第26話 再登録
第05節 新しい生活〔5/7〕
ビジア伯爵夫人、というのが誰なのか。
俺の想像通りだったとしても、或いはサリアの言う通り転生者だったとしても、どちらにしても今は関係ない。面会しようにもこちらの地歩が固まってからのことになるだろう。
防具屋で一通り寸法を測り、全員軽革鎧の胸甲と脛甲と手甲のみという軽装を選択した。ルビーは楯を持つことを考えているのか、手甲は軽いモノを選んでいる。楯といえば、異世界チートで面白いモノがある。材料もある。質は劣るだろうが、作れる筈だ。
採寸が終わって防具屋を出て、武器屋を素見してから冒険者ギルドへ。
冒険者ギルドは、余所者にとって最も容易に住民登録出来るという側面もある為、最近のように余所からの流入が多い時には当然登録希望者も増える。順番に並んで待つこと暫し。
「次の方どうぞ」
まずはシェイラ。
「フェルマリアのギルドからの転籍を希望します。紹介状はありません」
「わかりました。ギルドカードを拝見します。――銀札、ですか。
では転籍の手続きについて説明させていただきます。
紹介状をお持ちでしたらすぐに書き換えて、従前の通り銀札として活躍していただくことになりますが、紹介状無しの場合は一旦木札で一定数の依頼を熟していただく必要があります。その後、昇格試験を省略して銅札に認定されます。以前より1ランク落ちることになりますが、ご了承ください。
何か質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「では手続きが済むまで暫くお待ちください。
次の人、どうぞ」
俺の番。
「新規登録ですが、商人ギルドにも登録しています。こちらがそのギルドカードです」
「拝見させていただきます。――商人ランクAですか。不躾ながらお尋ねしますが、何故冒険者としての登録を? 既に商人として一定の立場がおありでしょうに」
「腕に覚えはありますが、この時世ですからね。状況によっては物を売るより、戦闘力を売る方が確実ということもあるんです」
「かしこまりました。では冒険者ランクは木札になりますが、併記させていただきます」
「あ、ちょっと質問」
「何でございましょう?」
「例えば採取や討伐の依頼で、俺が商品として仕入れた部位を提出した場合、どうなる?」
「……これは公式な回答と判断なさらないでほしいのですが、それはそのまま受け付けられます。ただ、貴方――アドルフさん?――が仕入れた金額より、ギルドでの買取価格の方が安くなるのは間違いないと思いますので、アドルフさんは大損することになりますよ?」
「でも、それはお金で依頼の達成ポイントを買える、と考えて良い訳ですね」
「言い切ってしまえば、そうです。表立っては言えませんが、貴族など裕福な家庭に生まれた駆け出し冒険者は、商人から討伐証明部位を買い取って依頼達成とすることなどはざらですから。
けれど、そのようにして達成ポイントを貯めても、鉄札にはなれても銅札にはなれません」
「昇格試験をクリア出来ませんからね。あぁ内容は知っています。彼女の昇格試験に私も関わっておりましたから」
「そういうことでしたか。ではアドルフさんはご自身の質問自体に意味がないと御承知だった訳ですね?」
「はっきり言えば、そうです。俺はこれまで依頼を出す側であり、ギルドから物を買う側の人間でしたからね。カネでポイントを稼いでランクを上げた冒険者に依頼したいとは思いませんよ」
「寧ろ依頼人側の御意向を聞かせていただきありがとうございました」
スノー。
「えっと、新規登録です。主体は魔法、剣は使えますが得意ではありません。加護属性は水です」
サリア。
「同じく新規登録。スノーと同じく主体は魔法、剣は不得手、加護は水。……ヤバイ、キャラが被る」
「きゃら?」
「否、こっちのこと。
そう言えば新人冒険者がギルドに登録に来ると、やくざな中堅冒険者が絡みに来る、って話を聞いたことがあるけど、ここの冒険者さんたちは皆大人しいんですね」
「どこの冒険譚の序章ですか、それは。
最近この都市は流入者が多く、冒険者登録も増えているんです。その一人ひとりに絡んでいたら、幾ら時間があっても足りませんよ」
「あ、そうか」
「ただ、確かに新人狩りなどという不埒なことをしている連中がいる、という情報もあります。用心するに越したことはないと思いますよ」
「フラグきたー」
「ふらぐ?」
ルビー。
「同じく新規登録。主体は剣で風属性の加護を持つ」
「剣が主体、ですか。ちなみに従軍経験は?」
「有る、けど、そこまで言わなければいけないのか?」
「否、どちらかといえば貴女――ルビーさん?――の身の安全の為です」
「どういうことだ?」
「同じ戦場で剣を交えたことがある冒険者たちを、同じチームとして依頼を請けてもらう時には神経を使うんですよ。
勿論戦場は戦場、依頼はクエスト、と割り切ってくれる人もいますが、逆に戦場での屈辱をクエストの足を引っ張ることで果たす、なんていう人もいますから」
「そういうこと。なら一応言っておいた方が良いな。
『毒戦争』に出征していた」
「南部戦線、ですか。わかりました。北部出身者にはリーフやカナリアの傭兵だった人もいます。あまりいざこざを起こさないように気を付けてください」
「わかった」
◇◆◇ ◆◇◆
「だけど、冒険者登録って随分時間がかかるのね」
「登録希望者が多いからね。俺たちを含めて今日だけで20人くらいいるみたいだ」
「だけどアディ、貴方は元金札なんでしょう? なのに木札からの再登録で我慢出来るの?」
「サリア、その話題はもう少し声を落として」
「あ。ゴメン」
「シェイラ、この話題は前にしたよな。お前の口から皆に説明して差し上げろ」
「はい。
冒険者ランクは冒険者の経験と実績の指標です。これは依頼主側から見て、どの冒険者に依頼すべきかを判断する為に設けられたものなのです。
だからどこの馬の骨とも知れない流れ者で、紹介状も持っていないというのなら、その相手に高ランクのギルドカードを委ねることはありません」
「良く勘違いされるけど、冒険者ランクは本来、冒険者の信用と信頼の基準だ。
だから地元の人たちが良く知らない――つまり余所者の――高ランク冒険者は、恐ろしいモノなんだ。
だから、まず木札で下積みをし、信用を醸成する。
そして、ある程度信用出来ると思われるくらい実績を積んだら、鉄札に昇格出来るようになるんだ」
「だから、まずはゴミ拾いでも厠の掃除でも、何でもやって信用を勝ち取れ、ということなのね」
「そういうこと」
(2,918文字:2016/01/22初稿 2017/01/01投稿予約 2017/02/02 03:00掲載予定)
【注:フラグとは、ゲーム用語から派生したネットスラングの一つです。コンピュータゲームでは、一定の条件が揃うと次のイベントが発生する、という仕組みになっておりますが、そのイベントを発生させる為の条件を「フラグ」といい、「フラグを集める」などという言い回しをします】
・ 木札から鉄札への昇格の基準は「クライアントからの信用」で、鉄札から銅札への昇格の基準は「その能力に対する信頼」、ということが出来ると思います。




