のような、高級酒を静かに飲む客の店にする。
そうすれば、両方の客層を取り逃すことなく取り込める。
従業員だって、二つの店でシフトを回せば解雇する必要がなくなる。
そして、二つの店を仕切る壁を可搬式にすることで、場合によっては貸し切りの大宴会だって出来るようになるだろう」
客に応じたサービス。それが、飲食店の基本である。
しかし、「誰も彼もを呼び込みたい」と考えると、壮大な無駄に終わるのだ。
平成日本では、こういった考え方を「選択と集中」と表現している。
「店主。アンタはどこぞの貴族の屋敷の厨房を預かっていた経歴があるんじゃないか?」
「……何故、わかりました?」
「貴族の宴会料理は、残すことが基本だ。
皿が空になってしまったら、その客が満腹したから皿を置いたのかそれとも量が足りなかったのかがわからないからな。
だが、庶民の料理は、皿を空にすることが基本なんだ。
皿に料理が残るということは、量に不満があるか、味に不満があるか、どちらかということになる。そして残った料理は、『ゴミ』になる。
商人と冒険者、女性と男性と比較しても、食べる量は違う。
だから、庶民相手のメニューを考えるときは、大皿に盛るより、複数の小皿に少量ずつの方が良い。足りなければ客が追加注文するだろうからね。
冒険者のように、大味でも量を望む客と、商人のように、少しの量でも繊細な味を好む客を同じ食堂に招こうとすること自体が間違いなんだよ」
店を二つに分ける。とはいえ別に、客を選ぶ訳ではない。ただサービスとメニュー、そして価格帯を変えるだけ。
同じ太客でも、高級料理と高級酒を好む客と、たくさんの仲間を連れてきて、大量に注文して呑んで騒ぐ客とを同じ扱いにする必要もない。
そして太客の為の特別料理を他の客が見て、その客が自分もまた特別扱いしてほしいと思えばその客はきっと将来の太客になってくれるだろうし、或いはそういった要望が増えれば、その特別料理を通常料理に変更しても良い。幾らでもやりようはあるのだ。
ただ客層を絞りメニューを選別する為に必要なのは、分析能力。
仕入れ実績と廃棄量から、それを見出せば良い。
後は、店主の努力次第だろう。
(2,980文字:2016/07/13初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/22 03:00掲載予定)
・ 異世界チート定番の、食堂再建をアディがやると、こうなります。……前世のアディが何をしていたのか、問われるところですが。
実際、ウェイトレスに可愛い服を着せるだの、サービスをどうするかなどが「なろう」の定番ですが、それで改善するのは一時だけです。長期的視野で考えるのなら、根本から改善する必要があり、それは最早冒険者などの門外漢の出る幕ではなくなるのです。とはいえこの世界・この時代、「経営コンサルタント」などの専門職は存在していないでしょうけれど。
今回の経営改善アドバイス。前回も言いましたが、現代日本でも通用する内容です。脱サラして飲食店を始めたという方は、一度ゴミ(食べ残し・賞味期限切れを含む)を見直してみてください。野菜クズや骨などは出汁取りに使えるかもしれません。食べ残しが多いメニューは、出す量を減らすことを考えた方が良いかもしれませんし、味付けを見直した方が良いかもしれません。賞味期限切れでゴミになってしまう食材は、廃棄前(賞味期限が切れる直前)に総菜等に加工すれば、「お通し」として無料(或いは定額の席料)で供することが考えられるでしょう。それ以前に注文数の少ないメニューは、その必要性をもう一度考えてみた方が良いでしょう。ゴミを減らすことを考えるだけで、飲食店の経営は劇的に改善するのです。
ちなみに、脱サラして飲食店を始めて失敗する一番多いパターンは、「創作料理」だの「多国籍料理」だの、他の飲食店とは違う独自路線を行こうとした時です。顧客の期待を外して客足が途絶える。廃棄食材が山を成し、売上げは増えても常連は増えず、逆に損失が増える(粗利を試算したときには利益が出ていた筈なのに)。そういったことの原因は、「客層の選択ミス」と「過剰廃棄」にあるのです。
将来飲食店を経営したいと考えている少年少女諸君は、自分の料理を提供したいと思う客の顔を、なるべく鮮明に思い描いてみてください。それだけできっと、これから自分が身に付けなければならない知識・技能が何であるか、見えて来る筈です。……これは、飲食店に限りませんけどね。
 




