第17話 魔法講座~課題提供~
第04節 漂流〔1/5〕
◆◇◆ ◇◆◇
夏の二の月。『光と雪の女王号』は、ラーンを出港した。
予定通りなら秋の二の月に東大陸に帰り着く。ただ、途中氷海(北極海)の南岸を通ることになる。往路に要した時間から東西大陸間の距離を計算すると、凡そ7,000km程度と推察出来る。また春分/秋分時の南中高度から計算すると西大陸のマーゲートが北緯40度あたりで東大陸のパスカグーラは北緯45度あたり。つまり東日本とほぼ同程度の位置にあるといえる。
その位置関係だと、北極海ルートはほぼ大圏コース(惑星の球体表面上に於ける直線)に該当することから、距離としては往路より短い。が、夏至を過ぎた北極海ルートは日照時間も刻々と減り、嵐と乱気流の中を航行する必要がある。結果として、(海流の後押しがあっても)往路とほぼ同等の時間を要することになるのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「という訳で、これから皆さんには魔法の練習をしてもらいます」
「アレ、じゃなくアディ。何をいきなり?」
「以前から考えていたことだよルビー。
俺の使う魔法が、皆の使う魔法とは毛色が違うことはもうわかっているだろう? だけど、皆に俺の魔法を真似してもらうことはまず無理なんだ。
けれど、近付かせることは出来る。
まだ世界の誰も知らない、新しい魔法を学んでほしい」
「それは、とても興味があるわね。
私も〔酷寒地獄〕を使えるようになるのかしら?」
「残念だけど、スノー。それは無理だと思う」
「どうして?」
「〔酷寒地獄〕で現出する冷気は、属性魔法で現出出来る冷気の限界を超えているからだよ」
属性魔法による冷却魔法は、潜熱。氷が融けることによる吸熱反応だ。だがそれだけに冷却能力に限界があり、当然ながらドライアイスを生成出来るほどの低温は実現出来ない。
〔酷寒地獄〕とは、即ち氷の融解潜熱量を超えた空間冷却魔法であるということが出来る。そして氷より大きな潜熱量を持つ物質として簡単に見出せるものは、二酸化炭素。この存在を認識出来るのは、現在ではサリアと俺だけだということだ。
「ともかく。そんな高位魔法の前に、基礎からやり直す。今まで皆が学んだ魔法とは全く違ったやり方でね」
「それは、具体的には?」
そして俺は、一つの樽を〔無限収納〕から取り出した。
「この中には、海水が入っている。
これを、飲み水に換えてほしい」
聞いて、ルビーが訝しげに問うた。
「それは、水属性の魔法の訓練か?」
「違う。それぞれの属性で行う。
とは言っても、風属性だけはどうやっても無理だから、風属性の使い手には別の課題を出す」
「ちょっと待て。火属性や土属性でも海水から真水を取り出せるというのか?」
「そう。そのやり方を学んでほしい」
◇◆◇ ◆◇◆
水属性に限らず、火属性・土属性の魔法を使って、海水から真水を取り出す(つまり塩を分離する)。これが俺の「新・四大元素論」の足掛かり。
「まず、水属性から。
水属性は、誰だっけ?」
と、スノー、サリア、ナナの三人が手を挙げた。
「で、土属性は?」
「土属性の使い手は、いません」
「おや。じゃぁ仕方がない。
ちょっとこれを見て」
片手にコップに入った水。もう片手に一握りの塩。
「この水の属性は水。では塩は?」
「……土属性?」
「に、なるね。
では、この塩を水に入れます。すると、海水と同じものが出来上がります。
先日サリアから話を聞いていると思うけど、風の中に水が溶けている。
それと同じように、水の中に土が融けているんだ。
水属性の使い手は、風に溶けた水を取り出して使える。
なら、土属性は水に融けた土を取り出せる筈」
そして、ルビーの方を見ながら、
「その逆のことも言える。
風属性の使い手は、風に溶けた水を排除することが出来る筈。
そして水属性の使い手は、水に融けた土を排除出来る筈。
それが今回のテーマ。
風属性は、誰?」
ルビーと、アナ、そしてサーラが手を挙げた。
「ではその三人は、空気中から水を取り出す練習。
水属性の三人は、樽の中から真水だけを取り出す練習。
ともに、それぞれ真水を一樽分作るように頑張って」
残ったのは、火属性の使い手であるシンディとメラ。
「二人は、実は他の人たちよりは簡単だ。水を熱してもらう。
そうすると、水は蒸発して風に溶ける。
でも水が溶け込んだ風を冷やすと、また水が出来るんだ。
水は風に溶けるけど、土は風に溶けない。だから風を冷やしたら真水だけが取り出せる。
冷やすといっても、水属性の冷却魔法を使おうと思わなくって構わない。ただ水をふんだんに含んだ風を逃がさないことが重要だ。
そこで、この道具を使う」
取り出したのは、蒸留器。酒の蒸留に使う道具である。
「この中に水を入れて熱すれば、水が溶けた風は容器の中から逃げられない。
そして熱源から離れた風は、自然に冷却され、こちらに流れていく。これはそういう装置なんだ。
蒸留器を使える分だけ二人は楽だから、二人はそれぞれ二樽分真水を作るように」
◇◆◇ ◆◇◆
「ねぇアディ。これ凄く難しいんだけど。呪文は無いの?」
「無いです。呪文なんて、本来魔法には無いんですよ、スノー。ただイメージを明確に持てれば、それだけで魔法は成立するんです。
なのに、より簡単に魔法を使えるようにと精霊神殿が呪文を作りました。
呪文を唱えれば魔法が発動し易くなった。けど、その分イメージの明確化という点では随分朧げなものになってしまったんです」
だから俺は、呪文には頼らない。ただイメージを固めるだけ。そして固まったイメージを具現化し易くする為に、そのイメージに名称を付けて登録するのだ。
ちなみに、俺の横ではシェイラが樽の水を沸騰させていた。彼女は既に、無属性魔法の〔加熱〕を使えるようになっている。〔冷却〕を不得手としているのは、単に嗜好の問題だろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「あの、アディ様。ちょっと質問なんですが」
「何だい、メラ」
「水は風に溶ける。
土は水に融ける。
では、火は土に熔けるのでしょうか?」
「良いことに気付いたね。
火はちょっと特殊でね。抑々が物質の中に熔けているんだ。
物質によっては簡単に熔けている火を取り出せるし、モノによっては取り出すのが難しい。
モノによっては中の火の量が少ないからすぐ燃え尽きるし、モノによってはいっぱいあるからなかなか消えない。
そして風が火に溶けたとき、火は炎になる。魔法の助けを借りる場合は風を必要としないけどね。
それらの性質を覚えておくと、色々出来る事が増えていくよ」
この考え方を、燃素説という。地球の歴史では四大元素論を否定する理論として登場し、しかし後年酸素説に取って代わられた。燃素説の存在は科学の発展を妨げた(酸素の発見を遅らせた)という論もあるが、俺は神秘学から脱して科学の基礎を築き上げた(観察と考察で物理現象を解明することを初めて試みた)という論を支持している。
(2,955文字:2016/01/13初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/15 03:00掲載予定)
・ なお、ここで語っている燃素説は、四大元素説寄りにアディが補正したものであり、地球史上の燃素説の内容とは一部異なります。
 




