番外篇4 ハティスの戦い その6 ハティス攻城戦 《空城》
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開戦十六日目。
破城槌とそれを護衛する兵士二千が、市壁に向かって突撃した。
市門上からの矢の雨はあったものの、それらは楯で凌ぎ切り、昼過ぎには破城槌は市壁を破砕し、突入口を穿つことに成功した。
本来、この程度の地方都市を攻略するのなら、文字通り大した労力は要しない。
しかし、今回の場合。
最初は、全く戦火を交えることなく通過することが出来ると考えていた為、はじめから攻城兵器などは用意していなかった。
次いで、その後のベルナンド市攻略を目論み戦力を出し惜しみした。
その結果が、この類を見ない大苦戦だったということだ。
言い換えれば。
先日の、カラン村で小鬼と対した時と同じである。
「嵩がゴブリン」。そう侮り、戦力を小出しにした結果、無為な時間を費やすことになった。初めから全力で突撃していれば、あっさり殲滅出来たものを。
その一方で、我が軍はこんな地方都市で本格的な攻城戦を行う予定はなかった。
北方では、リングダッドやカナリアなども、フェルマールに侵攻をしている筈だ。だからこそ、最も距離が近いスイザリア軍が、最初に王都フェルマリアに達しなければならなかったのである。フェルマール滅亡後の旧フェルマールを支配する為に。
つまり。
このハティスで戦闘をしたこと自体が間違い。戦わず、迂回して進軍することで、本来の目的は果たせた筈なのだから。
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先遣隊が、市壁に穿った大穴を越えて、市内に突入した。
そして、それほどの時を置かず、彼らは報告の為に本陣に帰参した。
「ハティス市内は、既にもぬけの殻です。
人っ子一人、おりません」
……どういうことだ?
「そういうこと、ですか」
「ホルブ参謀、どういうことだというのだ?」
「従前想定したとおり、このハティスは空城だった、ということです」
「空城、だと?」
「そうです。昨日までの苛烈な防衛戦こそ、この都市が空城でない、と我々に誤認させる為の、偽装。
我が軍の一割以上を無力化してのけた連中が、実は捨て駒に過ぎないなど、常識で考えればあり得ません。だからこそ、我々はこの都市を攻略する意味がある、と誤認してしまったのです」
「では、我が軍の、三千に達する犠牲者は、全て無駄だった、ということか?」
「否。これだけ堅固な要塞であれば、ここを占領して集積拠点とすることで、マキアを経由してくる西部方面隊に対しても貸しを作ることが出来ましょう。
既に、我が軍単独ではベルナンド市を攻略することは不可能です。
なら、この都市を占領し、西部方面隊の進出を待って、合流してベルナンド市を攻めることに致しましょう」
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ホルブ参謀の策に従い、全軍と輜重隊を市内に入れた。
が、如何な参謀の進言とはいえ、無条件でそれを受け入れることは出来ない。
部隊を散開させ、市内を隅々まで調査させた。特に、市壁内部及び上部を。
その結果、幾人かの伏兵の存在を捕捉し、小規模な戦闘の末これらを撃破したことが報告された。
一方、市壁の内部構造への侵入は出来なかった。市壁の上部へは梯子を架けて登り、ハティス兵がいないことを確認した。また、上部または下部からの内部構造への入り口付近は既に破壊が確認されており、侵入の為には瓦礫を撤去する必要があるとのこと。
また、市中の家屋の多くが既に破壊されており、これが平衡錘投石機で撃ち出される弾丸の材料にされていたことを想像出来た。
尚、その平衡錘投石機だが。
市中に於いて、既に破砕されていることが確認された。
朝、破城槌が市壁に対する攻撃を開始してから破砕を目論んだのだとしたら、突入時には破砕作業を行っていた市民を捕縛出来た筈である。しかし、既に修復が不可能なほどに破砕されていた。つまり、昨夜から破砕作業を進めていた、ということになる。
言い換えれば、破城槌による攻撃を行わなかったとしても、今日で落城することをハティスの守備兵は覚悟していた、ということになるのだろう。なら、夜陰に乗じて連中は逃亡した、ということか。
しかしそれならば、我が軍にとって、この都市は最早脅威ではない。市壁内部への侵入が出来ないことが懸念材料として残るが、おそらくは都市を脱出する為の足止めだろう。なら万一内部にハティス兵が残っていたとしてもそのまま閉じ込めておけば何も出来ないし、瓦礫は時間を掛けて撤去すれば良い。
そう考え、臨時大本営の構築を行うのだった。
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そして、ここは市壁内部の隠し部屋。
「スイザリア軍は市内に入りました」
「そう、か。
……アーヴィン殿。長い間、ご苦労だった」
「こちらこそ、特に最後の数年は楽しい時間を過ごすことが出来ました」
「それは、『彼』に言うのだな」
「妻に、伝言を託しております」
「では儂は、夜が明けたら火を放とう。
この街と、『彼』が齎した技術の全てを精霊神の御許に還し、そして彼らの幸福を祈ることにしよう」
「ギル殿も、良き旅路を」
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夜。
市内に潜伏していたハティス軍が陣内に襲撃してきた。その数500余り。
完全に不意を突かれた為多少の混乱はあったものの、全員討ち取ることが出来た。
誰一人降伏することない、その不死魔物じみた狂気に先日の炎を連想させた。
翌、開戦十七日目(ハティス到着から十八日目)の朝。
「誰だ!」
巡回の兵士が、こちらに向かって歩いてくる一人の壮年の男に誰何した。
「あれは、ハティス男爵です」
ホルブ参謀が、その正体を告げた。
「ハティス男爵、今更一体何の用だ?
降伏を受け入れられる状況だとは思っておるまい」
「降伏など、はじめから考えておらんよ」
そう言って、ハティス男爵はその手に持っていた懐剣で、自らの首を掻き切った。
「な!」
「……どういうことだ? 何故わざわざ我らの前に出て自害した?」
「閣下、お気をつけて。何らかの呪術かもしれません」
そう警戒し、結果無為な時間を過ごしてしまった。
避難する為に必要な時間を。
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始まりは、市壁の崩壊だった。
スイザリア軍が突入した市壁の穴。それが崩れ、彼らは市内に閉じ込められた。
市門は完全に封印されており、しかしそれを確認する暇も、彼等にはなかった。
ついで、炎上。
人通りの少ない道には、砂に紛れて“黒い土”が敷き詰められていた。また、崩れた家屋の床面もまた“黒い土”が敷かれていた。
数少ない、屋根が残っている建物(孤児院だとは知らなかった)に兵糧を運び込んだのも失敗だった。一瞬で火が回り、運び込まれた糧秣は残らず灰になった。
崩れた市壁をよじ登り、多くは何とか脱出することに成功したが、火傷を負っていない兵士は一人としていないという有様。持ち出しが出来た武具の数も、限られていた。
後の史書に、「ハティスの戦い」と記録されたこの戦闘。
スイザリア軍の侵攻を完全に押し止め、その犠牲者数は五千を超え、彼らに戦略的敗北を強いたのであった。
(3,000文字:2017/01/06初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/20 03:00掲載予定)
・ 注:「アーヴィン」は冒険者ギルドの、「ギル」は鍛冶師ギルドの、それぞれのギルマスです。
《 次回は、お待たせしました「番外篇3 町の食堂再建計画?(後篇)」です。 》




