第21話 アイテムボックス
第04節 漂流〔5/5〕
「それはそうと船長、船長の為に面白い魔道具を作ったんだ」
俺たちの上陸地点をラザーランド船長と協議し、それがひと段落ついたことで、話を変えた。
「面白いモノ?」
「あぁ、これだ」
そして俺は、神聖金剛石の板と大型の魔石が組み込まれた、一つの木箱を船長に見せた。
「なんだこれは? というか、木箱に水晶って、物凄くアンバランスだな」
ちなみに、水晶と金剛石とアダマンタイトは、見ただけでは区別は出来ない。
「これは、〔アイテムボックス〕という」
「道具箱?」
「あぁ。詳しい説明をする前に、ちょっと使ってみよう。
まず、この箱を開けてみてくれ」
船長は言われるがままに木箱を開けた。空である。
「何も入っていないが」
「あぁ、それで良い。一旦閉めて」
蓋を閉める。
「次に、プレートに触れながらもう一度開けて」
指示したとおりに蓋を開ける。空である。
今度は、俺がプレートに触れ、鍵言を唱えた。
「個人認証、最上位管理者モード。
使用者登録。
……船長、船長ももう一度ここに触れて。
そう。登録。使用者名『ジョージ・ラザーランド』。
……作業終了」
「何なんだ、これは?」
「悪いね。でもこれからが本番。
もう一度、プレートに触れて。でもまだ蓋を開けようとはしないで」
「これで良いのか?」
「そう。そうしたら、『パーソナル・サーティフィケーション』と唱えて、自分の名前を続けて言って」
「わかった。『ぱーそなる・さーてぃふぃけーしょん』。ジョージ・ラザーランド。……っ! 何だ?」
「脳裏にリストが浮かんだと思う。その中のどれでも良いから選んで」
「選ぶって、どうやるんだ?」
「これだ! って思えば良い」
「わかった。ならこれだ」
「では、蓋を開けて」
果たして、そこには一個のオレンジが。
「何? さっきは何も無かった筈だが?」
「これは、俺の〔無限収納〕を魔道具化してみたんだ。
容量限界は、どの程度かは俺にもわからん。ただ、ラーンで調達した物資は全部そちらに移してみた。その程度なら入るようだ」
「その程度、って、それがどれだけ凄いことかわかるか?」
「俺の〔無限収納〕と同じで、時間経過も無いし、眠っていれば動物も容れられる。人間は死体でない限り容れられないけれどね。ただ大きさに制限があって、その箱の口の大きさより小さいモノしか入らない。
あと、第三者が勝手に使えないようにセキュリティも掛けてある。さっき船長自ら試したように、認証していなければ開けてもただの箱だ」
「……これを、俺に?」
「時間経過が無い、大容量収納。誰よりも船長にこそ必要だろう?」
「助かる。幾ら払えば良い?」
「金は要らない」
「そういう訳に行くか! これにどれだけの価値があると思っている?」
「同じものを持って一個軍団の兵糧を支えたことがあるからね。誰よりもその価値を知っているよ。
だけど、これから俺は、というか俺たちは、船長に海運――海からの物資の調達――と情報収集を任せることになる。
その船長が壊血病に罹ったとか、腐った肉を食べて病気になったとか、そんなくだらない理由で脱落してほしくない。
だから、これは俺たちにとっての先行投資だ。
船長が〔アイテムボックス〕を持つことで、一番利益を享受出来るのは俺たちなんだからな」
「そういうことなら了解だ。有り難く受け取ろう」
「念の為。これのことはなるべく人に知られないように。船員たちでも信頼の置ける幹部連中だけにしておいた方が良いと思う」
「当然だな。これ一つで陸運でも海運でも、ひと財産築けるだろうからな」
「ま、だから認証制にしたんだけどね」
「だが、良いのか? 俺がこれを持ち逃げしたらどうする?」
「信じてるよ、船長のことをね」
「信じてる、か。『誠意を以て疑う』んじゃないのか?」
「当然疑うさ。だがね、もし船長が俺たち、というよりスノーから離反したとしたら、最も被害が小さい状況を推定しても、お先真っ暗だ。なら全面的に信じた態を取り、恩と貸しを山ほど押し付けて、船長の良識に期待した方が良い。
抑々〔アイテムボックス〕なんぞというモノを持っている時点で、事情を知っている陸の者の協力が、今後の船長には絶対必要になるだろうしな」
「そういうことか。なら寧ろ安心だな」
◇◆◇ ◆◇◆
カナン暦703年夏の閏三の月(王女様の御座船である『光と雪の女王号』では中央の暦を使う)。船は北極海沿岸部に突入した。
10mを超える高波が船を木の葉のように弄び、風は前後左右、どころか上からも下からも吹き荒れた。
船室内では荷物のみならず自分の身体も柱に縄で括り付けなければどうなるかわからないくらい振り回され(サリアは「洗濯機の中みたい」と言っていた)、碌に船酔いする余裕も無くなった。
そんな状況で、船室に居ても当然のように潮を浴びることになった。スノーは最近憶えた相転移で皮膚に付着した海水を水蒸気に変え、気化冷却を自分の身で確認する羽目に陥った。
「し、死ぬかと思った」
「だから蒸発させたら冷えるって言ったでしょうに」
「だってだって、お湯が沸けば蒸発するでしょう? なら蒸気は暖かいって思って何が悪いのよ!」
「逆ですよ。それだけたくさんの熱を吸収しないと、水は蒸気にならないんです。
その熱が無ければ、ある所から持ってくる。熱を持ち去られたら、当然急激に冷えるんです」
「……よくわかったわ。理解した。熱くもないのに蒸発するのは普通じゃないから、普通じゃないことをすれば普通じゃないことになるのね」
「まぁ、そうですね」
「でも、この寒さは悪夢です。何とかなりませんか?」
「フム、シェイラにそう言われたら、ご主人様としては答えない訳にはいかないな」
「……やっぱり、シェイラだけ贔屓してるよね、アディって」
◇◆◇ ◆◇◆
試すことは、〔加熱〕の大規模展開。
熱量はそれほど大きくする必要は無いが、範囲は船全体を包むように。
風も波も、俺如きの力では太刀打ち出来ない。
けど、空気の温度程度なら、何とかなる。
風が強いから暖気を留めることは難しくても、せめて寒くないように。
この船は、ボルド港を目指して航行している。けど、そこは決して終着点ではない。
では、何処がゴールか、と問われても、誰も答えを持っていない。
空は昏く、風は強く、波は高く、空気は冷たい。
けど、皆がいれば、身を寄せて温め合うことくらいは出来る。
漂流しているも同然の、この船の航海が、温かいモノでありますように。
(2,980文字:2016/01/17初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/23 03:00掲載予定)
・ 普通の水属性魔法使いは、「氷を融かす」「水を凍らせる」ことはあっても、「水を蒸発させる」という発想はありません(「蒸発」を「消滅」と認識していることから)。今のスノーなら、皮膚に付着した海水を水蒸気に相転移させるときには熱交換させずに出来るようになっていますが、これまでその発想が無かったので、つい習ったばかりの〔氷結圏〕を使ってしまったのです。ちなみに、スノーが氷結魔法で自爆するのは、二年ぶり二度目。
 




