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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第五章:「逃亡者は社会学者!?」
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第15話 高等教育~戦術論~

第03節 興国の志〔4/5〕

「ところでアレク……ぢゃなく、アドルフ……ってやっぱ言い(づら)いわね、アディ。

 もう奴隷じゃないんだからアディで良いよね?


 アディ。キャメロン騎士王国の艦隊との戦いのとき、やけに具体的に騎士王国の戦術を把握(はあく)していたよね?」


 やはりこれまで騎士王国で育った所為(せい)か、サリアは自分の生国(しょうごく)の軍隊があっさり負けたことがそれなりに気になるようだ。


「彼らの戦術はわかっていたからね」

「え? いつの間に?」

「シャーウッドで勉強しましたから」

「劣等生だったのに? と言うか、いつそんな勉強を?」

「授業全般がそれだったよ」

「どういうこと?」


 理解が及ばない、という風情(ふぜい)のサリア。だけど別に不思議なことではない。


 まず剣術の授業は、(ソード)より曲刀(シミター)騎兵槍(ランス)であった。曲刀が威力を発揮するのは、軽装の(或いは鎧を着ていない)相手に対した時と、(セイル)などを切る時だ。つまり、海上戦闘が前提ということになる。そして揺れる船の上での剣術を想定しているから、常に足を動かす機動戦が重視されるのだ。

 一方陸戦は、騎馬突撃が前提となる。東大陸では弓兵や長槍(パイク)兵などがいる為騎馬突撃だけでの決戦ということはあり得ないが、同一民族・同一国家内の戦闘であれば共通認識の上での戦闘が起こり得る。たとえば戦国時代の日本や中世前期(ジャンヌ=ダルク以前)の欧州などはそうであった。だから決められた約束事(ルール)内での戦闘には最適化されるが、それ以外の戦闘は不得手(ふえて)ということになるのだ。

 また弓射は(クロスボウ)。これは水平射(水平照準)が前提で曲射(山形(やまなり)に撃つこと)には向かない為、射程は期待出来ない。その一方で近距離の威力を重視する為矢弾(クォレル)は短くなる(空気抵抗を減らす為)。だから逆に、曲射しようとすると風に乗せることが出来ない(空気抵抗が無くなる訳ではないので、長射程だと風などの影響を受ける。その影響を計算出来ない)為、命中率は極端に下がるのだ。

 だが、海上戦闘では長射程の矢など大して効果は無い(火矢を除く)。接近し、接舷(アボル)移乗(ダージュ)を前提とした露払(つゆばら)いで飛び道具が使われるのだ。だからこそ、射程や連射能力に(ひい)でる弓より命中率と打撃力に秀でる弩が選ばれるのだ。


 これらの事実を知っていれば、陸戦では騎乗戦闘が出来る戦場での戦闘は徹底的に避け、また戦闘が避けられないのなら馬の機動力を殺す戦い方をすればかなり有利に戦況を展開出来ることがわかる。

 一方海戦では接舷移乗を許したら東大陸側の軍隊に勝ち目はない。なら距離を置いて艦体への直接攻撃。これに尽きる。対水兵戦ではなく対艦戦を想定するのなら、投石器(カタパルト)などを使うのが良いだろうが、投石器の命中率は大したことが無い。或いは大型の弩砲(バリスタ)などか。他の選択肢は魔法だろう。


 そして俺たちは、空対艦高速機動戦を選択した。ランチェスターの二乗則を採り上げるまでも無く、空対艦は艦対空に比して優位であるが、それ以前に弩では個艦単位の迎撃しか出来ず、同時に対空(仰角(ぎょうかく))射撃を不得手(ふえて)とする弩で、更に相対速度が時速数十km(キロ)(同航戦、反航戦共に)で的確に迎撃しろという要求それ自体が無茶ということになる。

 シェイラは、艦体そのものに被害を生じせしめる種類の攻撃手段を持ち合わせていない。また海上から海中にある(かじ)を攻撃・破壊する為には海面で静止してからの攻撃が必要となり、(すなわ)ち敵の攻撃に(さら)されるということでもある。

