番外篇3 町の食堂再建計画?(前篇)
〔1/2〕(時系列的には、第37話の頃です)
カナン暦703年冬の一の月。丁度アディ達が鉄札に昇格した、少し後の頃の夕餉の時間。話の切れ目にサリアが口を開いた。
「ナナ。あたしとスノーの二人、これから暫く夕食はいらないから」
「どうなさいました?」
厨房を執り仕切るナナは、ちょっと不審げな表情でサリアを見た。
「スノーと二人でね、依頼を請けたの。
大通りに【山海の食卓】っていう食堂があるでしょう?
結構客の入りが良いと思っていたんだけどね、内実はかなり経営が厳しいらしいの。
で、あたしたちがその再建を手伝おう、って話になってね」
「【山海の食卓】ですか。あそこは結構評判良いわよね。メニューも豊富で、値段も安いし味も良いし。うちのお客さんもあそこの常連さんが多いわよ。
だけど、そんなに厳しいの?」
シンディも興味深そうに話に乗ってきた。
「実際、どの程度かはよくわからないわ。
もしかしたらそれほど困っていないのかも。でも今より良くなればそれで良い、っていうつもりで依頼してくれたのかもしれないわね」
「っていうか、抑々サリアはどうするつもりなんだ?」
「取り敢えず現場を視察してから、かな? 私に出来ることもありそうだし」
「……前世の、異世界チートの定番だもんな、食堂の経営再建は」
「あはは、ばれた?」
「まぁ良いや。けど、俺も行く」
「アディも? 何かアイディアでもあるの?」
「それこそ現地を視察してから、だよ。
極端な話、今【山海の食卓】が使っている業者が不当な高値を付けているのなら、業者を変えれば良い。ただのコスト的な問題なら、卸業者を変えるだけで利幅は増えるからな。業者に伝手が無いというのなら【ラザーランド商会】が仲介することも出来るだろう。
別に、異世界チートに頼らなくても、経営再建っていうのは出来ないことじゃないんだよ?」
「いや、それを言っちゃぁお仕舞よ、ってなもんでしょう。
抑々専門職がいる訳じゃないんだから、出来ることがあるのならやってみても損はないでしょう?」
「で、その結果失敗したら?」
「残念だけど仕方がない、ってところでしょう。
向こうだってあたしたちが専門家じゃないってことを知っていながら依頼したんだから、好転したらラッキー、ぐらいのつもりかもしれないし。
あたしたちは依頼を請けた以上、全力を尽くすのみ。結果は後からついてくる、でしょ?」
「……色々言いたいことはあるけれど、それもこれも、現場を見てからだな」
◇◆◇ ◆◇◆
翌日。気の早い日没を迎え、街がランタンの灯りに照らされる時間帯。
俺達は皆で揃って【山海の食卓】にやってきた。
店は結構広く、7割程度の席が埋まっていた。
客層は、冒険者もいれば船乗りもいる。そうかと思えば職人や商人、家族連れなど、バラエティ豊かな顔ぶれとなっている。
給仕は良く教育されているようだ。服装も小奇麗で、所作も(うちの侍女組には遥かに及ばないが)洗練されている。
この店にはお品書きもあるが、字が読めない客にはウェイトレスが口頭でお勧め料理を説明したりしている。
卓や椅子、床や壁など、それほど不潔な様子もない(冒険者や船乗りがよく来る店である以上、どうしても汚れてしまう部分というのはあるが)。
メニューを開く。
【山海の食卓】という名称に誇張はなく、海の幸・山の幸とそのメニューは豊富だ。
酒も、醸造酒・蒸留酒、各種取り揃えているようだ。安物の麦酒からブッシュミルズの蒸留酒まで、選り取り見取りといったところか。
酒類は、安酒は採算度外視で安く、高級酒は利幅をかなり厚く、というのがこの店の方針のようだ。つまり、安酒を呑む客には酒より肴(食事)に金を使ってほしい、高級酒を飲む客は味わって飲んでほしい、という訳だ。
俺は海魚の煮物を中心として何品かと葡萄酒の蒸留酒を注文した。
見た目爽やかで、味も悪くない。香辛料もケチらず使っているのがよくわかる。
外食は濃い味付けが多いものだが、ここはどちらかといえば薄味。言い換えれば、毎日来ても飽きない味付け、ということだ。
また材料そのものの品質も悪くない。この品質の食材を卸せる業者が、不当な値付けで店の経営を圧迫しているとは考えられない。卸業者が不当なことを考えるのなら、まず品質を誤魔化すだろうから。
そして値段もそれほど高くない。正直、一般庶民が「毎日」来たら、流石に財布に負担がかかりすぎるだろうが、船乗りや冒険者にとってはそれほどでもないだろう。
その一方で、この値付けでこの客席の回転率なら、充分利益が出ることも試算出来る。
総じて、「経営が苦しい」というのが信じられない、良質の店ということになる。
が、同時に、この店の問題点も大体わかった。
これは間違いなく、サリアが担当する依頼ではなく、俺が担当すべき依頼だろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「これだけ客が来て、でも経営が苦しいってちょっと信じられないわね」
「本当に。店主の愚痴を偶然耳にしなかったら、今でも信じられないわよ」
スノーの感想に、サリアが応える。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「あたしとしては、定番の改革案しか思いつかないけど、アディは何か考えがあるんでしょう?」
ルビーのツッコミには、サリアは俺に対してスルーパスすることで逃げた。
「まぁな。大体プランは纏まった。
そこで、サリア。ここの店主を紹介してくれないか? 厨房を見せてもらいたい」
◇◆◇ ◆◇◆
「はじめまして。私がこの【山海の食卓】の店主をしております、ヨルゲンと申します」
「はじめまして。冒険者旅団【緋色の刃】のリーダーをしております、アドルフと申します。此度はうちのサリアがご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんてとんでもない。色々と行き詰っていたところでしたから、正直サリアさんの申し出は有り難かったんです」
「そうおっしゃってもらえると、こちらとしても助かります。
ところで、厨房と裏口を見せてもらえないでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ。こちらです」
そして案内された厨房は、かなり大きく、大人数の宴料理も賄える設備だった。
貯蔵庫も大きく、かなりの量の食材を保存出来る。
そして調理の過程で出される生ごみを処理する為の大きな袋が、裏口に置いてあった。
「それで、どうすれば宜しいでしょうか?」
(2,717文字:2016/07/13初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/08 03:00掲載予定)
・ アディは何に気付き、どうしようとしているのか。読者の皆さんも考えてみてください。提示してある情報だけで答えが出せるようにしてあります。ちなみに、現代日本の飲食店でも同じ問題を同じ方法で解決出来ます。
【注:今話に於けるアディの「気付き」に関する感想書き込みの返信は、後篇掲載時(2017年03月22日03時掲載予定)まで致しませんのでご注意願います。その他の内容に関しては通常通り返信させていただきます。
また、後篇掲載場所は03月31日に第225部分に移動させるつもりです。
では、明後日03月10日から始まる、『番外篇4 ハティスの戦い』をお楽しみに!】




