第39話 ダンジョン、出現
第07節 冬籠り〔3/6〕
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「さて。グリム氏の剣をシンディの剣に打ち付けたところ、グリム氏の剣の方が折れ砕けた。どちらの剣に使われた鉄の方が粗悪品か、これで証明出来た訳だな」
「巫山戯んな。これは何かのトリックに違いない」
「なら調べてみれば良いだろう? この剣をアンタらに預けるよ。この剣に使われている鉄が、技術が、どの程度のモノか、納得がいくまで調べてみると良い。
あぁ、ついでだ。これも持っていけ」
アディが〔無限収納〕から取り出したのは、神聖鉄。
「ボルドのギルドの技術が自慢する程なら、これを加工することが出来る筈だ。
出来ないのなら、それが出来るシンディより技術が劣ることの証明になるな」
テッド氏も、グリム氏も、それがヒヒイロカネであることは一目でわかった。
だが、ヒヒイロカネは神聖金属の中でも希少価値が高く、且つ加工が難しい。
そんなモノをポンと放るアディのことも、それを加工出来るというシンディのことも、彼らにとって理解不能な存在なのであった。
「アンタらがこの店に難癖を付けてきた理由は、この店の鍛冶師であるシンディの技術が未熟で、この店で扱う鉄が粗悪品だからだろう?
それを証明してみせろ。出来ないんなら二度とこの店のことに口を挟むな。
とはいえシンディに弟子入りしたいというのなら、俺は止めないがな」
「私は……、今のままなら助手はいらないかな? だけど、生産量を増やすなら……、あ、でもそろそろ鉄の在庫が心許ないし……」
「ま、それは今後の話だな。
で、テッドさん、グリムさん。まだこの店に用事でも?」
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邸館に戻り、鍛冶師ギルドとの確執の一部始終を話したところ、皆、さもありなん、という顔をしていた。
「でも、ヒヒイロカネを加工出来る鍛冶師というのは本当に凄いんですよ。
王国にも何人もいませんでしたから」
スノーが手放しで褒めても、
「あたしだってリリスに助言を貰いながらじゃなければ、何処から手を付けたら良いのかもわからなかったわよ」
「でも今では一人でも打てるようになっているんですからね。
もしかしたらフェルマールで一番の鍛冶師、を名乗れるレベルなのかもしれませんよ?」
「……まだまだよ。もっともっと色々な鉄を打てるようになりたいし、アディの注文はどんどん高度で且つ細かくなってくるし、自分の未熟さを思い知る毎日よ」
シンディは、何処までも謙虚だった。
そして口を開いたのは、どこぞの邪神だった。
「しかし、鉄の在庫がそろそろ切れる、のぉ」
「うん、鉄鉱石はアディの〔無限収納〕に残っているけど、それも限りがあるし、ハティスで使っていた最新式の製鉄炉はこの邸館に置けないし」
「……御屋形様よ、アイディアはないのかや?」
「魔法を併用して稼働する高炉を造るアイディアはある。
作ろうと思えば一日に1t以上製鉄出来る高炉を建設することも可能だけど、その場合は鉄鉱石より木炭の方が足りないかな?」
「いっと……。そんなに使わないわよ!」
「うん、フル回転で百kg程度の製鉄量の高炉と転炉くらいなら、充分だと思う」
「でも原材料の――」
「そんなモノは取ってくれば良い。御屋形様よ、付き合ってたも」
「了解」
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リリスはとことんシンディに甘い。
けど最近、シンディにだけ甘い訳ではないことがわかってきた。
犬獣人の兄妹にも色々世話を焼いている。
どうやら「戦闘職ではなく、生産職である」ことが甘やかす為の条件になっているようだ。
そんなリリスがついて来いと言うので、人目に付かないところから転移をして『ベスタ大迷宮』の鉄鉱石採掘所(アディ命名)に行くのか、と思ったら。
地下に下り、保管庫の脇を見たら、見知らぬ扉があった。
「面倒じゃからな。繋いでおいたわ」
扉を開くと、そこは異界だった。
『鬼の迷宮』と、『ベスタ大迷宮』、それからハティスの鉄鉱石採掘所(閉鎖済み)と炭鉱(封印済み)、また西大陸ビリィ塩湖地下鍾乳洞。
これらを、リリスの力で繋いでしまったのである。
「リリス。無闇に空間を繋ぐなって言わなかったか?」
