第38話 ギルドの査察
第07節 冬籠り〔2/6〕
ある日。俺はサーラを誘って市街に出た。買いたい物があったがサリアたちに頼む訳にもいかなかったからである。また「侍女組」の目からサリアとスノーの様子を聞きたかったというのもある。
「そうですね。スノー様は随分と吹っ切れられたご様子です。ルビー様と話し合われたようですが、どなたかは『疑え』と仰いましたが、スノー様は『信じる』ことを愚かなまでに真直ぐ貫くことを選ばれたのだとか」
「あはは。愚直に信じる、か。スノーらしいや」
「ご自身の助言が退けられた訳ですが、アディ様は気になさらないのですか?」
「生き方のこたえは人それぞれ、だよ。フェルマール王家の場合は、彼らの在り方に異論を唱える者がいなかったことが最大の問題だったんだ。けど俺たちはそうじゃない。
俺が疑う。スノーが信じる。サリアが別の視点から意見を言う。ルビーが環境を整える。サーラたちが皆を完璧にサポートする。そうして意見をぶつけ合い、出て来た答えは俺たちの最善だ。それで良いんじゃないか?」
「仰る通りだと思います」
疑って、疑い過ぎることも。
信じて、信じ過ぎることも。
人間関係に於いては、どちらも害悪だ。けど。
疑うことが信じることに繋がり、
信じることが疑うことに繋がる。
どちらか一方が暴走しなければ、それは理想の関係。『不生禅』の思想とは、「××さえすれば良い」という思考省略(思考停止)の否定なのだから。
「そういえば、サリアさんのご様子は如何です? 最近何か考え込んでいらっしゃるようですが」
「あぁ、彼女はもう少し悩み続けるよ。彼女の答えは目の前にあって、それは彼女自身もわかっている。けどそれを手に取れば、彼女は変わらざるを得ない。
変わらないモノなんかないけど、変わらない方が良いモノもある。もう少しその“答え”と向き合って、時間をかけて変えていくべきだと思うからね」
彼女の前世の人格、水無月麻美のそれと、
彼女の現世の人格、サリアのそれ。
前世の価値観を否定し、現世の現実を受け入れるか。
前世の価値観を肯定し、現世の現実を拒否するか。
まるで二者択一の問題のように思えるが、前世の価値観を肯定した上で、現世の現実を生きることだって出来る筈なのだから。ただそれを選ぶなら、相応の覚悟が必要だけど。
◇◆◇ ◆◇◆
そんな話をしながら俺たちが入っていったのは、宝飾店。約束の指輪を買う為だ。
俺とて前世の記憶があり、その価値観があるから、男が女に指輪を贈るその意味を考えるとかなり色々な妄想が脳裏を刺激するが、無理矢理「これはサークルの襟章のようなものだ」と自分に言い聞かせて、全員分の指輪を注文した。宝石は無くしかし繊細にして見事な彫刻が施されている指輪を参考に、オリジナルの指輪を作ってもらう。ちなみに、材料は持ち込みである。
そして、彫刻のグレードを少々落としたものを、更に4つ。勿論、サーラたちの分だ。
「私たちの分は必要ないかと存じますが」
「サリアは婚約指輪だとか言っているけど、こっちにはそんな風習はないからね。
俺たちの絆の証だ。
いずれ、セバス達もこの指輪を渡せるようになれば良いと思っている」
「……はい」
◇◆◇ ◆◇◆
当然ながら、俺は皆の指のサイズなどは知らない。だからここはサーラの出番。
測った訳ではない筈なのに、皆のサイズを良くわかっていた。
そして宝飾店を出て、ついでだからシンディの店を素見しに行こうと思い、店に向かったところ、何か騒がしい。
「こんにちは。何かあったんですか?」
「申し訳ありませんねお客さん。今日この店はカンバンなんですよ」
店に詰め掛けていた中年男性に声をかけたところ、その男が店仕舞いだと言う。
「そうですか。では中に入りますね」
「だから、今日の営業は終わりだって言ってんだろう?」
「アンタが決める事なのか、それ?」
「そんなことはどうでも良い、帰れ!」
