第13話 契約解除
第03節 興国の志〔2/5〕
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貿易港ラーン。西大陸最大の港湾都市である。
一応キャメロン騎士王国に属し、騎士王国に税を納めてはいるが、その実態は独立した都市国家に等しい。その為騎士団であっても無闇に市内に入れないし、市内での抜剣は許されない。
市外での如何なる犯罪も市内では問われず、市内での無法は市内で処罰される。
その為犯罪者たちにはある種の天国のように思われている。
だが同時に、貿易港としては世界最大規模を誇っており、ありとあらゆる交易品目が入手出来るとも謂われている。
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ラーンで、不足している物資を補給することになった。
と同時に、商人ギルドの為替が使えることがわかった為、絹や綿花や香辛料、馬・牛・羊・山羊・家豚などの家畜類や、鶏や鴨などの家禽類を購入した。
家畜等は「眠らせれば〔無限収納〕に収納出来る」ことが判明した為、思い切って買えるだけ買ってしまったというモノである。
また、船の上に持ち込む家禽類や家畜類を最少にすることで、秣(家畜の餌)の備蓄も節約出来る。
その他食糧等や船の修繕資材(金属類や木材等、それに帆の補修用の布材)も船の積載限界量を無視して購入し、全て俺の〔無限収納〕で管理することになった。
そんな形で改めて出港準備を整えている間、俺はある儀式を行うことにした。
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「ルシル王女。受け取って戴きたいものが御座います」
「どうしたのアレク、改まって」
靴の踵から黄金拍車を折り、王女に差し出した。
「今この時を以て、騎士の位を返上したく存じます」
「どういうことなの? わた、私はアレクの姫としては不足だと?」
「フェルマール王国はもう、存在しないモノと思った方が良いでしょう。
ですので王命や王国に対する忠義は、既に形骸化しております。
加えて私は、陛下の遺訓を果たすつもりはございません」
「そう。確かに私は至らない王女だったわね。貴方に見捨てられても仕方がないということね」
「これからは騎士と王女としてではなく、一人の冒険者と庇護する女性として、共にありたいと思います」
「え?」
「王国を再興する為に王女を守るつもりはありません。が、一人の女性である『ルシル』を守る為ならば、この剣を振るいましょう」
俺が黄金拍車を返上した意味が、ルシル王女の心に伝わったようだ。
染み入るようにそれを受け止め、溢れるように涙が零れた。
「そうね。うん、有り難う。
シルヴィア、貴女も黄金拍車を返上しなさいな」
「しかし……」
「これからは騎士と王女ではなく、姉と妹よ。駄目?」
「そんなことはありません」
シルヴィアさんも涙していた。こんな状況になったから、初めて赦された新しい関係。それを二人は好意的に受け止めたのであった。
「ラザーランド船長、アンタはこれからどうする? これからは海の貴族を名乗るか?」
「それも良いな。アレクがいてくれれば大儲け出来そうだ。
だけどお前は陸の男だろう?」
「あぁ。どうやら俺は、遠からず国を興さなければいけないらしい。
他の国を乗っ取るか、掠め取るか、或いは人跡未踏の地で国を造るか。
どっちにしろ陸で生きることになるだろうな」
「ならお前が国を造ったら、その国で海運を任せてくれないか?」
「否、その場合は海軍総督を任せるよ。当然海運は船長の部下が仕切ることになるだろうな」
「そりゃぁ良い。じゃぁその時に備えて、船団を組織するとしよう」
更にシェイラとサリアを見ながら。
「リリス。二人の奴隷契約を解除してほしい」
「! ご主人様。もう私は必要ないのですか?」
「違うよ。これからは主従じゃなく、家族になるんだ」
「では今のままで良いじゃないですか」
「そうもいかない。考えていることもあるしね」
「どのようなことを考えていらっしゃるのか存じませんが、今のままではいけないのですか?」
「シェイラは奴隷のままでいたいのか?」
「ご主人様との奴隷契約は、ご主人様との絆です」
「そうか。なら余計、契約を解除する必要があるな」
「どうして?」
「形ある絆に頼る必要が無い、そんな絆を築きたいからだよ。
象徴としての形が欲しいのなら、あとで指輪でも作ろう」
「指輪?」
と、ここでサリアが口を挟んだ。
「あたしたちの前世ではね、夫婦はお揃いの指輪を左手の薬指に嵌めるの。
二人の絆を周知させる為にね」
「ひゅ、夫婦?」
噛んでる噛んでる。
「シェイラちゃん。あたしは旦那様の妾第一号だけど、正妻に相応しいのはシェイラちゃんだと思うよ。“正妃”と謂われたらルシル姫になると思うけど」
「!正妻?」
「正妃だと? アレク、お前は姫様、否ルシルをそういう目で見ていたのか?」
「待て待て待て!
まずシンディ、場を引っ掻き回すな。
シェイラ、夫婦だけが家族の関係じゃないだろう? そういうことはこれからゆっくり考えれば良いんだ。
シルヴィアさん、シンディの冗談を真に受けないで。
ルシルおうj……さん。いきなり顔を赤らめないで」
なんか場が混沌としてきたな。
「ともかくリリス、頼む」
「わかった」
二人の奴隷契約はあっけないほどあっさり解除され、二人の首からその証たる首輪が落ちた。
「じゃが御屋形様よ。指輪は妾にも寄越すのだろうな?」
「……左手薬指に嵌めることを前提に、話を進めるな。それに俺は一体幾つの指輪を用意しなければならないんだ?」
「この様子だと、五つは確定じゃろ? 否、仲間外れにされると拗ねるからくっころの分も必要か?」
「! 私の分は必要ない」
「……と言っているけど、うちの姉様は素直じゃないから。一応でも用意しておいてくれると助かるな」
「姫様!」
「姫じゃなくてルシル。これからはそう呼んで」
「いや、そのことでも話し合う必要がある。
少なくとも俺とルシルさん、シルヴィアさんの三人は、名前を変えた方が良い」
「え?」
「間違いなく東大陸では指名手配に近い形になっているからね」
「あぁ、そうね」
「じゃぁどんな名前が良いかな?」
(2,685文字:2016/01/10初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/07 03:00掲載予定)




