第41話 楯とランドセル
第07節 冬籠り〔5/6〕
「ルビー、他の皆も。ちょっと庭まで出てきてくれないか?」
冬の二の月の一日。雪が積もりつつある邸館の庭に、皆を呼び出した。
「どうしたのよ、寒いじゃない」
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
俺が指さす先にあるのは、鈍色の武骨な大楯。
「ルビー。思いつく限りの方法で、あの楯を攻撃してくれ。但し、クラウソラスは不許可」
「わかった」
ルビーは求めに応じ、体重を乗せて斬り付け、身体ごと突き、様々な方法でこれを攻撃した。
これら全ての攻撃を、しかしその楯は耐え切った。結局楯に傷を付けることが限界だったのである。
「あの楯は、一体何だ?」
「ジュラルミンという、異世界の合金だよ」
ジュラルミンは、アルミニウムと銅とマグネシウムの合金である。22口径拳銃弾にさえ耐えうる強度を誇るジュラルミンの楯は、この時代の個人の武器で破壊出来るものではない。
「総鉄製の半分くらいの重さで同程度の強度がある。ルビー用に調整しようと思ってる」
「私に? だが、あまり大きいのは――」
「可搬性は、ちょっと考えていることがあるからね。
で、楯と手甲の接続部分はスライムジェムで作った緩衝材を置く。これでかなり衝撃を吸収出来る。
他にも日常の持ち歩き用に、小型の円楯も用意しようと思っている」
「何故、私だけに?」
「実は、サリア用にも考えている」
「え? あたし?」
「あぁ。色々考えて、サリア用には杖よりも楯の方が良いかもしれないと思い直してね。
偽善と誹られても殺さない生き方を貫くのなら、防御力は幾らあっても足りないだろう?」
「アディ……」
「覚悟が決まらないのなら、せめて決まるまで死なずに済む方法を模索する必要がある。
『死なない方法』で一番安易な回答は、脅威の排除、つまり敵を殺すことだ。けど、殺さなくても身を守れるのなら、身を守りながら次の選択肢を探せば良い。
この楯は、その為の時間稼ぎ用だ」
サリア用の楯は、裏面に神聖銀で鍍金して魔法伝導率を高め、『楯の形をした杖』としても使えるようにするつもりだ。
「サリアは最後衛で魔法を使うのなら、ルビーは最前衛で敵の初撃を受け止める役目を果たすことになるだろう。だから広く大きく攻撃を防ぐ大楯と、防ぎながらそれ自体で攻撃出来る円楯の二種類を使い分けてもらう」
「わかった。騎士としての私は姫様の盾だ。
だがこれからは、お前たち家族皆を守る盾になろう」
◇◆◇ ◆◇◆
ジュラルミンの楯と並行して作っている物がある。それはジュラルミン製の鞄である。
冒険者は両手が自由に使えないと話が始まらないから、その鞄は背負う形にするのが望ましい。
背中に背負う、箱形の鞄。……まんま、ランドセルじゃねぇか。
抑々ランドセルは軍用の背嚢に由来する。またその大きさと頑丈さは後ろ向きに転んだ時に頭部を保護する役目も担っている。
つまり、冒険者用で考えれば背面防御に最適、と言えるのだ。
それをジュラルミン製で作り、背中には緩衝材としてお馴染みのスライムジェムを使う。
念の為緊急脱着機構継手(ワンアクションで降ろせるようにしておかないと、戦闘時には邪魔になる)と有事に楯代わりにする為の持ち手を付け、そして神聖金剛石製の認証板。つまり、このランドセルも〔アイテムボックス〕にしたのである。
ラザーランド船長に贈った〔アイテムボックス〕には、大型の魔石が組み込まれている。これはユーザー認証を魔石側で行っていたからである。
認証キーを外部に用意することで、〔アイテムボックス〕側の魔石は小型の物で済むことが判明した。
これには、『リリスの不思議な迷宮』(サリア命名)と同じく、俺たち家族に共通する指輪を認証キーとすることにした。
◇◆◇ ◆◇◆
そして月が改まり、冬の三の月(今年は閏月があったから、地方の暦では「歳の末の月」)。完成した楯とランドセルを、皆に渡した。
「それで、この楯の銘は?」
「……やっぱり銘付けが必要ですか、スノー姫」
