第14話 改名
第03節 興国の志〔3/5〕
名前を変える。
必要とはいえ、やはり抵抗はあるだろう。
俺は前世の記憶があるだけに、「アレク」という名さえキャラネームとか筆名とかの類に思えてしまうが。
「じゃぁ私は『スノー』にするわ」
「何故?」
「誰かさんに雪娘呼ばわりされ過ぎて、この名に違和感を覚えなくなっちゃった」
「アレク……」
「ちょい待ちシルヴィアさん、俺は今日から『アドルフ』と呼んでほしいな」
「何故拠りにもよってアドルフ?」
打てば響くようにサリアが反応した。
「俺とサリア。同時代に転生者が二人いて、大陸を隔てていたとはいえ出会うことが出来た。なら三人目がいないとも限らない。
そして三人目がいた時に、俺の名前に反応したら、すぐにそうだとわかるだろう?」
「どういうことなの?」
「それはねルシ……、じゃなく、スノー。
俺たちの前世の世界で知らない者はいない程の、歴史上の大悪人の名前なんだ、『アドルフ』ってのは。
計算の仕方にもよるけど、前世の世界の『アドルフ』は、都合数千万人を死に追いやったからね」
「すうせ……! 何故選んでそんな名を名乗る?」
「大悪人だけど、同時に最も有名でもあるから、というのが一つ」
「一つ、ということは他にも理由があるの?」
「もう一つは、彼の世界の『アドルフ』の名誉挽回の為」
これは前世の世界では決して言えないこと。
誰しも一国の王ならば、一民族の長ならば。
他国や他民族の行く末より自国・自民族の繁栄を優先するものだろう。
実際、ワイマール憲法下で彼の国の民は、『アドルフ』が政権を取ることを熱狂的に支持したのだから。
彼が戦に敗れたから、戦勝国と彼の国の民から悪人呼ばわりされ、彼が起こした戦争が世界中を巻き込んだから、世界の大罪人とされただけだ。
だから、俺が彼の夢を継ぐ。他民族を抑圧するのではなく、俺が興す国の民を幸せにする為に必要なら力を使い、「道を誤った偉大な指導者」という評価の前半部分をこの世界の後世に遺さず『アドルフ』の名のみを伝えてみせる。
後年彼の世界からの転生者や転移者が此の世界に来た時、『アドルフ』の名が偉大なる王の名として伝わっていればと夢見て。
「よくわからないが、それならそう呼ぼう。アドルフ、否、呼び難いな。アディ」
「それで良いよ。呼び易い呼び方で」
「じゃぁアディと呼ぼう。
で、私の名前か……」
「良いのが無ければ『ルビー』なんてどう?」
「元の名前は銀だし、髪の色は金だし、瞳の色は蒼だし、紅の要素が一切ないのだが?」
「薔薇畑だから紅、は変じゃないと思うが? それにね、俺たちが前世に生きた国では、『ヴィ』(-vi-)と『ビー』(-by)の区別がなかなか付かないんだ。近い音ということで、取り敢えず選んでみたけど、別に他のでも良いし」
「良いじゃない、ルビー。私紅玉は結構好きよ?」
「姫様、では姫様がお好きな宝石の名を頂戴致します」
「『姫様』じゃなくスノー。貴女の妹です」
「はい、スノー」
「私は名前を変えなくて良いのでしょうか?」
つ、とシェイラが口を開いた。
「私は冒険者として結構名前が売れています。そして私のご主人様はアレク様、アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵であると多くの人が知っています。
私からご主人様の正体に辿り着く可能性もあるのではないでしょうか?」
「否、寧ろ逆だ。
シェイラがセレストグロウン騎士爵の奴隷であったことは知られていても、シェイラが既に奴隷から解放されていることで、セレストグロウン騎士爵の死亡説に真実味が増す。
セレストグロウン卿がシェイラを溺愛していたことも周知だからね。卿の死後財産を相続した上で身分を解放されたと、誰もが思うだろう。
