第06話 怪物(ばけもの)
第01節 騎士王国からの脱出〔6/7〕
「……なに、あれ?」
ルシル王女の呟きに、返事が出来る者など居なかった。
たった10人、そのうち非戦闘員が6人。
その人数を相手にするのに、キャメロン騎士王国は八千人近い軍勢をマーゲートの町の周囲に展開させたのである。
おそらくは、シェイラがマーゲートの町で後方攪乱をしてくれていると思われるが、この数相手ではどう考えても焼け石に水。それ以前に、たった10人相手にこの数は、余りにも非常識と言わざるを得ない。
「多分、アレク君が一人で近衛騎士団を壊滅させたから、これぐらいが必要だって思ったんじゃない?」
「俺の攻撃は、マップ兵器だ。攻撃範囲内に入ってくれるのなら千が万でも大差ないけど、これだけ大きく広がっては虱潰しになる。はっきり言って、面倒臭い」
町を避けて攻撃しようとしたら、〔星落し〕でも〔雷光〕でも、または〔酷寒地獄〕でも、敵部隊の一部をしか効果範囲に含めることは出来ない。
一方で刀を抜いて斬り込んで行ったとしても、流石にあの数全員を相手にすることは出来ないだろう。
そして、短時間で決着を付けられなければ、シンディたち非戦闘要員の安全を保障出来ない。
けれど。
「御屋形様よ。それは最早打つ手が無い、ということかの?」
「無い訳じゃない。
町を巻き込まないように〔星落し〕を撃ち込めば良いだけだ」
一撃で全滅させることは出来なくても、隕石の激突を至近で受けて、なお戦意を維持出来る剛の者がいるのなら、是非お目にかかりたいものだ。
そして敵主力を壊滅させたうえで、混乱の最中にある敵軍を無視してマーゲートの町に入ってしまえば、あとはゲリラ戦。シェイラの最も得意とする戦況が整い、また俺たちも採り得る選択肢が無限に増えることになる。
「つまり、御屋形様なら出来るというのなら、あとはただ時間の問題、ということかの?」
「まぁそういうことだ。勿論、それでもなお戦おうという騎士がいるかもしれないけど、それは極少数だろうしね」
「なら、無駄じゃな」
そうひとこと言い残し、リリスは一人で敵陣に向かって歩き出した。
「おい、リリス!」
「御屋形様はそこで見ているが良いぞよ」
「お前、何をするつもりだ?」
「ただの掃除じゃよ。気にするでないわ」
そう話しながら、溢れだす妖気。以前、この大陸に来る前にルシル王女の離宮で見せたそれとは比較にならない濃度の。
それに気付いたのだろう。騎士王国の軍勢からも、全ての音が途絶えた。
誰かがその緊張に耐えられなくなったのか? 一本の矢が飛来した。
リリスは足を止め、その矢を睥睨する。と、矢は一瞬で劣化し、錆び、そしてリリスに届く前に風化した。
何が起こったか。それは誰にもわからない。だが次の瞬間。
軍勢の足元、周囲から黒褐色の粘体が湧き出し、全てを呑み込んだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「な……、なに、あれ?」
「あれがリリスの本体だ。否、あれが本体の全てかどうかも不明だけどね」
「あれって歴とした怪物じゃない!」
「何を今更。邪神だって言っていただろ?」
「だけど……」
「サリア。別に相手が人間でなければ友人になれない、って言いたいのか?
人かそうでないかなんて、実際は大した問題じゃないんだよ。
人間同士だって全部を理解することなんて出来る筈がない。なら、相手が人間じゃなくても、言葉を交わすことが出来るのなら、それで仲良くなることも出来る。それで良いじゃないか」
そして、後ろを振り返って、
「姫様たちはどう思います?」
「私にとっては、リリスさんもアレクも、桁外れって意味では同じだから」
「そうだな。アレクでも勝てない相手がいるっていうんなら、リリスさんと仲良くしておいた方が良いのかな?」
「ちなみにシンディは? あんなにもはっきり本性を見せたのは初めてだろう?」
「そうだけどね。もう受け入れてるから。どんな姿をしていても、リリスはあたしの友人よ?」
そう言いながら、皆で歩き出した。
◇◆◇ ◆◇◆
「だけどリリス。お前は確か、『弱者の味方』じゃなかったのか?」
「勿論そうじゃ。それは今でも変わらぬぞ」
「だとしたら、今回は俺たちが『弱者』だったのか?」
「そうではない。妾は『弱者の味方』であって『敗者の味方』ではないからの。
御屋形様と騎士王国の戦争は、もう終わっておる。騎士王国の負けじゃ。
そして敗者は勝者に従順たることが求められる。それさえ出来ないのなら、それはただの『愚者』じゃ。愚者に一体何の配慮が必要ぞ?」
◇◆◇ ◆◇◆
「ご主人様!」
マーゲートの町を迂回し、南側にある森に入って暫くすると、シェイラと合流出来た。
「え? 何でここでこの娘と合流出来るってわかっていたの?」
「森の上で光が明滅していただろう?」
「あ、そういえば。灯台か何かかと思っていたけど」
「この世界に灯台は無いよ。光の長短、所謂二進法発光信号はまだ開発されていない」
「え? じゃぁ」
「そ。それが出来るのは、俺とシェイラだけ」
「成程ね。それでシェイラちゃんはここに隠れていた訳か」
「ただ、隠れていた訳じゃないよな」
「はい。かなりの量の物資を押収出来ました」
「確認させてもらおう」
そしてシェイラが案内した先には、目立たないように工夫して隠された、膨大な量の物資だった。
「よくやった」
シェイラの頭を撫でながら、物資の全てを〔無限収納〕に仕舞った。
「で、このあとどうするの?」
「そうだな。まだ船は港に入っていないのか?」
「はい、予定ではもう入港していてもおかしくない筈なのですが」
「まぁ風向きや潮の流れで、入港日は幾らでもずれるからな。では町の中で待つか、ここで待つか」
「町の中で構わないでしょう。今のご主人様たちと戦おうなどと考える蛮勇の持ち主は、幾らこの町でもいないでしょうから」
「では、領事館だな」
そしてマーゲートの町に入り(町の中にあったシェイラの隠し倉庫の中身も確保し、ついでに町の商人の倉庫と軍の備蓄も残らず俺の〔無限収納〕に収め)、フェルマールの領事館で部屋を確保した。
ちなみにこの時、ちょっとした実験を行ったのだが、その話はまたいずれ。
俺たちの来訪と盗賊団の活動に因果関係を連想されないように、その後も盗賊活動をしながら『光と雪の女王号』の入港を待つこと5日。念願の船が、ようやく見えたのであった。
(2,746文字:2016/01/04初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/24 03:00掲載 2016/12/24衍字修正)




