第37話 奴隷たちの日常
第07節 冬籠り〔1/6〕
サリアとシンディが【森の覇者】の正規メンバーと遭遇した件は、その日の夜に話を聞いた。
結論から言えば、新人狩りをしていた三人は、【森の覇者】にとっても問題児だったらしい。その教育係を任じられていたルシアン氏が、彼らと遭遇した少女たちに迷惑をかけていないかと心配したというのが実状だった。
サリアの口から彼らの最期を聞かされたルシアン氏は、寧ろサリアに対して労りの言葉を口にした。「彼らをちゃんと指導出来なくて申し訳ない」。その言葉で、サリアはようやく『“新人狩り”というイベント』が終了したことを理解したようだ。
その日の夜、サリアは俺の書斎に来て、自分の覚悟の足りなさを自覚したと語った。
「まだ人殺しを肯定出来るだけの覚悟は出来ていないけど、でも躊躇った挙句家族を守れないなんてことにはなりたくない」。そう言ったサリアは、シャーウッドの森で同様に「まだ覚悟が出来ていない」と言っていた頃より遥かに前を向いているように思えた。
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さて。ボルドは、ハティスよりそしてフェルマリアより緯度が高い。
その為必然的に、冬将軍の到来が早い。
ハティスなら、冬の一の月ならまだ夏の名残を感じ得たが、ボルドでは気の早い降雪が始まる可能性があるので、冬支度を始める必要がある。
また港の方も、氷に鎖されるという訳ではないが、冬の海は荒く、好んで航海したがる船主が少ない為、出港(南の方の港を目指す船)はそれなりにあるが入港は少ない。
結果、陸路海路共に流通が止まることになり、市民は冬を越す為の備蓄を充実させることに余念がない。
そして山や森の獣たちも冬籠りに入る為、討伐依頼の数も減る。
冒険者に出される依頼は、市内で完結するモノばかりになる。つまり、所謂「ストーブリーグ」の時期になったということだ。
滑り込みセーフという感じで、アディたちはここにきて鉄札(シェイラは銅札)に昇格することが出来た。この先サリアとスノーが銅札に昇格することを望むかどうかはこれからの話として、取り敢えず出来る事が増えたことを歓ぼう。
冒険者としての仕事も、商人としての仕事も少なくなるこの季節、アディは家の中の様々なことに意識を向けることとした。
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アディたちの邸館で雇用している奴隷たち。彼らは(加護の儀式の前に奴隷になった子供たちを除いて)皆風や水の属性の加護を持っている(そういう奴隷が選ばれたのだが)。
そしてこの邸館で買われることになってから、彼らは〔浄水〕または〔空気清浄〕を必須として覚えさせられた。邸館内を管理するのに、この二つの魔法を使えるか否かで、効率が天と地ほども違うからだ。
掃除をした後〔空気清浄〕で空気中の埃も片付け(一緒に水蒸気も集めてしまうから湿度はかなり下がるが、その辺は花瓶の水などで対処する)、集めた水は〔浄水〕の魔法で綺麗にして生活用水として再利用する。
庭の人工池や屋上の水槽そして浴槽の水も、毎日〔浄水〕で塵芥を除去し、また飲料水は煮沸して壺に移す。
水関係は奴隷たちにとって最も大変な作業の一つであるが、この邸館では深井戸用手押しポンプが設置されている為、言うほどの苦労はない。寧ろ彼らに言わせれば、「奴隷の仕事の為にここまで気を配る必要があったのだろうか?」となるのだ。
食事も(場所こそは使用人食堂だが)主人たちとメニューに違いはない。寝所も(プライバシーの無い二段ベッドではあるモノの)信じられないくらい柔らかいマットレス(主人たちは『S式マットレス』と呼んでいた)を提供してもらい、どうかすると奴隷となる以前より余程恵まれた生活をしていることになる。
だが、この邸館で買われた奴隷たちは皆莫迦ではない(犬獣人の兄妹を含む)。これだけの厚遇が、この邸館にある幾つもの“不思議”に関しての守秘義務の代償であることは、考えるまでも無くわかる。一応〔契約魔法〕で口外無用が定められているとはいえ、主人たちは“契約による強制”のみならず奴隷たちが心の底から主人たちの為に尽くすつもりになれるよう、気を配っているのである。
何故、高々奴隷風情の為にここまでするのか。失礼を承知で主人たちの会話に聞き耳を立ててみた。
……何のことはない。主人たちの内半数以上が元奴隷或いは使用人階級の者だったということだ。
けど、それを知ったときの奴隷たちの反応は綺麗に二つに分かれた。
元奴隷もご主人様たちと同じ卓を囲むことが出来るようになるのなら、頑張ればあちらに招かれるようになるかもしれない、と想いを新たにする者。
ご主人様たちがどれだけ慈悲深くとも、否、慈悲深いのであるならこそ、自分は生涯ご主人様の奴隷で居続けよう、という者。
どちらにしても、奴隷たちのモチベーションは天井突破する勢いで高まったことは間違いないようだ。
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奴隷たちはこの一ヶ月で、随分邸館に馴染んだようだ。
「奴隷たるもの、ご主人様がたのお呼びする名で呼ばれるべきだ」と頑なに主張し、自分の名を告げず『セバス』(サリア命名)と呼ばれるようになった執事奴隷の男性は、侍女長であるアナの良きパートナーとして邸館の面を守っている。
棒術を嗜んでいたという話を聞き、リリスが偶に稽古を付けているのを見かけている。
ハウスメイドの一人、カリン。最初のうちは小さな粗相が続き、「うわ、ドジっ娘メイドかよ」とウンザリしたものだが(ドジっ娘メイドなど虚構だから愛でられる。リアルで仕事を委ねている相手が小さなミスを連発すると、雇用主としては腹立ちしかない)、面白いのは一度失敗したことは二度と繰り返さない質だったようで、今では邸内のことをほぼ完璧に仕切れるようになっている。同じ水属性だからか、ナナと話が合うようで、厨房でよく話をしている。
ハウスメイドの一人、ミク。兎獣人の習性なのか、当初はビクビク・オドオドしていたが、今では寧ろ堂々と、空き部屋で昼寝を嗜む程度の豪胆さを持ち合わせている(流石にこの件は咎めるべきかどうか話し合う必要があった。結局空き部屋で、且つ彼女自身の仕事に支障を来していなかったという理由で、叱責のみに留めたが)。
獣人であるからか、馬や家畜の世話を好んで行い、シェイラによく従っていた。また、犬獣人の兄妹(ラギとララ)の面倒も一手に引き受けていた。
ラギとララ。この二人も当初の警戒心剥き出しの様子は既に無く、毎日楽しそうに石灰窯や反応竈で苛性ソーダ作りに精を出していた。今では炭焼き窯の方にも協力している。
小さなトラブルは頻発しているものの、大過なく初冬の一日は過ぎていくのであった。
(2,983文字:2016/02/03初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/24 03:00掲載 2017/09/14誤記修正)
【注:「セバス」(ちゃん)の元ネタは、〔立花晶著『サディスティック・19』白泉社花とゆめコミックス〕が原典の筈です。なお執事に『セバスチャン』と名付けるのは、日本では〔アニメ『アルプスの少女ハイジ』〕が原典のようです】
・ 新人狩りの連中が拐した女冒険者は他にもいたようですが、そちらはルシアン氏をはじめとする【森の覇者】の本隊が連中のアジトを見つけ出し、救出と補償を行っております。
 




