第11話 滅びの理由~亡国の王女~
第02節 王国炎上〔4/4〕
「でもやっぱり納得が出来ないわ。
侵略されているのは王国で、裏切られたのは王家なのよ。
なのに王国が、王家が悪だというの?」
「どちらかが悪だとしても、もう一方が善だとは限りません。
絶対善と絶対悪の対立、善悪二元論などこの世界のどこにもないのですから。
被害者はフェルマール王国であり、王家であるかもしれないけれど、王家の側にもそうなるに値するだけの理由があった、ということです」
「それってさぁ、婦女暴行の被害者に対して『襲われる側にも科がある』って言っているのとどう違うの?」
前世のワイドショーの識者の言葉を思い出したのか、サリアがまた口を挟む。
「大意に違いは全く無いよ。加害者の免罪理由にはならないだろうけれどね。
はっきり言って被害者に1の過失があったからといって、加害者の100の悪意と相殺することは出来ないだろう?
ただ、隣接国全てが敵に回り、逆に言えば味方する隣国は無く、国内の多くの貴族が離反した。王家の縁戚である公爵家でさえ。これだけ見たら、『過失が1』とは言い切れないよね」
抑々、前世の世界でだって全く過失の無い被害者というのは無いといって良い。
通り魔殺人の被害者とて、『日本の繁華街で無差別殺人に走る狂人がいるとは思わなかった』という油断が一つの過失だとも言えるし、アメリカの銃乱射事件だとて『異常者が銃器を持って眼前に現れることを想定していなかった』という判断の甘さが一つの過失だと言える。
勿論、それは『1の過失』どころか『0.001の過失』程度の話でしかなかろうが。
「他国に与し易しと侮られた。それは外交の敗北だ。
多くの貴族たちに与して益なしと見限られた。それは王権の敗北だ。
どちらにしても、王国の命脈は尽きたと考えるべきだろう」
泥棒は、銀行の大金庫を狙うより独居老人の箪笥貯金を狙う。
掏摸は、運転手付き高級車に乗る御大尽の財布を狙うより、生活に疲れたサラリーマンの尻ポケットの財布を狙う。
成果より安全を選ぶ。狙われるのはそれだけの理由があり、それを放置していることこそが被害に遭う理由ともいえる。
世界の彼我を問わず、貧民街の住民の財布を狙う盗賊などはいないのだから。
「俺は以前、カナン帝国の歴史を調べたことがある。
初代皇帝アレックスは、軍事参謀としての大賢者タギと、財務官僚としてのシロー・ウィルマーの二人に支えられ、数十年で史上最大の帝国を作り繁栄させた。
彼は絶大な魅力があった。だから黙っていても皆彼に付いて行った。
だが、彼無くしても国が機能する、そんな組織にはなっていなかった。
だから、彼の死後あっという間に国が傾いた。
おまけに彼は、後継者の育成を怠った。だから彼の後継候補らは、国を支える者としての自覚もなく政争に明け暮れたんだ。
そして三代目の少女帝が即位したときには、もう国を立て直す力も残っていなかった。
翻ってフェルマールはどうか?
400年の長きに亘って繁栄したこの国は、しかし実態は爛熟していたんじゃないか? 延命の為に変革が必要だったにもかかわらず、平穏に甘んじて変化を拒絶したんじゃないか?
