第23話 商人ギルドにて・2
第05節 新しい生活〔2/7〕
「さて、これからどうするの?」
「まずは商人ギルドに行って、為替の書き換えと、拠点になる家探しだな。
その後のことは、それからだ」
スノーの、当然と言えば当然の疑問にそう答え、俺たちは商人ギルドに足を運んだ。
商人ギルドの場所は、実は見つけるのにそれほど労はない。大通り沿いで多数の馬車が停車している建物を探せば良いのだから。
「いらっしゃい。商人ギルドにどのような御用でしょう?」
建物に入ると、誠実そうな若者が歩み出てきた。
「為替の名義の書き換えと、それに付随する手続きを幾つか。
窓口で出来る業務じゃないと思いますが、どこに行けば良いのでしょう?」
「為替の名義書換、ですか。通常そのような業務は受け付けておりませんが……」
「当然でしょう。常時そのような業務が発生していたら、為替の信用なんかあっという間に消えてなくなりますよ。だからこそ、その手続きが出来る場所に案内してほしいという話です。当然ですが、その権限がある方に対応をお願いします」
「しょ……少々お待ちください」
若者が小走りでカウンターの向こう側に消えると、ルビーが口を開いた。
「どうして名義を書き換えると信用が無くなるんだ?」
「たとえば、俺の名義で為替を切って、その後為替の名義をルビーに変えたら?
支払義務者がルビーになるから、俺は逃げられるしルビーは心当たりのない支払いを迫られる。そうそう認められる訳がないでしょう?」
「そう言われると、納得だな」
そんな話をしていると、また若者が戻ってきた。
「どうぞ、こちらに」
「有り難う。シェイラ、一緒に。他の皆はここで待っていて。確か喫茶スペースがある筈だから」
「はい、ございます。あちらです」
そして俺とシェイラの二人だけが、若者に別室に案内された。
◇◆◇ ◆◇◆
「まずは自己紹介と行こうか。私はボルドの商人ギルドのギルドマスターを務めている、シモンという」
「初めまして。取り敢えず俺はアドルフと名乗っております。これはシェイラ、冒険者です」
「『取り敢えず名乗っている』、か。為替の名義書換をしたいとのことだが、その理由と目的を話してもらえないと、検討することも出来ない」
「その前に、確認させてください。このボルド市当局と、商人ギルドの立ち位置を」
「立ち位置だと?」
「政治的な。
具体的には、このフェルマール戦争とその結果に対する、です」
「……つまりお前は、フェルマール王国の関係者、ということか」
「今の時点でお答え出来ることはありません。が、返答次第でこちらも腹を括る必要があると思っています」
「フム。ボルド市は戦争に中立で、ギルドは政治に関与しない。これが建前だ」
「で? 商人ギルドが有事に於いて国家に資金供与を行うことくらいは、常識として知っています。だから『中立』っていうのは、『お前さんの国に資金を拠出しているんだから、敵国にモノを売るな、なんて圧力をかけるな』っていう話でしょう? そして戦争をしていた一方の国は、もう亡い。なら亡国に遠慮して売れる商品を売らない、なんてことが商人ギルドにあるのかという質問です」
「そういうことか。市としては、どちらかというとフェルマールに好意的だった。ただ彼の戦争に於いて、フェルマールに味方してボルド市が生き残れる保証がなかった。だから中立を選んだ。
今この都市に、多くのフェルマールの難民が押し寄せている。中には嘗て貴族であった者もいる。
だが、ボルド市のルールを守ると誓約してくれるのであれば、出自について追及するつもりはないし、他国からの引き渡し要求に応えるつもりもない」
「わかりました。では改めて名乗らせていただきます。
私は南ベルナンド地方、ハティスの街に籍を置く商会【セラの孤児院】の役員兼出資者のアレクです。以前の戦争の功績で騎士姓を賜った為、今は名前を変えて行動しております。詳しくは申せませんが、同行者に同じくフェルマールの貴族家の出身者もいます」
「そういう事情か。では『アドルフ』殿。貴方が【セラの孤児院】の役員であるアレク氏と同一人物であると、どのように証明する?」
「寧ろそれは私の方がお尋ねしたい。
私は、アレクとアドルフが同一人物であることを知っています。
アレクしか知り得ないことも知っていますし、アレクしか持っていない物も持っています。
しかし、貴方はアレクを知らない以上、アレクしか知らないことを話しても本人証明にはならないでしょうし、アレクしか持っていないものを持っていても同じでしょう」
「フム、ではまずアレク氏名義のギルドカードを提示してもらいたい」
「ここに」
そしてギルドマスターは、それを持って一旦中座した。
「大丈夫でしょうか?」
「まぁ信じるしかないよ」
そして主観時間で10分ほど経った時。ギルドマスターは一冊のファイルを持って戻ってきた。
「商会【セラの孤児院】の出資者兼役員のアレク殿。成程、面白い経歴のようだ。
ギルドの商人ランクはA、昇格は特例で理由が『毒戦争』でマキア軍の補給物資をフェルマール軍に横流ししたから、か。スイザリアやマキアにとっては八つ裂きにしても足りない悪徳商人、という訳だ」
「取り敢えず褒め言葉と受け取っておきます」
「勿論、褒めているさ。
そうだな、一つ質問に答えてもらえるかな? 本人確認の手続きだと思って良い」
「何でしょう?」
「商会【セラの孤児院】が設立された時、提出された書類の内容は?」
「書類の内容は、商会名と店舗所在地、事業内容とその裏書、会計報告の時期と役員の改選任のルール。その他添付書類として、予測最初事業年度収支報告書と事業開始時点財産内容報告書、開業準備期間仕訳帳、そして同期間総勘定元帳」
「……貴方の持ち込んだ予測収支報告書や財産内容報告書、準備期間仕訳帳などは、ハティスの商人ギルドだけでなくそしてフェルマール国内に留まらず、多くの商人ギルドで衝撃を受けたものです。
このボルド市の商人ギルドはフェルマールの商人ギルドの本部をも兼ねていましたから、あの時の事は忘れられませんよ。
アドルフさん、貴方をアレク殿と同一人物と認めます。
そしてこちらが【セラの孤児院】名義の口座の残高です」
「……ちょっと待ってくれ。やけに多くないか?」
「何か問題でも?」
「俺の帳簿と残が合わない。ギルマスが出してくれた数字は、俺の帳簿の残より175C多いんだ。西大陸のラーンで為替を切っているから、それがこちらに回送されて来ていないことも計算に含めると、2,255C。これは計算間違いで済む金額じゃない」
俺がそう言うと、ギルドマスターは手元の計算尺を弾いた。そして。
「先程の言葉について、謝罪させてください。
私は貴方をアレク殿と同一人物と認めた、と申し上げましたが、アレは嘘でございました」
「嘘?」
「はい、そして今のお言葉を以て、正しくアレク殿であると確認が取れました」
「どういうことだ?」
「ハティスの商人ギルドからの申し送り事項がありましてね。
この口座には、名義人であるアレク殿さえ知らないお金の動きがあるんです」
(2,973文字:2016/01/19初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/27 03:00掲載予定)
・ 1C=金貨1枚。ざっと一万円くらいと考えれば目安になります。
・ 「アディが知らない口座の動き」については、「第二章第11話 セラの憂鬱・1」を参照してください。




