第20話 狼と、虎と、獅子と
第04節 漂流〔4/5〕
「よう、アレク……じゃない、アディ。様子はどうだい?」
その日、ラザーランド船長が俺たちの部屋に様子を見に来た。
俺たちは魔法の練習やその他で一日一度は甲板に出るようにしていたのだが、ここ何日か部屋から出れない人間が増えている所為だ。
「やぁ船長。俺は相変わらずだけどね。ここんところの時化で何人か船酔いした」
「あぁそういうことか。西大陸に来るときは奇跡みたいに穏やかだったからな。だがそれにしてはアディは元気そうだな」
「このくらいの揺れなら経験があったからね。だけどこれからはそうも言ってられないだろうな」
「いつ、その経験したのか興味があるな。それに氷海を航行する危険なんか、何処から仕入れてきた情報なのかも、な」
「まぁそれは追々、ね。氷海域では俺も魔法で航行支援するつもりだ」
「そんなことが出来るのか?」
「やってみてのお楽しみ、かな? 出来たら船員の助けにはなるだろうけど、出来なかったとしてもこれまで通りでしかないからな」
「そりゃそうだ。
ところで、氷海を抜けた後の話だ」
「氷海を抜けたら、すぐに東大陸だな」
「あぁ。何処の港に付ける?」
「少なくともパスカグーラは無理だな。入港出来ても柵が多すぎてスノーたちの安全を確保出来ない」
「確かにな」
「ちなみに、船長はどうするんだ?」
「俺たちだけなら何とでもなるさ。船乗りは商人に準じて扱われるからな。
この船が“ルシル王女”の御座船だってことは知られているから、臨検くらいは受けるだろうけど、王女殿下が乗船為されていないことが明らかになれば、ただの商船扱いだ」
「そうか。そうなると、何処の港に入るにしても、入港時には俺たち全員降りていた方が良い、ってことになるな」
「おいおい、冬の海に飛び込むつもりか? それは自殺以外の何物でもないぞ、自殺行為でさえない」
「そのあたりは考えているよ」
「そうか」
「俺は、拠点としてボルドあたりを考えている」
「ボルド、か。ちなみにボルドを選んだ理由は?」
「まずは立地。近くに『不帰の森』と『竜の山』という二大迷宮があり、冒険者が活動し易い。つまり、余所者がいても目立たない。
それに港湾都市だから、船長との連絡も維持出来る。
またリーフ王国に寝返ったアプアラ辺境伯領やカナリア公国に占領されたロージス辺境伯領との間に、戦争時に中立を保ったビジア伯爵領がある。旧フェルマール王国領内の情勢がどうなっているのかはわからないが、これから暫くは、南・中央部は王都フェルマリアと北ベルナンドを中心とした治安維持、北部はアプアラ辺境伯領とロージス辺境伯領の帰属問題でリーフ・カナリア・リングダッドの三国が揉めるだろう。その次がビジア伯爵領、ボルドに戦火が及ぶのはその後だ」
「ちょっと待ってくれ。アプアラ辺境伯はリーフ王国に寝返ったんだから、リーフ王国領になるんじゃないのか?」
「辺境伯の寝返りを素直に認めると、此度の戦争に於けるリーフ王国内での功第一等はアプアラ辺境伯になってしまう。そんなことを譜代の貴族たちが認められると思うか?」
「あぁ。成程」
「リーフ貴族にしてみれば、難癖を付けてアプアラ辺境伯から領地を取り上げ――精一杯好意的に対応するなら移封、かな?――、でその領地を誰のものにするかで内輪揉めしなきゃならなくなる。一方の辺境伯も自分の領地を取り上げられたくないから、場合によってはカナリア公国やリングダッド王国の支援を受けてでも領地を守ろうとするだろう」
「つまり辺境伯は、自分で連れて来た狼を追い払う為に虎と獅子を呼び込む訳か」
「そう。伯爵が素直に領地を明け渡さない限り、三国は他の土地に食指を伸ばす余裕はないよ。言い換えれば、アプアラ辺境伯は、裏切ったことで結果的にフェルマールの他の領有貴族に対する盾になったという訳だ。
そしてロージス地方も、カナリア公国が領有権を主張しているそうだけれど、リングダッドの侵攻が無ければ公国はロージスを落とせなかった可能性が高い。そしてリングダッドは海に面した港を欲しがっているから、ロージス地方――ビジア伯領と進軍し、最後はボルドまたはパスカグーラを支配したいんだ」
「待て。何故リングダッドは港を欲しがる? スイザリアがマキアを手に入れて、その目的が果たされたんじゃないか?」
「マキアとスイザリアとリングダッド、この三国の歴史は同盟締結と裏切りの繰り返しだ。今日“二重王国”といわれて事実上一つの国になっているとはいえ、明日も変わらずそうだとは限らない。何故なら、“二重王国”であって“リングダッド帝国”じゃないんだからな。
そしてスイザリアがマキアと南ベルナンド地方を支配下に置いたことで、リングダッドとのバランスが大きく崩れた。現状で安定したら、“リングダッド帝国”どころか“スイザリア帝国”になってしまうかもしれない。スイザリアとのバランスを考えたら、リングダッドは北部または中部フェルマールに一定の支配地を確保する必要があるんだ」
「なんか、フェルマールという重しが外れた途端に、周辺四ヶ国が骨肉の争いを始めるって話みたいだな」
「四ヶ国だけじゃない。おそらくマキアの王子たちも国元に戻った筈だ。そうしたら、スイザリアによる支配からの解放を目論んで活動をするだろう。また周辺国全てが隣接国と戦争するという状況で、アザリア教国が黙って見ているとも思えない。アザリア神の正義の名のもとに、この乱世を終わらせる! と息巻いて出兵する可能性だってある」
「滅茶苦茶だな」
「だからこそ、フェルマール北部の港湾都市ボルドは、寧ろ無風の安全地帯になり得ると思うんだ」
「ボルドも戦争時は中立を選んだ。そして、あそこは都市としてはかなりの防衛能力を具備している。その上万一戦火が及ぶのなら、その前にビジア伯領が炎上する。一足飛びに都市郊外に他国軍が展開する訳じゃない、ということか」
「そして時間があれば、都市の防衛力を強化出来る。だからこそ、あそこに商人ギルドと冒険者ギルドのフェルマール本部が置かれたんだから」
「よくわかった。ではボルドの近くでお前たちが上陸出来る場所を探そう」
「助かる。
それはそうと船長、船長の為に面白い魔道具を作ったんだ」
(2,713文字:2016/01/17初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/21 03:00掲載予定)
【注:「狼を追い払う為に虎と獅子を呼び込む」という表現は、1495年に当時のローマ教皇が、ナポリに居座ったフランス王を追い出す為にエスパーニャ(スペイン)王やオーストリア王と同盟を結んだ故事から引用しています】
・ 大陸南西部情勢について:作中「マキアとスイザリアとリングダッド、この三国の歴史は同盟締結と裏切りの繰り返し」と語られています。『毒戦争』に際しマキアがフェルマールに進軍したことを指して、感想欄で「何世代も経った密約なんて普通は形骸化」しているのに侵略するのは不自然、と仰っておられた方がいらっしゃいましたが、何のことはない、この三国にとって過去の密約だの条約だのは、開戦と停戦の言い訳でしかないというだけなのです。開戦の為には数百年前の密約を持ち出すし、戦争しない言い訳の為には現在の友好を標榜する。地球の歴史でも大差ないのかもしれませんけれど。




