第07話 マーゲート沖海戦
第01節 騎士王国からの脱出〔7/7〕
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夏の一の月が終わる頃。ようやく水平線上に姿を見せたマーゲートの港を眺めながら、しかしラザーランド船長は焦燥感を隠し切れずにいた。
入港して諸手続きを終え、王都キャメロットを経由してシャーウッドの魔法学院に赴き、ルシル王女一行の帰国手続きを終わらせるのに一体どれだけ時間がかかるか。それと並行して物資の補給もしなければならない。またその急な帰国で騎士王国に対する礼を失する行いをする訳にはいかないが、逆にフェルマールの現状を知られる訳にもいかない。腹芸とは無縁の海の男であるラザーランド船長にとって、これは大変な難事に思えた。
が。
「船長、何か飛んで来やす!」
「何かって何だ?」
「わかりません!」
「莫迦野郎! わからないなんて報告があるか!」
「へい、すいやせん。何か人間に見えるんですが」
「人間が空を飛ぶか!」
「否、間違いなく人間です。ありゃぁ、アレクって小僧ですぜ」
「なんだと?」
そこには正しく、アレクサンドル・セレストグロウン騎士爵がこちらに向かって飛んでいた。
「アレク! お前どうやって空を飛んでるんだ?」
「すまん、雑談は後回しにしてくれ。緊急の用件がある」
「緊急の用件なら俺らにもあるが、ともかくお前の話を先に聞こう」
ただ事ではない何かが起きた。アレクの様子からそれを理解したラザーランド船長は、自分の用件を後回しにしてアレクの話を聞く姿勢を取った。
「俺たちはキャメロン騎士王国と決裂し、事実上の戦争状態に陥った」
「なんだと! 戦争状態って、お前たちは10人そこそこしかいないだろう?」
「騎士王国近衛騎士団は壊滅、先日このマーゲートで騎士王国の陸軍凡そ八千を鏖殺した。最早和解は有り得ない」
「八千を鏖しって……」
「最小限の補給物資は俺の〔無限収納〕にある。マーゲートで錨を下す時間も惜しい。姫様たちと、それから領事館の職員を収容したら、すぐに離岸してほしい」
「わかった。だが物資の目録は寄越せ。帰路それで不足はないか確認したい」
「ほぼ間違いなく足りない。だからどこかで補給する必要があるだろう」
「良いだろう。補給地の宛はあるが、使えるかどうかはわからない。場合によってはお前に働いてもらうぞ」
「今回の一件は、俺が原因みたいなもんだ。出来る事なら何でもするさ」
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『光と雪の女王号』がマーゲートに入港した。しかし、舷梯を下す時間も惜しみ、俺とシェイラの二人で一人ずつ抱えて船の上に運び上げ、すぐにまた出航した。
しかし。
「船長。南海上から艦! 数8隻」
「北からもだ。大型艦1、中型艦12」
「姫様たちが船に乗るのを待っていた、ということか?」
「陸の上でコテンパンに負けたから、海の上でリベンジ、ってとこだろう」
実際、〔雷光〕は艦体そのものがアースになり海に導電する為、海戦では効果が無い。その意味では陸戦ではなく海戦を挑むのは、間違いとはいえない。
「どうする? この数じゃぁ苦戦は免れないぞ」
「というか、キャメロン海軍相手に接舷移乗戦を挑むこと自体が間違っているよ。連中はそれの達人だ」
「ならどうすれば良い?」
「俺とシェイラで出る。船長は、真直ぐ船を東に向けてくれ。キャメロン艦も俺たちのことも気にするな」
「良いのか?」
「言っちゃ悪いが、足手纏いだ」
「……わかった。武運を祈る」
「シェイラ。南の8隻を任せる。狙いは帆だ。帆で風を孕めなければ艦は動かない」
「畏まりました」
「征くぞ!」
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位置的には、南方から接近中の艦隊の方が北方から接近中の艦隊より近く、また北方の艦隊は大型艦を擁している為速度が遅い。それもあって、アレクよりシェイラの方が先に接敵した。
シェイラは大脇指『白鷺』と小脇指『千鳥』を抜き、体当たり気味に艦の帆を突き破っていった。
砲撃戦の概念がなく、それ以前に対空戦の概念もないこの世界の船乗りが、空中を時速数十kmで飛び回る相手を迎撃することなど、不可能に近い。物見台(帆の上部にある見張り台)に弩を持ち込んで、水平狙撃を試みても、相対速度が大き過ぎて至近弾さえ望めない。
とはいっても帆は破れたら張り替えれば良い。攻撃がシェイラ一人である以上、シェイラが八隻の帆を破っている間に、最初に帆を破られた艦は帆の張り直しを試みることが出来る。シェイラのしていることは、結局時間稼ぎにしかならなかった。
しかし、それこそがアレクの指示だったのだ。北方艦隊を撃破するまでの時間を稼ぐことが。
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俺は北方艦隊の上空を通過し、後方から艫の真下約5mの位置に狙いを定め、ある魔法を撃ち込んだ。
無属性魔法Lv.4【気流操作】派生03.〔気弾〕。
空気中でさえ人間を昏倒させるほどの衝撃を生み出すこの魔法、空気よりはるかに密度が濃い水中で炸裂したら、果たしてどうなるか。
それも、艦にとって最大の弱点である舵の真下で、だ。
最小の効果でも舵が壊れ、上手くいけば艦底に穴が開く。
どちらであってもこの艦は継戦能力を喪う訳だ。
それだけで足りないのなら、スライムグリスで作った手投げ焼夷弾を落とす。木製の艦に対し、水をかけた程度では消えない炎を纏う火炎瓶。彼らにとっては絶望しかないだろう。
そうしてシェイラが南方艦隊を足止めしている間に、北方艦隊を壊滅させることに成功した。
大型艦(おそらくは旗艦)は艦底に穴を開けたにもかかわらず沈没には至らなかったが、ナパームで炎上した。
その他中型艦の内4隻は浸水・沈没。3隻は炎上、5隻は浸水もなく、ナパームも不発となるも、舵が効かず漂流。全滅である。
それを確認してすぐ南方艦隊の方に向かい、こちらの舵も破壊し継戦能力を奪った。
シェイラと合流し、戦果を確認してそのまま『光と雪の女王号』に戻った。文句無しの完勝である。
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凱旋、とまではいかなくても、意気揚々と船に戻ったが、しかし船の上はまるで通夜の席のように暗く沈んでいた。
「何があったんです?」
「こんな状況にならなくても、俺たちは大至急ルシル王女を船に乗せる必要があったんだ」
「そういえば、船長は何か緊急の用件があるって言っていたな」
「あぁ。
フェルマールと隣接する四ヶ国全てが、同時にフェルマールに対して宣戦布告した。
またその国難に際し、多数の貴族が離反した。
陛下よりセレストグロウン卿とローズヴェルト卿に対し勅命が下った。
ルシル王女を守れ。いつか再びその血に連なる者が王笏を手にする日が来るように、と」
(2,996文字:2016/01/06初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/26 03:00掲載予定)




