第30話 王国の末路
第06節 冒険者という生き方〔2/8〕
ラザーランド船長が仕入れたという、王都の情報。これは俺一人で聞いて良い話じゃない。
だから俺は船長を邸館に案内した。そして全員揃って夕餉を共にしたのちに、落ち着いて話を聞くことにした。
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南部戦線では、ハティスの街の意外な奮戦により、スイザリア軍は王都フェルマリアへの侵攻を断念し、南ベルナンド地方の支配権確立に動いた。
北部戦線では、リーフ王国・カナリア公国・リングダッド王国の三国軍がロージス・アプアラ両辺境伯領を抜き、ビジア伯領を通過して一路王都へ侵攻した。
このタイミングで、国内の領有貴族(代官として赴任する侯爵も含む)がそれぞれの旗幟を明らかにした。
ビジア伯爵領やボルド市のように中立を宣言した領主、ハティス男爵領のように総力を以て侵略軍に抵抗することを決断した領主、アプアラ辺境伯領のように侵略軍を受け入れた領主(どころか率先してフェルマール軍に槍を向けた領軍もある)。
正にカナン帝国の終焉期の如く、敵味方が入り乱れる結果になってしまった。
また領地を持たない侯爵や騎士爵も同様に、侵略軍と戦う領地に私財を投じて支援する者、侵略国に朝貢して戦後の地位を安堵してもらえるよう働きかける者、家族と財産を抱えて逃げ出す者(その一部がボルド市に流入している)、と様々であり、703年の夏の一の月には、政府機能が麻痺していたのであった。
だがこれらのことは、寧ろ侵略国にとっては不利に働いた。本当の意味で、彼らにとって誰が味方で誰が敵かわからなくなってしまったのである。侵略軍に内応して味方となったフリをして侵略軍の幕内で敵将に斬りかかった貴族がいたり、支援物資と称して毒入りの糧秣を提供する貴族がいたり。侵略軍に内応の意思を明らかにしていた領軍を間違って攻撃してしまった結果、死兵となって抵抗された、とか。
そういった混乱の結果、侵略軍のいずれも王都フェルマリアに到達することが出来なかったのである。
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「では、父上や兄上たちは無事なのですか?」
スノーが一縷の望みに賭けてラザーランドに問いかけた。
しかし、彼女も既に知っている。
「王都は陥落した」と。「国王陛下、王妃殿下並びに王太子殿下は斬首に処せられた」と。そんなことは、ボルド市の貧民街の子供たちでさえ知っていることなのだから。
「否、フェルマリア城に火を放ったのは、王都の市民だ」
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市民にとって、フェルマールの王族は悪しき支配者だったのだろうか?
実は、市民にとっては悪しかろうが善かろうが、関係ないのだ。
税が安く、労役が厳しくなく、そして戦乱を遠ざけてくれるのであれば、たとえ悪神であっても賢王と呼ぶだろう。
その意味で、フェルマール戦争が始まるまでの王族は、善き支配者だった。
その意味で、フェルマール戦争を阻止出来なかった王族は、悪しき支配者だった。
「善き支配者」だったことが戦争を阻止出来なかった原因だと、考えることも無く。
「市民が何もしなかった」こともまた戦争を招いた原因だと、顧みることも無く。
ともあれ、辺境地域で侵略者たちが国土を荒らし、国土の中央で貴族たちが右往左往する態を見て、市民たちは結論付けた。「悪しき王族が支配していたから、この国が戦争に巻き込まれたのだ」と。
結果論を言えば。(歴史に「もし」「たら」「れば」は無いというが)市民の暴動が起こらなければ、フェルマール王国は辺境領の全てを喪うことになっても、国体を維持することは出来た筈だった。侵略軍は結局王都フェルマリアに到達出来なかったのだから。
しかし、市民たちは「悪しき王族を打倒する為」という名分で暴動(彼らに言わせれば革命)を起こした。それが、フェルマール王国の命運を決めたのである。
王族は、王都広場で公開処刑された。
それを為した『人物』の名は、伝わっていない。
後の歴史書には、ただ「市民によって斬首された」とのみ記されることになる。
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「現在、王都周辺は無政府地帯だ。
王家を打倒したという市民団体に国を纏め民を率いる力などありはせず、嘗てのガウス共和国のように市民団体が合議で国を運営するなんていう意見も出ているがそれが上手くいくとも思えん」
船長の言葉で、近代民主主義国家で平和を享受していた前世の記憶を持つサリアが、疑問を呈した。
「共和政が上手くいかないっていうのは何故?」
「簡単だよサリア。共和政という政体は、市民と議員、両方に最低限の政治的素養が求められるんだ。
市民にそれが無ければただの衆愚政治に堕するし、議員にそれが無ければただの山賊の会合にしかならない。
市民の教育を制限しているこの世界で、共和政が上手くいく筈がない」
ちなみに話題に出たガウス共和国は、留学に来ていたリングダッド王国の王女に嫉妬した議員の娘の我儘を叶える為に、王女の(根も葉も無い)醜聞を流布した挙句、国民の大多数の賛成を以てその王女を剣奴に堕した。その有り得ない暴挙がきっかけになり、最終的にリングダッドに併合された。
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「そういえば、セレストグロウン騎士爵はフェルマリアの市民団体から指名手配されていたぜ」
「は? 何故俺が?」
「王家の王子と王女たちを匿っている、フェルマール最後の忠臣、なんだそうだ」
「待て。それはつまり、スノー以外の王族で生き残りがいる、ってことか?」
「あぁ。
ロージス辺境伯家に嫁いだ第一王女は、カナリア公国の公都カノゥスで幽閉されている。
第一騎士団長を務めた第二王子は、カナリア公国軍との戦闘で討ち死にしている。
だが、第二王女、第三王女、第三王子、第四王女の四人は消息不明だ。
また、ルシル王女の近衛だったローズヴェルト騎士爵とセレストグロウン騎士爵も所在不明。ルシル王女と共に西大陸に留学しているという話もあるが、それが事実かどうかを知る者はいない。
だから、行方がわからない王族四人が全員、セレストグロウン騎士爵とローズヴェルト騎士爵に保護されていると思われているんだ。
特にセレストグロウン騎士爵。『毒戦争』で補給を担った件が知られ出してな。カナン帝国の財務官僚ウィルマー卿の再来だ、なんていう声も上がっている。
それを別にしても、王国の最後の守護騎士、と言われて王国派の市民の絶大な人気を集めているんだぜ」
(2,854文字:2016/01/25初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/10 03:00掲載 2017/05/04誤字修正)
【注:作中で語られたガウス共和国の辿った運命は、〔わかつきひかる著『闘技場の戦姫』フランス書房美少女文庫〕のエピソードを参考にしています】
・ 「善良な」為政者を望むのは、市民が無学である証。為政者に望まれる資質は、「善良」であることではなく「有能」であることなのだから。
・ カナン帝国のシロー・ウィルマーは貴族ではない為、厳密には「卿」をつけて呼ぶのは正しくありません。が、事実上の「大臣(侯爵)」と看做されているので、史書では「ウィルマー卿」と記述されています。