「時間の歪みは補正しておいたわ。行って帰ってくるだけで半年が過ぎる、ということはないじゃろう」
「……有り難いけど、大丈夫か? 向こう側から入ってこられる危険は?」
「現状では迷宮側からは入ってくることは可能じゃな。何らかの認証キーで制限をかける必要があると思うがの」
「それなら今全員共通の指輪を神聖銀で作っているから、それを認証キーにすれば良いか」
「ミスリルの指輪なら問題なかろう。それから炭鉱などはハティスの連中が封鎖しておいたようだから、内側から補強しておいたのじゃ。
あとは、許可なくこの邸館に足を踏み入れたモノは、ランダムに『ベスタ大迷宮』に転移するようにしてあるのじゃ」
……既にこの邸館は、テレポートトラップ付きのダンジョンの第一層だったようだ。
というか、無造作にダンジョンを現出させるなよな。
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さて。何にせよこれで材料の不足は解消出来る。なら遠慮なく、高炉と転炉を作ることにしよう。
「けどそれって、立派な場違いな工芸品よね?」
「まぁね。だから世間様にはお見せ出来ません。俺たちが死んだら同時に廃れる技術。それで丁度良いと思ってる」
「それでも、核心技術はこの時代のモノでしょう? 『技術的に不可能』な部分を魔法で補うのなら」
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高炉は、円筒形の構造物である。
コークス(木炭)の層、鉄鉱石と石灰石(不純物を反応させ鉄から剥離させる為に一緒に投入する)の層を互い違いにし、下から高温(2,000度C以上)の熱風を吹き込むことで、鉄鉱石が高温還元反応をし、融解した銑鉄となって回収出来る。
古代の蹈鞴製鉄炉などの場合、還元反応が低温で行われる為固体のまま鉄になるので、最終的に炉を破壊しなければ鉄を取り出せないが、高炉の場合上から鉄鉱石と木炭を交互に投入すれば下から鉄が取り出せるから、生産効率は比較にもならないのだ。その基本構造は、初めて世に出た時から殆ど変わっていないほど、完成された技術なのである。
高炉による製鉄量は、炉の高さと内側の直径に拠る。高く広く作ればそれだけ大量の鉄を精製出来る(が、それだけ多くの木炭も必要になる)。昔の高炉は、高さ6mほどで、一日に1t精製出来たと謂われている。
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この世界の技術で不可能と断じた部分は、高炉に熱風を吹き込むシステムだ。
「空気」が「何もないモノ」で、熱が火の派生としか認識されていないこの世界で、熱風を作り出そうとしたら薪を燃やし、その結果熱せられた風を送り込むという程度。それでは100度Cにも届かない。
「その魔法も、つい最近までは存在していなかったんだ」
〔加熱〕で熱風炉内の空気を直接加熱する。そうすれば、温度差・気圧差で超高温空気が自動的に隣接する高炉内に流れ込むだろう。
(2,957文字:2016/02/04初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/28 03:00掲載予定)
【注:高炉の構造並びに概念は、明治大学佐野研究室の技術史のコンテンツ「製鉄技術の歴史的発達構造 I.製鉄技術史のための基礎知識」(http://www.isc.meiji.ac.jp/~sano/htst/History_of_Technology/History_of_Iron/History_of_Iron_19990324.html)並びに新日鐵住金株式会社様刊行『Nippon Steel Monthly 2004.1-2』「鉄鉱石から鉄を生み出す」(http://www.nssmc.com/company/nssmc/science/pdf/V8.pdf)を参照しております】
・ なお、高炉の基本構造自体は単純ですが、内部温度は最低200度C程度、最高2,200度C以上と、かなりの偏差があります。その為最新の技術を用いても炉が熱に負けて中身が漏出するといった事故が現在でも起こります(東南アジア某国で2014年にそんなニュースがありました)。だからこの時代の技術力で作れるのか? と問われるのなら、「ファンタジーだから」で逃げることにします。




