第42話 年越し
第07節 冬籠り〔6/6〕
年の瀬も押し迫ったある日。邸館は不意の来客を迎えた。
それは鍛冶師ギルドのギルドマスター他ギルド幹部が数人と、先日の査察官テッドと同じく先日査察に来ていた鍛冶師のグリムであった。
「何の御用でしょう?」
「アドルフさん、そしてシンディさん。お二人に謝罪しに参りました」
「謝罪?」
「お預かりした剣を確認させていただきましたところ、当ギルドの技術を遥かに超えた水準での加工が為されていたことがわかりました。
この剣に比すれば我がギルドで鍛えた剣こそが粗悪品。誠に汗顔の至りであります」
「否、怒ってないよ。昔ハティスの鍛冶師ギルドもアディに同じことをしたから」
「え?」
「鍛冶師ギルドが知らない製鉄法。鍛冶師ギルドが知らない錬鉄法。鍛冶師ギルドが知らない作刀技術。鍛冶師ギルドが知らない炭焼き技術。
そんなものを一介の冒険者が持っていたら、やっぱり気になるでしょう?
でもね、その時にアディは言ったの。私たちが技術を独占しているから、技術の進歩がないんだって。
そして、こうも言ったわ。
『世界のどこかでは製鉄技術を秘匿せず、より高度な鉄を生み出しているかもしれない。
そんな国と、鍛冶師ギルドに製鉄技術を握られた国が戦争になれば、結果は瞭然だ』って。
だから私たちハティスの鍛冶師ギルドは、積極的に新しい技術を取り込むことを選択したの。
今。ハティスの街は焼け陥ちたわ。
なら、ハティスの鍛冶師ギルドの技術は、時を置かず複数の国家・領地に広まると思った方が良いわ。
その上で、ボルドの鍛冶師ギルドがこれまで通りのやり方を貫くか、それとも他の国家・領地と同じく新しい知識を吸収して変わっていくか。
選ぶのは貴方たちだわ」
「シンディさん。無礼を承知でお願いします。
貴女の技術を当ギルドに教えていただけないでしょうか?」
「ごめんね、今は無理」
「……何故?」
「何て言うかな、今の私が鍛える剣の素材となる鉄を考えると、失礼だけどボルドのギルドで扱う鉄は、まだ製鉄前の素材鉄レベルでしかないの。
そして私が扱う鉄は、今のところうちでしか精錬出来ない」
「で、ですが――」
「だけど私の助手をしてくれる人が、私の技術を盗んでいくことに関しては、私は何も言わないよ」
「じゃあ!」
「その代わり、というのも変な話だけど。
まず前提として、七号窯の設計図をギルドに託します。そしてあたしたちはギルドから、市価の2割引で木炭を購入する、というのは如何でしょう?」
「ななごうがま、とは?」
「正式名称は、『炭焼き窯ハティス七号型』です。ハティスで技術革新を重ねた第七世代炭焼き窯。生産効率も品質も、おそらくギルドの炭とは比較にもならないと思いますよ」
「そ、その設計図を譲ってくださると? いったい幾らで――」
「対価はいりません」
「え?」
「その代わり幾つかのルールを守ってもらいますが」
そのルールは、炭焼き窯普及に関するルールと、木材の伐採に関するルールだ。
炭焼き窯普及のルールは、ノウハウやデータの共有。設計図も、運用レポートも、鍛冶師と炭焼き職人たちは全員無条件で閲覧出来るというものだ。
そして木材伐採のルールは、ハティスで炭焼き窯の普及が始まってからたった一年で問題になったことであり、その後何度かの協議と改正を経て確立したものであった。
即ち、間伐と枝打ち、そして植樹といった林業のルール。
これまでは、幾ら切っても尽きないほどに樹があった。しかし炭焼きを高効率化していくと、伐採ペース(木材需要)が育成ペースを上回る。だから、禿山になってから慌てることの無いように、初めから計画的に伐採を進めるということだ。
このことを現時点でボルド市のギルドに説明しても理解されないだろう。だからこそ、「ルール」として押し付ける。どうせ一年もすれば現実の問題として理解出来るようになるだろうから。
ところで、先日落成した高炉での製鉄能力だと、従来の蹈鞴式製鉄炉で一年かけて生産する量を数日で生産出来る。当然炭の消費量も相応に多く、この数ヶ月で作った木炭は、高炉をフル稼働させたら半月も持たないのだ。
一方で高炉そのものは、まだ他者が真似出来るレベルではない(正確には、高炉そのものは模倣出来ても、熱風炉を作ることは出来ない)。だから最終的には、うちの高炉でボルド市の製鉄を一手に引き受けることになるだろう。つまり、どう考えても炭が足りない。
そこで炭の供給をギルドに協力させようというのが、この取引の目的なのである。
ギルドから炭を購入し、それで製鉄した鉄をギルドに卸す。同時に手押しポンプの設計図もギルドに売却し、この普及を進めることとした。
◆◇◆ ◇◆◇
「パーティーをしましょう!」
鍛冶師ギルドの一行が訪れた翌日。
珍しくシェイラが率先して発言をした。
「パーティー?」
スノーの疑問に、
「ハティスの孤児院では、元日にBBQパーティーをするのが恒例だったんだよ」
「って言っても始めたのはアディだけどね」
「最初のきっかけはシェイラの歓迎だったんだよ」
と、シンディとアディが答えた。
「今年の新年は西大陸だったし、去年は留学準備で飛び回っていたからゆっくり出来なかったし、一昨年は『毒戦争』の準備で大したことが出来なかったけど、今度の新年は盛大に迎えるのは良い考えだな」
そうと決まれば話は早い。色々な準備を始めよう。
セラの孤児院でのBBQパーティーは元日の夜だったが、ボルドでは大晦日の夜に友人たちと年迎えの宴を開くのが風習になっているという。
だから日程を大晦日で調整し、大慌てで招待状を作成した。
招くのは、【ラザーランド商会】の従業員とその家族、【ラザーランド商会】の主たる取引先の商人たち、そして商人ギルドと鍛冶師ギルドの幹部。奴隷たちは給仕をするつもりでいたようだが、セラの孤児院時代からの恒例のパーティーは主催と給仕と賓客が一緒になって騒ぐもの。奴隷たちも一緒に宴席に招いた。
雪降る庭園でも楽しめるように除雪し、庇を設け、照明を揃え、テーブルを出す。
それでも寒いからサロンの暖炉には薪を焼べ、肉と魚と山菜をこれでもかという程に用意する。
西大陸で迎えた新年、騎士王国と戦争になった春、フェルマールの滅亡を知った夏、ボルドで地歩を築いた秋、そして異世界技術で装備を整えた冬。
多くのことがあったカナン暦703年が暮れて行く。
704年は幸多からんことを祈って。
(2,579文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:第五章完:2016/02/05初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/06 03:00掲載 2017/09/14誤記修正 2021/02/06誤字修正)
・ 森林保護事業について:日本人にとって山林は生活(共存)の場であったことから、奈良時代から既に計画伐採・植樹を行っていたという記録があります。しかし西洋に於いては、山林は征服する対象です(だからこそ「ドラゴンは森に棲む」のです)。その為開拓事業と林業は同一であり、「森を守る」という概念はありませんでした。産業革命が始まり、製鉄需要と人口爆発を支える為に森の木を全て伐り倒し、禿山を作るようになって、初めて「自然保護」が考えられるようになったのです。
そんな時代。「林業のルール」などは、強制しない限り浸透しないでしょうし、次世代にまでその重要性を伝えられるかは、疑問が残ります。




