第27話 旅団の名前・2
第05節 新しい生活〔6/7〕
冒険者登録も済み(今日は依頼を請けないことにした)、シンディたちと合流して俺たちの家に戻った。
そして簡単な料理を作り、夕餉を共にしながら報告会。
「市場は思ったほど混乱していなかったわ。ただアディが想像した通り、穀物と鉄は呆れるほど値上がりしてた。昔のハティスの10倍近く、ラーンに比べても5倍以上差があるわ」
「戦争で畑や倉庫が焼け、或いは略奪に遭い、商人も迂闊に街を出れなくなったからな。移動中に軍隊に出会ったら食料品関係なんかあっという間に接収される。寧ろボルドは穀倉地帯を抱えているからこの程度で済んでいるのかもな」
「で、鉄もそうだけど木炭も売ってもらえなかった」
「ギルドに登録したんだろう?」
「ええ。だけどボルドで鍛冶師としての実績がないから、他のモグリの鍛冶師に横流しするつもりじゃないか、って」
これを聞いて何故かサリアが激昂した。
「何よそれ。実績作る為には商売しなきゃいけないのに、実績が無いから商売する為の必需品が買えない? じゃぁどうやって実績を積み上げろっていうのよ?」
「要するにあれだろ? まずはこの都市で店を構えている鍛冶師に弟子入りしろ、と。そして何十年か修行して、暖簾分けの許可が得られたら鉄と木炭を売ってやる、と」
「そういうことみたいね」
「何十年って、それじゃぁどうするの?」
「どうもしない。初めから鉄と木炭は市場調査だけのつもりだったしね。なぁシンディ」
「ええ。ハティス型炭焼き窯の五号型は実績確認しているし、六号型は試作の稼働を確認しているわ。王都にいた頃に七号型の設計図がお父さんから届いたわ。作ったことないけど、作るのなら七号型に挑戦したいわ」
「おっけ、七号だ。必要な資材を確認して。
シンディには、工房が整い次第作ってもらいたいものがあるから」
「何を?」
「神聖鉄製の懐剣を6本」
「つまり、持ってない人全員分、ってことね?」
「そう。今日冒険者ギルドで、俺たちの旅団名を考えた時に思いついたんだ」
「何という名にするのですか、ご主人様?」
「旅団【緋色の刃】」
「確かに、白銀や黒く染めた刃はよくあるけど、緋色の刃はなかなか見ないわね」
「赤錆や血糊で真っ赤っていうのならあるけどね。それに、染めた緋色と日緋色鉄の緋色は全然違うし」
「……パーティ全員がヒヒイロカネの剣を持つ。普通有り得ないわよね」
「だからパーティの名に相応しいかな、って」
「じゃぁまず全員分の懐剣を用意して。それから?」
「サリアの杖も必要かな? サリアは木の杖と金属の杖、どっちが良い?」
「世界樹の杖とかそそられるけど、金属杖も捨てがたいわ。ほら、『レイジング――』」
「名付けるなら神話由来にして。第三の転移者が現れた時、版権問題で揉めたくないから」
「でも神話由来だと、ネタが少ないわ。有名どころだと『ケーリュケイオン』とか」
「『ケーリュケイオン』は、そんなに有名なのですか?」
「うん。だけどどうして?」
「私の杖に『ケーリュケイオン』という銘を戴いていますから」
「しまった。じゃあ……」
「ゆっくり考えろ。
という訳で、シンディ、金属杖だ」
「りょーかい。他の注文は?」
「今はまだないな。あとは商売の為に生活刃物や調理器具を打っておいてくれ」
「はーい」
「で、サリア。色々準備が整うまで、アナたちと一緒に俺の商売に協力してほしい」
「何を売りに出すの?」
「異世界チートの定番。石鹸」
「成程。アルカリはどこから調達? やっぱり灰?」
「いや。灰を使った石鹸の製法は既に確立している。
そこで、石灰石を使う。後は海水からの還元かな?」
「海水からの還元って、電気分解でしょう? どうやって電気を作るの?」
「それは今後のお楽しみ。というか、本当のことを言うとそこまで手が届くかわからないしね」
「……本当に大丈夫?」
「ま、色々問題はあるだろうけど、一つ一つクリアしていくよ。アルカリを使ってやりたいこともあるしね」
「やりたいこと?」
「それもまた先の話。
他に、柑橘類をいっぱい買い込んできてもらったと思うけど、それを使って『ビタミン飴』を作る」