「お約束、って言うんでしょ?」
「サリア、名付けるか? といっても楯のネーミングの候補もそんなに多くないけどね」
「そうねぇ、『イージス』と『アキレウスの盾』、あとはゴルゴン退治の『鏡の盾』かな?」
「『鏡の盾』はイメージが違うから却下」
「『全て遠き理想郷』とかは?」
「神話縛りって約束だろう?」
「アヴァロンは抑々理想郷という意味だし、アヴァロンの名を冠したアイテムなんか――アーサー王伝説のオマージュで――幾らでもあるわ。アディだって魔法に〔死翔の槍〕って名付けてたじゃない」
「魔法の名称と物品の名称は意味が違う。物品は子供向けの玩具として販売される可能性があるからな」
「誰が販売するのよ! ……ってか、まぁ良いや。
あたしの楯に『アキレウス』の銘を貰うわ。
で、ルビーの円楯は――中央に神聖鉄の突起を付けて反撃力もあるから――『イージス』、ね。
大楯は量産型だから、無銘で」
「で、これが新しい〔アイテムボックス〕です」
「……まんまランドセルじゃん」
「サリアのはピンクに塗っておこうか?」
「止めれ」
「ランドセル?」
「あぁ、前世で子供たちが使っていたこういう形の鞄がそう呼ばれていたんだ」
「何故子供用?」
「成長期の子供はよく転ぶだろう?
前に転ぶ時は手を着けば良いけど、後ろに転ぶ時はそのままだと頭を打ってしまう。だから、しっかりした構造の鞄を背負うことで、頭を守っているんだ」
「……知らなかった」
「サリア、この程度は一般常識だよ。
ともあれ、その意味では冒険者も同じでしょう。素材は楯と同じジュラルミンですから、そのまま楯を背負っているようなものです。戦闘時などの急場はここのグリップを引っ張ると――」
腰のあたりのグリップを強く引くと、肩ベルトの付け根からランドセルが外れて落ちた。
「このように、ワンアクションで下すことが出来ます。しかも鞄にも持ち手がありますから、急場の盾としても又鈍器としても使えます。
そして、俺たちの指輪を付けていれば、これ自体が〔アイテムボックス〕として機能します」
「容量無限の? 確かに使えるわね」
「一応、鞄に入る大きさのモノしか収納出来ませんけどね」
そして、ランドセルタイプではなくキャスターとハンドル付きのキャリーバッグタイプのジュラルミン製〔アイテムボックス〕を、アナたちにも渡した。
このキャスターとハンドル付きの金属鞄はボルドで一大ブームとなるのだが、それはまた後の話。
(2,881文字:2016/02/05初稿 2017/01/31投稿予約 2017/03/04 03:00掲載予定)
【注:ジュラルミン製の楯と総鉄製の楯の重さの違いは、有限会社アルミテック様のHP内コンテンツ「アルミ資料」(http://www.alumitech.co.jp/html/download4.html)に拠ります。
ジュラルミン製の楯の防弾性能は諸説あります(同じ口径の拳銃弾でも、貫通するものとしないものとがあるようです)が、現代戦では通用しないことには間違いありません。
ランドセルの歴史は、Wikipedia「ランドセル」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/ランドセル)並びにランドセルNAVI様のHP内コンテンツ「学習院型ランドセルとは?」(http://ランドセル人気.jp.net/ranndoseru/gakusyuuinn.html)を参照しております。
また『リリスの不思議な迷宮』という名称は、スパイク・チュンソフトが開発したゲームタイトルのオマージュであり、『不思議なダンジョン』は同社の登録商標です。
「アヴァロン」はケルト神話の理想郷であり、アーサー王伝説に於いてアーサー王が最期を迎えた地とされていますが、それに「全て遠き理想郷」との漢字名を与えるのは〔TYPE-MOON製作18禁PCゲーム『Fate/stay_night』〕が原典です。ちなみにゲーム内の『全て遠き理想郷』は、楯ではなく剣の鞘でしたが】




