第36話 こたえ(後編)
第06節 冒険者という生き方〔8/8〕
◆◇◆ ◇◆◇
その日。数日ぶりに帰宅したアディとルビーは、大物のイノシシを土産に持ってきた。
アディとシェイラ、そしてナナの三人でこのイノシシを解体し、肉と皮、そして臓物に選り分け、肉は熟成し皮は鞣し、臓物は食用に足るものとそうでないモノとに更に分けたうえで、食用とすることが出来ない臓物は焼却処理された。
食用に足る臓物はその日のうちに食卓に並び、また腸などは洗浄した上で「猪肉の腸詰の燻製」に挑戦するのだそうだ。
猟果が大物だと、(それが即座に食卓に並ばなくとも)夕餉は豊かな気持ちになる。精肉が食卓に並ぶには数日を待たなければならないが、肝臓や心臓などは食卓に花を添える。
そしてイノシシ猟に派手な展開はなく、ただじっと待つことを強いられるが、そのことさえエキサイティングなエピソードとして周りの者たちは聞き入るのだ。
皆が心持ち興奮した夕餉を終え、自室に戻った後。
ルビーはスノーの寝室を訪れた。
◆◇◆ ◇◆◇
「どうしたんです、姫様? 今日は何か、空元気だったみたいですけど」
「姫様、じゃなくスノー、でしょ?」
「今は姫様にお尋ね申し上げております。
家族には言えないことでも、腹心の部下になら言えることもあるのではありませんか?」
ルビーの言葉に甘え、スノーは今日の依頼の話をした。
救護院にいた難民たちのこと。彼らを見て自分がどう思ったのか。
「姫様は、難民たちに理想を持っていたのですね」
「え?」
「彼らが町を追われたのは、彼らの責ではありません。その上で、彼らが現状に負けず、不羈の精神を以て立ち上がることが出来ると信じていたのですね」
「……信じて、ね」
「けど、彼らは長い逃避行の最中にその意気も挫け、諦めてしまったのかもしれませんね」
「……」
「でも、それが彼らの全てではないでしょう?」
「え?」
「挫けなかった難民もいた筈です。今日立ち上がることが出来なかったとしても、明日は立ち上がれるかもしれない。明後日は走り出せるかもしれない。
勿論中にはいつまでもぐずぐず蹲ったままの人もいるかもしれないけど、全員がそうとも限らない。
なら今は、彼らの休息を支援することも、間違っているとは言えないんじゃないですか?」
「だけど、彼らが立ち上がれるようには見えないわ」
「姫様。アディは『疑え』と言いました。けど、彼の言うことの全てが正しいと、誰が言いました?」
「え?」
「姫様は、フェルマールの王家は、相手を信じ抜くことを貫くのでしょう?
その結果、確かにフェルマールという王国は滅びました。だからと言って、姫様は『信じ抜く』という王家の生き様まで否定なさるのですか?
昨日の王国民は王家を否定しました。でも、明日の王国民は王家の在り方を肯定してくれるかもしれません。なら、とことん信じ抜くのも一つの在り方ではありませんか?」
「……考えたことも、なかった」
「アディは、賢いのかもしれません。姫様は、愚かなのかもしれません。
でも、愚かなりに真直ぐその愚かさを貫けば、それも一つの答えなんじゃないでしょうか?」
「……ルビーも、何か自分なりのこたえを見つけたようね」
「はい。自分が何も知らないということを知りました。だから、これから一つずつ学んでいこうと思います」
「そうね。なら私は、信じてみる。何処までも、愚かなほどに。結果周りに迷惑をかけても」
「気兼ねなく迷惑をかけることが出来る相手のことを、『家族』というのだそうですよ」
それがスノーの見つけた『こたえ』。その果てに何があるのかはまだ誰も知らないが。
◆◇◆ ◇◆◇
翌日。サリアはシンディと連れ立って、市街を散策した。
サリアもまた、前世現世通じて初めて目の当たりにした『難民』の現状に衝撃を受け、思考が纏まらずにいたのだ。
シンディは、サリアが何に悩んでいるのか大体想像がついていた。だが、言葉で答えを与えることに意味はない。だからこそアディは、暫くサリアたちと距離を置いているのだから。それがわかっているから、だけど戦う力が無い(つまり本質的にサリアの悩みを共有出来ない)自分は、寧ろ何も語らず、けれど傍にいることで、何らかの力になることが出来ると信じていた。
そんな時。
「おい、そこの娘。話がある」
戦斧を担いだ大男がサリアに声をかけた。
「お前、この間ギルドの前で三人組の冒険者に声を掛けられなかったか?」
男が問うのが新人狩りをしていた連中のことだとすぐにわかった。
「何のことでしょう? というか、貴方は誰ですか?」
「あぁスマン、名乗りが遅れたな。
俺の名はルシアン。旅団【森の覇者】のメンバーだ」
「【森の覇者】、ですか……」
シェイラが予言した、口封じ、だろうか? だとしたら、せめてシンディを守らなければならないと、サリアは緊張した。
「アンタによく似た娘を含めた娘っ子三人組とうちのサポートメンバーが、一緒に都市の外に出たのを見た人がいる。だがそれ以来連中は拠点に戻っていない。
何か知っているのなら、教えてほしい」
「嫌だ、と言ったら?」
「力尽くでも」
大男は戦斧を構えた。
対するサリアも、右手を男に照準し、魔法を発動させる体勢になった。
「ちょ、ちょっと、街中で戦闘する気?」
シンディが動揺しながら二人を嗜めようとするも、
「『嫌だ』ということは知っているということだ。ならそれを聞き出すまでだ」
「シンディさんに危害が及ぶ可能性があるのなら、それを排除するまでです」
二人は一触即発の空気を解かなかった。
◆◇◆ ◇◆◇
サリアにとって今考慮すべきことは、シンディを守ることだけだった。
自分の魔法がこの男を傷付けるかもしれない。それを自覚しながら、しかし大切な家族を守れないで後悔するより余程良い、と覚悟を決めた。
そう、覚悟。
考えてみれば、これまで覚悟を決めたことはなかった。
前世では何らの覚悟もなくとも、親の遺産で生きていくことに支障はなかった。死ぬきっかけになった痴漢騒ぎでさえ、守るモノを持たなかった自分は何らの覚悟も無く首を突っ込んだ。
今生で、転生チートで自分の地歩を確保しようとした時も、アディの奴隷になった時も、何かを覚悟することはなかった。
そして、新人狩りの三人と関わった時も。
救護院で難民と対峙した時も。
けど、今は。
自分が何をすべきなのかを、正しく覚りて悟ったのだ。
◆◇◆ ◇◆◇
「二人とも、いい加減にしてください。
ルシアンさんと言いましたね。その三人の行く末に心当たりがあります。
サリアさん。この人はまだ悪党と決まった訳じゃありません。
ちゃんと話をして、それからどうするかを決めてください」
(2,649文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/02/02初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/22 03:00掲載 2021/02/04誤字修正)
・ 「『疑え』という主張」を疑う。これもまた、「誠意を以て疑う」こと。
・ ボルドの難民たちは、皆フェルマール人ですから、21世紀初頭のイスラム難民の問題と同列に語るのは、もしかしたら筋違いかもしれません(どちらかと言えば、東日本大震災の被災者問題の方が近いかも)。