「あぁ、あの壊血病予防薬、ね?」
「こっちはシェイラが中心になって」
「かしこまりました」
「あ、シンディ。あとヒヒイロカネ製の鉞と手斧それから鋸も作ってくれないか?」
「それは構わないけど、鉄のじゃなくて良いの?」
「トレーニング用、じゃなく実用品としてだから。
南の林の間伐と東の雑木林の整備。それから伐採した木の建材処理と薪にする為の裁断。これから暫く俺は樵になります」
「なら、鉋も必要ね」
「優先順位は、懐剣が先でその次は商売の為の生活刃物。俺の樵道具は当面鉄製のがあるから、そっちでやるよ。サリアの杖は悪いけど最後になる。
それから定番の、手押しポンプだな」
「手押しポンプなら、アディの〔無限収納〕に幾つか入れてもらってるよね。それを設置すればすぐにでも出来るけど」
「ところが、ここではそう簡単にはいかないんだ」
「どうして?」
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手押しポンプには、限界深度というモノがある。
大気圧を利用している為、あまり深いと(正確にはポンプで作った真空で引き上げられる高度差に限度がある為)水を汲み出せないのだ。理論上は10m、実用深度は8mと謂われる。
そしてそれ以上の深度を持つ深井戸の場合、特殊な改造を施した深井戸用手押しポンプを使う必要があるのだ。
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「ここは高台にある。その分、井戸が深いんだ」
「じゃぁどうすれば良い?」
「手っ取り早く原理を言えば、水を持ちあげられる深度は8mが限界。ならそれ以上高くは人力で持ち上げれば良いんだ」
手押しポンプはシリンダーを持ちあげることで真空を作り、その圧力で水を汲み上げる。なら汲み上げた水をシリンダーの上に貯め置き、次にシリンダーを持ちあげた時に一緒に水を持ちあげれば、理論上100m近くの高さまで汲み上げることが出来る。このシリンダーを『中間シリンダー』というが、それは余談として。
そういった原理を説明し、リリスが助勢しながらサリアは深井戸用手押しポンプを試作することとなった。
そうして俺たち【緋色の刃】は、サリアとシェイラが中心となる『商品製造班』とシンディとリリスが中心となる『機工製造班』に分かれて、作業を行うことになったのである。
(2,833文字:2016/01/22初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/04 03:00掲載予定)
【注:深井戸用手押しポンプについては、シップスレインワールド株式会社様のHP内コンテンツ「深井戸ポンプとは?」(http://www.rainworld.jp/idopump/deeppump.html)を参照させていただきました】
・ 真面目な話。シンディがボルドの鍛冶師に弟子入りしたら、とんでもないことになります。通常の鍛冶でもフェルマールで上位20位に入る実力があり、また神聖金属の加工に関しては1・2を争う実力(実績なら2位以下を思いっきり突き放して第1位)、且つシンディが嘗て私用で使っていた製鉄炉(シュトゥック炉)はボルドの製鉄炉(蹈鞴製鉄炉)より高度であり、蹈鞴製鉄炉で作られる鉄などシンディにとっては素材鉄レベル(但し現在は製鉄炉を持っていないので、過去に作った分を消費しているだけ)でしかないのですから、親方役をするボルドの鍛冶師に同情するレベルになるでしょう。
・ ちなみに、世間では神聖金属は、魔物の体内から魔石と共に見つけられるものです。魔物同士の食物連鎖の結果、所謂「生物濃縮」で数g~十数gの神聖金属を発見出来ます。ダンジョン内で鉱床として存在している、などということを知っている人はまだいません。
なお、懐剣はその刀身重量が約100g程度、長剣は1kg~3kgといったところですので、剣一本分の神聖金属を集める為には途方もない時間と労力、或いは資金を必要とします。