 しかし飛行しながらであれば、その速度域での被弾はほぼあり得ないと判断出来た為、体当たり戦術に(ひと)しい(セイル)に対する攻撃を命じたのである。


 こういったことを説明すると、質問してきたサリアのみならず、スノー(ルシル)ルビー(シルヴィア)他皆が感心したように(うなず)いていた。


「高等教育っていうのはね、サリア。本来はその国の政策そのものなんだ。

 騎士王国では軍事は騎馬戦と海戦――それも接舷移乗戦――が(たっと)ばれた。だからそれを重点的に教えていたんだ。


 だけどその一方で、算術は数字遊びの(いき)を出ていなかった」

「え?」

「数学は本来、物理学や自然科学を解析する為に発達したものだ。だけどこの世界では、魔法があるから数学の重要性は低い。

 シャーウッド魔法学院で教えていた算術は、実用性のある数学じゃなく、大学受験の練習問題のような、ただ難しいだけで実用性皆無の算数だったんだ。つまり、あくまで知的活動の一環としての学問だ」

「……日本の義務教育のような?」


「それも誤解だな。(いや)、誤解とも言い(がた)いけど。

 サリアは前世で、『学習指導要領』というのを見たことがあるか? 中学でも高校でも構わないけど」

「見たことないわ」

「うん、学習指導要領にはね、この学年が修了するときまでにここまでのことを教えなさい、って書いてあるんだ。つまり、高校三年を修了した人は、皆同じレベルの知識を身に付けていることになる。


 よく、『学校で勉強したことは社会では何の役にも立たない』って言うよね?

 けど、社会で役に立つことだけを教えたらどうなる?」


 発展途上国とされている国は、勉強する(ひま)があれば働けという。この世界の平民や貧民階級の親も同じことを言う。勉強するなら、それは仕事に役立つ知識を身に付ければ充分じゃないか、と。

 換言すれば。『社会では何の役にも立たない』ことを教えられるのは、その国が豊かである何よりの(あかし)なのである。また所謂(いわゆる)貧困層でさえ、他国の知識層に準ずる知識を持っている国というのは、他国にとっては脅威以外の何物でもない。

 そして、『社会では何の役にも立たない』と思っていたことが、ふとした(はず)みで活きてくることがある。たとえば異世界に転移した時とか(笑)。

 役に立たないと思っていても、知識があれば出来る事が増える。畑を(たがや)すことしか知らない農民の子は商人にはなれないが、知識として商業を学んだ農家の子供は、勉強した時は無駄知識だと思っていても、社会に出た後で商人になるという選択肢が生まれるのである。


「じゃぁ、騎士王国は豊かだから無駄知識である数学を教えていたのか。

 答えは『(いな)』」

「……どういうことなの?」

「具体的に言うと。サリアは騎士王国に四圃式(ノーフォーク)農法を教えただろう?」

「うん。皆に(すご)く喜ばれたよ」


「だけど、騎士王国に四圃式(よんぼしき)農法が伝わったのは、俺が知る限りサリアで三回目なんだ」

「三回目? でもあたしが教えるまでは連作障害で――」

「一度目はカナン帝国時代。帝国官僚の入間(シロー・)史郎(ウィルマー)が導入した。

 二度目は騎士王国で。学院の図書館に資料があった。

 どちらも結果は同じだった。

 最後はそのやり方を無駄と断じ、元のやり方に戻ったんだよ」

「何故、なのかな?」


「記録し、比較し、分析し、検証する。そういう数学的知識が農民たちになかったからだ」

(2,966文字:2016/01/11初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/11 03:00掲載予定)

【注:「ランチェスターの二乗則」とは、正しくは「ランチェスターの第二法則」といい、大意は「遠距離攻撃が出来る場合の軍の戦闘力は、武器の性能に兵数の二乗を掛けたモノに等しい」ということで、武器の性能が同じなら兵数の二乗が、兵数が同じなら武器の性能差が趨勢を定めるという至極当然のことを数式で表したものです。ただ、航空戦力の対地(対艦)戦に於ける優位がどの程度かは研究者によって諸説あります。

 学習指導要領は、文部科学省のHP(http://www.mext.go.jp/a_menu/01_c.htm)で確認することが出来ます】

・ ちなみにこの世界、四圃式農法を否定した反動で、三圃式農法さえ生まれていません。

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