第22話 上陸
第05節 新しい生活〔1/7〕
俺たちは今、『光と雪の女王号』の甲板の上で、ちょっとした作業をしていた。
〔無限収納〕の中から取り出した荷馬車の車体固定装置を展開し、『S式衝撃緩衝機構』ごと車輪を外す。そして外部フロートを装着する。
これで、上陸艇の完成だ。後は船の積み荷を揚げ降ろしする為のアームでワゴン改めカッターを海面に降ろせば、俺たち一行は船と別れて行動することになる。
ボルド港の近くの、住民が貝の採取に使う浜辺。そこを上陸地点に設定した。
「船長、長い間世話になった」
「何を別れみたいなことを言ってんだ。これで終わりじゃないだろう?」
「ま、ね。ボルドで拠点を構築したら、連絡手段を作っておく。ボルドにも船主ギルドはあるよな?」
「フェルマールの二大港の一つに無かったら、そっちの方が怖いわ」
「そりゃそうだ」
呵々大笑。先行きの昏さなど吹き飛ばすような、陽気な海の男、ジョージ・ラザーランド。俺たちは彼と別れ、ボートを〔射出〕で動かした(後日、この方法での移動を無属性魔法Lv.1【物体操作】派生08.〔移動〕として登録し直した)。
◇◆◇ ◆◇◆
上陸し、再びワゴンを「上陸艇」モードから「荷馬車」モードへ変形させ、同時に〔無限収納〕から睡眠中の馬を4頭呼び出す。馬の世話は取り敢えずアナさんに任せ、目を醒ました馬から秣を与え、順次ワゴンに繋いだ。
「さて。俺たちはこれからボルドに行くけど、ボルドで俺とシェイラとサリア、ルビーとスノーの五人は冒険者登録をすることになる。
シンディは鍛冶師ギルドで、そして俺は商人ギルドにも登録する。
リリスとアナたちは俺の商会の従業員として登録することになるだろう」
「全員何らかの形で何処かのギルドに登録するってことね。でもどうして?」
「あぁ。市民権の所在だよ」
「市民権?」
「そう、市民権。市民権は、抑々何の為にあるかわかる人いるかい?」
「戸籍の管理の為?」
「サリア、この場合、『市民権を得る』ってことは『戸籍を作る』ってことだよ。じゃぁ何の為に戸籍を作り、市当局はそれを管理するんだ?」
「犯罪者を特定する為、とか?」
「外れ。
正解は、住民税(人頭税)を確保する為だ」
よく異世界転移物で、都市活性化の為のNAISEI手段として観光業が挙げられるが、現実問題観光業は成立し得ない。何故なら、市町村が求める税収は住民税が基本であり、住民が簡単に外部に流出出来る環境というのは、きっかけがあれば住民税収が減少するということだからだ。観光業は、居住・移転の自由や国籍離脱の自由が保障されて初めて生まれる産業なのである。
だからこそ、領の外に出ることが許される「市民」は、幾つかに限定される。
B級以上の隊商に率いられた商隊に属する商人か、それを護衛する銅札以上の冒険者だ。
「俺は商人ランクAを持っているし、シェイラも銀札の冒険者だ。だから何かあったときにはすぐに都市を出ることが出来る。けど、他の皆はそういった立場を持っていないんだ」
都市の行政当局は、外部からのならず者の流入にも神経を尖らせる。その為身元保証が出来ない――冒険者でも商人でもなく、住民登録もしない――長期滞留者には、特別の税を課すのだ。
住民登録をする為には、住所地が必要になる。そして俺たちの中で一般の住民登録が必要になるのはリリス、アナ、サーラ、ナナ、メラの五人なのである(シンディは鍛冶師ギルド経由で登録出来る)。
「俺たちは、当面ボルドに腰を落ち着けることになる。その為にも手っ取り早く家を買おうと思っている。そうすればアナたちの住民権も取得出来るしね。
けど、永住するつもりはない。王女様たちの情報が集まり、機会があったら作戦を実行することになる。
それが何ヶ月後か、何年後かはわからない。長期戦を覚悟すべきだろう。
だから、居住権は合法的に確保し且つサリア・ルビー・スノーの三人は銅札――越境可能なランク――までランクを上げてほしいんだ。とは言っても銅札の昇格試験は、意外に厳しい。正直言うとサリアとスノーはパス出来るかどうか微妙なところだ。詳しいことは後でシェイラに聞いてほしいけど、その時は別の方法を考える」
「わかったわ」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、途中で一泊野営をし(野営用に幌馬車も出した)、また馬たちが寝ている間に馬たちを〔無限収納〕に戻した。これからは、徒歩だ。
「どうして馬車のままじゃいけないの?」
「馬車だと臨検に時間を取られる。ただでさえ以前の名前を名乗る訳にはいかないから、ここでその名前が入っている商人ギルドのギルドカードを出す訳にはいかないんだ。そうすると、手間と入市税が阿呆みたいにかかることになる。なら戦災難民を装って徒歩で入市し、それから拠点の構築に入った方が良い」
とはいえ女ばかりの集団だ。どうしても人目を惹く。ボルドに辿り着くまでに大小様々な騒動に見舞われたが、こればかりは仕方がない。
◇◆◇ ◆◇◆
「はい、次の人」
ボルドの市壁にある門は、市に入ることを求めた人たちが列を成していた。
多くは着の身着の儘。荷物を持っている人は、背負っているのなら潰れたら立ち上がれなくなるほどの、馬車に乗っている人は、車軸が折れていないのが不思議なほどの、荷物を持っていた。
そんな中の軽装の女の集団。どうしたって衆目を集めてしまうのも仕方がない。
「次の人」
「あ、グループです。俺と、彼女ら10人、合計11人です」
「滞在予定は?」
「出来れば家を買って居住権を取得したいと思います。当面は冒険者登録して日銭を稼ぐ予定です」
「女が多いが、奴隷として売りに出すつもりなら商人ギルドの許可証が必要になる。またこの街は街娼に厳しいから、客を取らせるつもりなら娼館主ギルドに加盟している店に所属させる必要がある」
「……一応彼女ら全員、俺の家族です。こんなご時世だ、どんな事情かは大体想像つきますでしょう? 売るつもりも無ければ客を取らせるつもりもありませんよ」
「まあ良い。個人の事情まで詮索するつもりはない。が、今お前は家族といったな。なら当然責任を取れよ。彼女らが食うに困って客引きなどを始めたら、お前にその罪を問うことになるぞ」
「当然でしょう。俺の名はアドルフです。その時は遠慮なく俺をしょっ引いてください」
「そうしよう。行け!」
そうして、俺たちは港湾都市ボルドに入ったのである。
(2,840文字:2016/01/19初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/25 03:00掲載予定)
【注:日本国憲法では、居住移転の自由は第22条第1項に、国籍離脱の自由は同第2項に規定されています】