そのシェイラの隣にいる『アドルフ』なる男が、実はセレストグロウン騎士爵だと思う人は、まずいないと思うよ」
「はい!」
歓ぶシェイラを見ながら、スノーが口を開いた。
「シェイラさん、シンディさん、サリアさん。
これからは、私たちは皆アレク……じゃなくアディの家族です。
だから私たちに対しても、変に畏まった物言いをしてはいけませんよ?」
「は、はい」
「年齢順で考えると、リリスが長女でシンディが次女、シル……ぢゃなくルビーが三女、スノーが四女、その次に俺が来て、サリアが五女、末妹がシェイラ、か」
「え? でも変に事情を説明しないようにする為には、ルビーさんが長女でリリスとあたしがそれに続くという形の方が、違和感が無いんじゃない?」
「待てシンディ。それは私が老けていると言いたいのか?」
「本当の年齢で言ったら、クォータードワーフのあたしはルビーさんより年上だし、リリスに関して言えば桁数だけで10本の指の殆どが埋まるから。
なら外見年齢で順番を決めた方が良いと思うよ?」
「納得出来ん! 確かにドワーフの血が入ったシンディは年齢より若く見られがちだが、私の方が外見年齢は若い!」
「なら、ラザーランド船長に尋いてみましょう。
船長、どっちの方が老けて見えます?」
「!」
「!」
「!」
船長、顔面蒼白。この質問に答えられる男がいたら、是非連れて来てほしい。
◇◆◇ ◆◇◆
ともかく!(一連のやり取りを無かったことにする)
取り敢えず話が落ち着いたところで、侍女さんたちが口を開いた。
「私たちも、姫様、否、スノー様に暇乞いをしなければなりません」
「え? どうして?」
「先程アドルフ様がシェイラさんにおっしゃった言葉そのままです。
これ以降は主従としてではなく、家族として、友人として皆様にお仕えしたいと思います」
「『友人に仕える』って、その表現自体が矛盾しているわね」
「確かに。では言葉を改めましょう。
私たちは皆様と共にありたい。姫様の侍女だからではなく、雇用関係にあるからでもなく、ただ共にありたいから。許してくださいますでしょうか?」
俺たちは皆、顔を見合わせた。
元王女、元女騎士、元冒険者、元奴隷、元邪神、元女鍛冶師、元村娘。
この面子で、元侍女が加わったからといって、何が変わるのだろう? 誰の許可が必要なのだろう?
「アナさん、サーラさん、ナナさん、メラさん。
貴女たちは、もう既に俺たちの家族です。
許しなんか求めなくて良いんですよ」
(2,736文字:2016/01/10初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/09 03:00掲載予定)
【注:「アドルフ」の名は「高貴なる狼」を意味する、ゲルマン民族に於ける一般的な男性名ですが、第二次世界大戦以降は殆ど使われることが無くなったと謂われています。なお「アドルフ」の本来の短縮系(愛称)は「ドルフ」ですが、スポーツ用品会社「アディダス」の創業者「アドルフ・ダスラー」は自らを称して「アディ・ダスラー」と呼び、それが「アディダス」の名の由来となったそうです。
「ローズヴェルト」は、日本語では慣習的に「ルーズベルト」と表記されます】
・ 念の為。筆者はナチズムを信奉している訳ではありません。ヒットラーが『悪』とされた最大の理由を一言でいえば「他民族のヘイトが貯まり過ぎた為」。出生(民族)や思想・信仰などで差別することなど洋の東西・時代を問わず、権力者は誰でもやっていることですし、その結果被差別民族が暴発して政権を打倒するなど良くある話。が、ヒットラーはそれをあまりにもあからさまな形で、しかも世界規模でやってしまった。それが彼の名を「邪悪」の代名詞にしたのです。だからこそ。アレクは「邪悪じゃない」アドルフの名をこの世界に残すことを目論みその名を選んだのです。