「それはこっちの台詞だ。この店は俺の、【ラザーランド商会】で出している店だ。話があるなら俺が聞こう」
「お前が? 何の冗談だ?」
「俺は自分の立場を示しているぞ。不審に思うのなら商人ギルドに問い合わせろ。『【ラザーランド商会】のアドルフって男を知っているか』とな。
それで、お前たちは一体何者だ?」
「俺たちは鍛冶師ギルドの査察部門の者だ。この店で不正な鉄を扱っているとの通報が入った」
「なんだ、やっぱり俺の用事じゃないか」
◇◆◇ ◆◇◆
男たちのリーダーは、テッドと名乗った。
「それで、テッドさん。鍛冶師ギルドが何の用でこの店を査察することになったのか、教えてもらおうか」
「言ったとおりだ。この店では不正な鉄を扱っている。それを確認しに来た」
「その不正な鉄とは、ギルドから正規ルートで購入した鉄以外の鉄、という意味か?」
「その通りだ。品質も定かではない粗悪品を、鍛冶師ギルド所属員の印章を付けた店で取引されるのであれば、ギルド全体の評判に影響する。それを認める訳にはいかない」
「だけど、ギルドは鉄も炭も売ってくれなかったじゃない!」
「当然だ。昨日今日ギルドに入会したモノに売れるほど、鉄も炭も安くはない」
「巫山戯ないでよ。何でアンタらの勝手な理屈であたしの仕事を奪われなきゃならないの?」
「シンディ、待って。
テッドさん、貴方は他の町のギルド員であった鍛冶師が、この都市で活動することを認めない。そう言いたいんですか?」
「そんなことは言っていない。だが鍛冶師の技術も、鉄の品質も、どちらも鍛冶師全体の評判に関わる。未熟な腕の鍛冶師が打った、粗悪品の鉄で打たれた剣が出回れば、迷惑するのは他の鍛冶師たちだ。だからそれを阻止する義務が、私たちにはある」
「未熟な腕、粗悪品の鉄、ねぇ」
「何が言いたい?」
「なぁシンディ、思い出さないか?」
「思い出すわ。アディが私たちの街の鍛冶師ギルドのことを『文明の敵』と指弾した日を、ね」
「そうだな」
「何の話だ?」
「別に。だがまぁ、アンタらの主張はわかった。
で、アンタらの御用達の鍛冶師が鍛えた剣ってのは、何処にある?」
「何が言いたい?」
「要するに、それよりシンディの鍛えた剣の方が高品質であれば、粗悪品って誹謗は事実無根、と証明出来るって訳だよな?」
俺のその言葉に、テッドと共にいた一人の男が包みの中から長剣を取り出した。
「儂はボルド一の鍛冶師と謂われている、グリムだ。これは俺が鍛えた中で一番の出来だ」
「見せてもらおう。
……低温還元の銑鉄か。これ一つとってもハティスの製鉄技術は抜きん出ていたことがわかるな」
ハティスでは、高炉の建設までは辿り着けなかったが、所謂シュトゥック炉を採用し、かなりの高温還元を実現していたようだ。
「お前に鉄の何がわかる?」
「一目でわかるさ。製鉄技術自体が、シンディの持つそれより数段劣っているってことがね」
「何!」
「試してみよう」
そう言って、シンディの店の商品である長剣を一本拝借し、グリム氏が鍛えた長剣でシンディの剣を打ち付けた。
その結果。
「な……」
折れ砕けたのは、グリム氏の剣の方だった。
3,000文字:2016/02/04初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/26 03:00掲載予定)
【注:製鉄炉(高炉・シュトゥック炉)については、明治大学佐野研究室の技術史のコンテンツ、「製鉄技術の歴史的発達構造 II.古代のレン炉から近代の高炉・転炉まで」(http://www.isc.meiji.ac.jp/~sano/htst/History_of_Technology/History_of_Iron/History_of_Iron_19990324.html)を参照しています】
・ この日、シンディたちが思い出したのは、第一章第24~26話のエピソードです。
 