下手に貴族たちに疑いの目を向けたらそれが騒動の種子になる。
その考えそのものが国を腐らせたとどうして言えない?」
自分の言葉をそのまま返されたシルヴィアさんは、俯いてしまった。
「フェルマールは滅びました。仮に今現在王都が陥落していなかったとしても、もう時間の問題です。酷だけど、この国を救済することは民が望まない」
「で、では……父上や兄上たちだけでも、お救いすることは出来ませんか?」
「無理です。
否、すべきではありません。
王、そして王太子は王国そのものです。国が再興出来るのなら命を賭して王と王太子を守るべきでしょうが、王国が滅ぶのであれば、王と王太子は王国に殉ずるべきです。それが彼らの、王族としての最後の役目であり、その矜持を守る最後の選択肢です。もし彼らに生き恥を晒す気があるのなら、彼らは今この船に乗っていた筈なのですから」
「でも……、なら、姉様や妹たちを助けることは出来ないかしら?」
「簡単に『出来る』とは言えません。
確か第一王女は、ロージス辺境伯の嫡子に降嫁していましたよね?」
「そう……ね」
「ロージス辺境伯領が陥落して、その後ルーナ王女がどうなったのか。情報が全くありません。
配偶者である伯子と連座で斬首された可能性も否定出来ません。
次に第三王女。王女は今16歳と聞いておりますから、我々が西大陸に来ている間にどこかの貴族の下に降嫁していれば、可能性は――」
「俺がパスカグーラに戻ったときは、シーナ王女は王都の学院で勉強中だった筈だ。どこかの貴族のボンボンと恋仲だって噂はあったけどな」
「ならその貴族のボンボンが王女を守り抜いていれば、寧ろ任せて大丈夫でしょう。けどそうじゃなかったら、良くて一般奴隷、悪ければ戦争奴隷でしょうね」
「良くても奴隷、なの?」
「えぇ。労働奴隷の立場になれれば、ある程度仕事は奴隷の側で選べますから。
けど戦争奴隷は犯罪奴隷扱いです。戦勝国の将軍や貴族の慰み者にされる可能性もあるし、『フェルマール王家の血を残さない為』と言って女性にはとても言えないような処置をされてしまうかもしれません」
「……」
「第四王女。ロッテ王女のことは、はっきり言って完全に予想が出来ません。
御年10歳と聞いていますから、最高に運が良くてどこかの孤児院で保護されている。そうでなければ、道端で冷たくなっている方がまだましという未来しか想像出来ないんです」
「……幾ら何でも、もう少し言葉を選べないの?」
「これでもまだ柔らかい表現にしているつもりです。見目麗しく、しかし誰の後見もなく、労働を経験したこともない幼女の行く末に、まともな可能性が無いんですよ。
ラザーランド船長、貴方ならどう思います?」
「……俺がその場にいるのなら、出来る事は二つだな」
「二つ?」
「連れて行くか、さもなくばその場で殺すか」
「な!」
「アレクの言うことは本当です。保護出来ないのであれば、その場で殺してあげた方がロッテ王女の為です」
◆◇◆ ◇◆◇
今いる場所は海の上。マーゲートから離れて最早陸地が見えない。
道も無ければ標もない。
どちらを向いても絶望しかない今の状況に似てるな、とルシル姫は現実逃避気味に思うのであった。
◇◆◇ ◆◇◆
「ですが、王女たちに生存の可能性があるのなら、救出することも吝かではありません」
(2,604文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2016/01/10初稿 2016/11/30投稿予約 2017/01/03 03:00掲載 2021/01/30脱字修正)
・ アレクにとって、王国の滅亡は他人事です。愛国心など欠片も持ち合わせていないうえに、王家貴族にあまりいい印象を持っていません(貴族代表=ベルナンド元辺境伯で、王族=ベルナンド辺境伯を制することが出来なかった連中、という評価)から。
・ 「帝衣は最高の死装束」という言葉もあります。東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌスの治世の最中、暴徒に宮殿が囲まれた時、逃げようとする皇帝ユスティニアヌスに対し皇后テオドラがそう告げ、宮殿に踏み止まらせて暴徒たちを撃退させたのだそうです。この故事では結果勝ち戦になりましたが、それ以外にも白装束で劉邦(漢王朝高祖)を出迎えた秦帝国の最後の君主(秦王)子嬰や、マッカーサー元帥にその首と引き換えに国民の安寧を願った昭和天皇裕仁陛下のお振る舞いなど、史実の負け戦に於ける国主の行動は、その人の人生そのものを物語っているといえます。




