第25話 転生者、家を買う
第05節 新しい生活〔4/7〕
正直な話、新しい邸館は思ったほど高くはなかった。
とはいえ家など買ったことは無いから、基準になるのは前世日本の(それも東京郊外の)中古住宅である。それをベースに大体五分の一くらい? と思っていたら、もう少し安かった。具体的に言うと、『毒戦争』の時の糧秣をスイザリアで買ってハティスで売った、代金の差益よりも安かった。これだけでも俺の〔無限収納〕のチートっぷりがわかるというモノだ。
邸館の内装は、随分大きく改装(増築もだが)する必要がある。たとえばダンスホールやギャラリー、貴重品室などは俺たちには必要ない。一方で浴槽は各階にひとつずつ欲しいし厠も置きたい。孤児院では堆肥化を考えて汲み置き型を選択したが、人糞堆肥は手間がかかる(完全発酵させるまで時間と人手が必要)。孤児院では人手が充分あったけど、ここでは現状11人しかいないうえ、堆肥の販売予定もない。ならしっかり水洗式にすべきであろう。
また外部も家畜や家禽の畜舎やシンディ用の工房と炭焼き窯、ルビーや俺の練習場なども欲しい。
その他にも手を入れる場所があり、当面は仮住まいだから、と適当な部屋を使うよう指示したところ、アナたちは迷わず使用人住居を目指した。彼女らも家族なんだから、と説得したが、果たしてどこまで理解してくれたのか。
どちらにしてもこの規模の邸館を維持する為には、使用人を雇用する必要があるだろう。従業員として募集するか、それとも労働奴隷を購入するか。ゆっくり考えた方が良いだろう。
次に、貿易用の倉庫と鍛冶用の店舗の確認。
貿易用の倉庫の方は、はじめから小売り(一般消費者相手の商売)は考えておらず、卸売り(同業者に対する販売)を専業とするつもりだから、倉庫自体はダミーでしかない。けれど、俺がいなくても商売が成り立つようにある程度の在庫を確保出来る大きさが欲しい。
港湾区の中心部からは随分外れだが、逆に屋敷に近い場所に適当なサイズの倉庫を押さえることが出来た。ここを貿易事業の拠点とすることにする。
ついでに船主ギルドを訪れ、『光と雪の女王号』が入港したら教えてもらいたい旨伝言した。おまけとばかりに壊血病予防薬を販売予定と宣伝しておいた。柑橘類より保存が効き、且つ味が悪くない飴。効果の程を聞かれたから、「『光と雪の女王』号が西大陸に二回往復しているが、その二往復の間で壊血病を患った船員は一人もいない」と宣伝しておいた。きっと飛ぶように売れるだろう。
鍛冶用の店舗も、大通りに面した所謂一等地は押さえられなかったが、それなりに便が良く、また邸宅から馬車で荷を運べる場所だったことからそこを選んだ。
倉庫と店舗、どちらも常駐の店員を置く必要があるか。その場合市民の雇用か奴隷の購入かゆっくり考える必要がありそうだ。
◇◆◇ ◆◇◆
邸館の改装の見積もりはもう少し時間がかかるとのことだったので、その間仕入れを兼ねて買い物をすることにした。シンディ、アナ、サーラ、ナナ、メラ、の五人は鍛冶師ギルドに寄った後買い物兼市場調査。穀物と柑橘類は各々の〔亜空間収納〕の容量ぎりぎりまで買ってよしと言ってある。シンディの鍛冶に使う鉄と木炭に関しては、価格調査の上で買うか否か決めろと伝えた。戦争の混乱が収まっていない以上、値段が高止まりしている可能性もあるからだ。なお彼女らの護衛にリリスが自発的について行くと言ってくれた。
残りのメンバーは、まずは防具屋に行き装備を調えてから冒険者ギルドに行く。防具屋で特に問題視したのは、ルビーの鎧。
「何が問題なのだ?」
「大前提として、フェルマールの紋章入りの騎士甲冑で冒険者稼業は出来ないよ」
紋章の有無を別にしても、『突撃の号令があってから退却命令が出るまでの間』『前方にのみ』注意を払えば良い騎士の為の鎧と、二六時中全周囲を警戒しなければならない冒険者の防具は、まるで性質が異なる。
不意打ちに備えて防具で身を固めなければならないが、重い金属鎧だと疲労で集中力が落ちる。或いは多種多様な戦況を考慮しなければならない(相手が魔猪か魔鶏かで防具を変えるというのは現実的ではない)ので、冒険者は総じて軽装で動き易さを優先する必要が出てくる。
勿論旅団で役割を分担し、重装鎧で身を固め仲間の盾になる代わりに細かい動きはしない、という選択もあるから、必ずしもそうとも言い切れないが。
そして俺たちの場合、ルビーにスノーの直衛で終わられると、かなり困った問題になってしまうのだ。
ルビーの鎧だけではなく、俺とシェイラの鎧も更新する必要がある。
俺の騎士甲冑は結局仕立てただけで叙任式の時しか使わなかったが、冒険者時代の防具はスイザリアを旅した時以来手直しもしていない。それはシェイラも同様で、都合二年以上放置していたことになる。最近は〔空間機動〕を駆使した戦法が主だった為軽装の方が魔力消費も抑えられたので問題視していなかったが、冒険者活動を再開するのならそうも言っていられないだろう。
「じゃあ一人ずつ寸法を測らせてもらうわね」
やって来た防具屋で、冒険者組全員の革鎧を仕立てたい旨言うと、女性店員が巻尺を持ってきて採寸を始めた。
「こちらの金髪のお姉さん、身長は168cmってとこかしら?」
「……センチメートル?」
「ああ、お客さんたち余所から来たの? センチメートルっていうのはね、長さの単位よ。
ここの近くに領地を持つ、ビジア伯爵の夫人が定めたの。
ちなみに、縦横高さが全て10cmの水の量が1Lで、1Lの水の重さが1kgなのよ。
今までは水を皮袋で一袋、なんていう単位で取引していたけど、その皮袋の大きさが実はまちまち、なんてことは誰も気にしなかったわ。それで狡い商売をする商人もいたけど、これからはそうもいかなくなるでしょうね」
「……ビジア伯爵夫人を尊敬してらっしゃるんですね」
「そうね。お客さんより少しお若くていらっしゃるのに、とても聡明な賢者姫よ。
知ってる? 貧民街で生まれて孤児院で育ったというのに、そこらの貴族より気品があって領民のことを伯爵さまより大きな視座で考えることが出来て。
ビジア伯爵領が今を以て無事なのは、そしてここボルドが無事なのは、全て賢者姫のおかげだと誰もが言っているわ」
店員さんは我が事のように伯爵夫人を褒め称えているのを見て、俺も嬉しくなった。何故なら……。
「その伯爵夫人って、転生者なんじゃない?」
そうサリアが誤解したくなる気持ちも、良くわかる。
(2,995文字:2016/01/20初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/31 03:00掲載予定)
【注:邸館の間取りは、〔中島智章 訳・監修『VILLAS 西洋の邸宅 19世紀フランスの住居デザインと間取り』マール社2014 P.104〕を参考にしています】




