第16話 高等教育~NAISEIの問題点~
第03節 興国の志〔5/5〕
サリアは、この世界で既に何度か四圃式農法が伝えられ、しかしそのいずれも無駄と断じられて破棄されてきたという歴史を知って衝撃を受けていた。
「豊作となるか凶作となるかは、農法だけでは決まらない。気象条件もあるしね。
そして連作障害も、一時的になら肥料を増やせば対処出来る。
そうなると、四圃式にすることで、単年度当たりの収穫量は四分の一に低下してしまうという問題点だけが残るんだ」
「だけど、その間にカブやクローバー……」
「穀物だけに着目すれば、初年度の収穫量は四分の一だよ。そして収穫量を減らさないようにしようとすれば、単純計算で四倍の農耕地が必要になる。
なら、輪栽せずに四つの農地で穀物と根葉と豆類等をそれぞれ栽培した方が良いじゃないか、っていう話になるんだ」
「でもそれだと連作障害が……」
「短期的には腐葉土などの肥料で誤魔化せる。それでも収穫が落ち込むのなら、それはきっと天気の所為だ。つまり、四圃式それ自体は無駄なんだ」
「……何よ、それ?」
「誰でも今までやっていたことを否定されたくない、っていう話だよ。
四圃式農法で効果があるってわかるのは、10年以上経過観察して、それぞれの年の収穫量と気象を記録して、それを比較して、分析・検証した結果判明することだ。
だけど、農民は抑々識字率が低い。読めても書けないし、書けても記録するという習慣が無い。だから全て経験則で判断する。
収穫量が減った。あぁ雨の日が続いたからね。あれ? 肥料が足りなかったのかな?
収穫量が増えた。精霊神様有り難う。
これで終わりだ。そんなときに目に見えて初年度収穫量が減少する四圃式農法を、誰が歓迎する? ましてや齎したのは、得体のしれない人間だ。拒絶出来る理由があれば、すぐに皆乗るだろうさ。
サリアは騎士王の庇護下にあった。だからサリアが指導した四圃式農法を農民たちは受け入れた。だけど、賭けても良いよ。数年後、騎士王国で四圃式農法を行う農民はいなくなる」
所謂NAISEI(転生者や転移者がその知識に照らし、それまでの文明や技術革新を無視した改革を行うことの総称)の、これが最大の問題点。経験則を否定されて、そのことを笑って受け入れる人など、いる訳無いのだ。
「話を戻すけど、だからやるのなら、まずは識字率を上げることを優先しなければいけないんだ。
過去の転生者のおかげ――多分――で、安価な紙が既に大量に生産されている。なら、識字率を上げ、その次に記録するという習慣を農民に徹底させる。
それと並行して知識層に統計・分析の技法を教え、その活用法を知らしめる。
四圃式農法を伝えるのはそれからだ。
通常の農法と四圃式農法を、気象やその他の条件を除外して比較出来れば、四圃式農法の価値がわかる。知識人を農地に派遣し、農民が記録した情報を分析し、その効果を数字で表すことが出来て、初めて四圃式農法が定着するだろうね。
ちなみに、結果が出ればそのあとは分析の技法なんかの出番は無くなる。だけど知識レベルを維持させる為に学校で教え続けると、いずれ生徒がこう言うんだ。『学校で勉強したことは社会では何の役にも立たない』って」
「あっ……」
「だけど、これも以前言ったよね。『神は人間が作った』って。今この場でそう言うと、反論したがる人は多いと思うけど、俺とサリアの間では、それは一つの仮説として受け入れられる。何故だ?」
「それは、あたしたちが前世の記憶があるから――」
「前世の宗教国家でもそんなことは、考えることさえ赦されなかったと思うよ?
それが出来るのは、前世で俺たちが生きた国が日本だったからだ。
日本は、学習指導要領で宗教教育・思想教育を禁じている。現場の教師がどうしているかは別の話だけど。
だから、日本で教育を受ければ、神の教えが絶対じゃないということを当たり前のこととして受け入れられるんだ。
そして、神の教えさえ絶対じゃないのなら、王の言うことは間違って当然だ。なんせ王は人間なんだから。『貴族は平民とは違って神の祝福を受けた特別な存在なんだ』という貴族がいても、俺たちは笑って否定出来る。
交配して子を宿せるのなら、それは同種の人間ということだ。
貴族も、平民も、貧民も、亜人も、獣人も。皆等しく人間だと言える。
それは、俺たちの前世に貴族や亜人がいなかったからじゃない。そういう教育を受けて育ってきたからなんだ」
「ちょっと待て。それには異を唱えたいな」
口を挟んできたのは、ルビーだった。
「豚鬼は人間の女に仔を産ませる。なら、オークも人間ということか?」
この言葉を聞いて、サリアさん爆笑。「く……、くっころさん、貴女がそれを言うの……?」
「サリア、自重。
くっこ、じゃなくルビー。貴女の考えは間違っているよ。
人間同士で子供を作れば、生まれる子供は両親の要素を受け継ぐ。
例えばシンディ。ハーフドワーフの父親と、人間の女性の間に生まれている。
山妖精の血を引いているから成長が遅く、人間の血を引いているから身長も高いし何処とは言わないけれど大きい。
けど、人間の女性の胎から生まれるオークに、母親の資質が受け継がれることはない。これは母親が人間に限らず、森妖精や小鬼だったとしても同じだ。
つまり、オークは女性の胎を借りて自身の複製を作っているだけで、厳密な意味の生殖じゃない筈だ」
「厳密な意味の生殖と、そうでない生殖とがあるの?」
今度はシンディ。自分の出生を取り沙汰されたからか(或いは身体の一部分を揶揄されたからか――この世界の女性にとって、小さいことは劣等感の源だけど、大き過ぎることもはしたないことだとされている――)、口を挟まずにはいられなかったようだ。
「生殖とは本来、両親の資質を掛け合わせることで新しい資質を生み出すことにある。片親だけじゃ足りないんだ。
だけど、オークの場合何人子供を産ませても、それは全て自分の複製でしかない。
その資質は、数えるほどしか無いんじゃないかな。
或いは、女の胎を借りて複数の雄性体の資質を掛け合わせた生殖形態なのかもしれないけれど」
後者の可能性が正しいのなら、オークは全て二卵性双生児のキメラの可能性がある。その染色体パターンは基本YYYの三倍体ということになるだろう。仮にオークに雌性体がいても、三倍体なら生殖能力はない。そして雄性体の三倍体生物は精力が強いという。そのあたりがオークの生殖行動の起因なのかもしれない。
「よくわからないけど、普通に子供が生まれるのなら、貴族も獣人も、神が作った同じ人間だということね」
「スノー、それで良いんです。今はそれで充分。
同じだから間違えるし、同じだからわかり合えるんです」
(2,982文字:2016/01/11初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/13 03:00掲載予定)
【注:「三倍体」についての解説は、公益社団法人 日本水産学会のHP内トピックス「子ども水産大学 バイオテクノロジー講座〔味が良く大きい! 3倍体の魚〕(http://www.miyagi.kopas.co.jp/JSFS/JSFS-kids/daigaku9.html)」などを参照しております】
・ 四圃式農法は、大規模農園に於いてこそより効果を発揮します。その為、大資本による農地の買占めとその結果の貧富の差の拡大といった、近代資本主義の弊害を引き起こす元凶にもなります。
・ 四圃式農法の効果を実感する為には、異常気象等が無ければ2回転以上(9年以上)、異常気象等があれば5-6回転(20年以上)記録を重ねる必要があることでしょう。
・ なお、統計分析の為には度量衡の統一が必要になります。




