第35話 こたえ(前編)
第06節 冒険者という生き方〔7/8〕
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サリアとスノーは、迷っていた。
サリアは以前、アディに『生きていない』と指摘された。そしてアディの奴隷身分から解放され、東大陸に来て、冒険者を始めたが、それさえ自分で選んだ結果ではなかった。その挙句、自分の甘さが招いた“死”を目の当たりにした。
事実だけを見れば、【森の覇者】の三人は新人狩りなどという決して褒められないことをした果てに、シェイラに返り討ちにあった。それだけだ。だけどシェイラが言ったように、彼らに関わらなければシェイラが彼らを殺すことは無かった筈なのだ。そしてその機会はあった。その機会を、自分の好奇心が奪った。
言い換えれば、彼らの死は自分の甘さが『選んだ』結果だった。にもかかわらず、それを受け止めることが出来ない。
スノーは以前、アディが『雪娘姫はやるべきことをやらなかったから失敗した』と語っていたのを聞いた。そしてまたアディは『フェルマール王家は、相手を盲目的に信じたから裏切られた』と喝破した。しかしスノーはルビーを信じ、アディを信じ、他の仲間たちを信じてここまで来た。
けれど初対面の【森の覇者】の三人に対しては、同じように信じた挙句、いともあっさり裏切られた。否、彼らが噂の新人狩りだということは、初対面の時から薄々わかっていた。けど、そんなことを信じたくなかったのだ。身内しか頼れるものがいないこの都市で、新たな出会いを良きものにしたいと思っただけだった。
信じた結果が、彼らの死だった。だけど、本当に何もかもを疑うべきなのだろうか?
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二人(とその保護者であるシェイラ)は、あれからも木札の依頼を請けていた。が、選んだものは役所の受付のバイトや図書館での写本、掃除や引越しの手伝い等であり、討伐や採集といった都市の外に出なければならないクエストを受注することはなかった。
アディの前では明るく振る舞っていたが、アディがルビーと共に数日間留守にすると、すぐにその虚勢も剥がれてしまった。
自分たちの悩みを、アディなら何と答えるだろう?
否、彼なら言葉で答えてくれるだろう。これまでもそうであったように。
けど、その言葉は、自分たちの心には響かない。これまでもそうであったように。
自分たちの悩みに、答えを齎してくれるのは、結局は自分だけなのだから。
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その日に受注したクエストは、救護院の手伝いだった。
救護院は本来、怪我や病気の人を一時的に収容し、集中的に治療するという大都市特有の施設である。大規模な災害や戦などの時、治療行為を選別する為にも必要な施設だということになる。
しかし、最近の救護院は難民の一時受け入れ施設になっている。建前上は治療出来ずに放置された怪我を癒したり、飢餓や栄養失調(この時代「栄養」という概念は知られていないが)を治療する為に麦粥を出したりする為、であるが、では治療が完了したら行く先があるのか? と問われても、多くの難民にはそんなモノは無かった。
そしてボルド市自体も、万単位の難民を受け入れる余裕がある訳ではない。動けるようになったら職を探すか、或いは都市から出て行ってほしい。それが市当局の切なる願いだったのである。
救護院で家畜のように施しを享けている難民に比べたら、貧民街の住民の方がまだ自力で生きている。冒険者登録している破落戸の方がまだ前向きだ。市の役人がそう思っても、それは或いは無理のないことかもしれない。
そんな事情を、二人は知らなかった。
最早救護院が、「働かなくても生きていける」特権を享受しようとしている難民と、「出て行って、どこかで野垂れ死んでほしい」市当局の思惑が鬩ぎ合っている場所になっている、とは。
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麦粥を配りながら、サリアは前世を思い出していた。
サリアの前世である水無月麻美が死ぬ少し前、ちょうど難民の流入問題が世界的な関心事として注目を集めていた。難民に同情する者、難民を指弾する者。受け入れる政府を称賛する者、拒絶する政府を非難する者。それは果てに、特定国家が地域国家連合体から離脱するという問題にまで発展していた。だけど、麻美が生きていた日本では、それこそ他人事だった。
しかし今のサリアは、現実に難民を目の当たりにしている。前世と同じく戦禍を逃れてやって来た人たち。サリアにとって、戦争は未知のモノである。自分の知っている戦争とは、アディがキャメロン騎士王国を一方的に蹂躙した、あれだけだったから。けれど目の前の難民たちを見れば、それがどれほど辛く大変なものであったか、身に染みてわかる。
けれどその一方で、この一杯の麦粥が、ボルド市が難民たちに出来る精一杯のことだということも、わかってしまう。そしてこれ以上難民が増えたら、この麦粥さえ行き渡らなくなる可能性があるということも。
ならどうすれば良い? 自分の小遣いをはたいて炊き出しをして、難民たちに施せば良いのか? それでどれだけの難民が救われる? 否、救われる難民がいたとしても、彼らが死ぬまで炊き出しを続けることなど出来る筈がない。そして一方的に施すことが、彼らに対する“救い”になるとは、どうしても思えない。なら……。
麦粥を配りながら、スノーは失望を禁じえなかった。
何故この人は立ち上がらないのだろう?
足に包帯を巻かれているものの、その怪我は既に完治している(スノーが包帯を換えたのだから間違いはない)。けれど本人は「足が痛い、動けない」と言いながら麦粥を寄越せと怒鳴りつけてきた。
その前の人は、麦粥が薄い、肉が欲しいと訴えてきた。子供に乳を与える為にはもっと滋養のあるものが必要なんだ、アンタも女なんだからわかるだろう? と同情を求めた。
あまりの理不尽さに逆に怒鳴りつけてやろうかとも思ったが、今の自分の立場でそんなこと出来る筈もない。かといって粛々と麦粥を配ると、彼らはそれを当然の権利のように、感謝の色さえ見せずに受け取っていく。
感謝が欲しくてこのようなことをしている訳ではない。抑々、これはただのクエストだ。仕事を熟し、報酬を受け取ればそれで終わる。それだけのことだ。なら他の冒険者たちのように、何も考えずにただ包帯を換え、ただ麦粥を配るだけのモノになれば良い。けれど……。
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二人はまだ、答えに辿り着いていない。
(2,545文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/02/02初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/20 03:00掲載 2021/02/04衍字修正)
【注:今話のエピソードは、特定の作品や事件をモチーフにしたものではありません】




